実験クラブの展示場
「これはこれはテセウス殿下、我が実験クラブの展示場へようこそおいでくださいました」
学園祭のために宛がわれた教室の入り口で、部長は営業スマイルで出迎える。彼には事前に、アステル様と共に正体を明かし、協力を仰いでいた。しばらく様子を見て信用できると判断しての事で、とても驚いていたが快く承諾してくれた部長は、あたしたちの正体よりも『実験』の方に興味津々で協力は惜しまないと約束してくれた。根っからの研究者気質のようだ。
「キャアーッ!」
案内されて一歩踏み込んだ途端、義母――デミコ ロナル公爵夫人が突然悲鳴を上げたので何事かと振り向くと、彼女は夫にしがみつきながら室内を指差している。
「ね……鼠がいるわ、そこらじゅうに!」
「ああ、あれは実験用でして、これからお見せ……」
「いやっ、汚らわしい!! こんなところに一秒だっていたくないわ。行きましょう、あなた」
公爵の腕をぐいぐい引っ張って教室から出て行こうとする夫人。殿下の前なのに……
「う、うむ分かった。殿下、妻は気分が優れません故、お先に失礼してよろしいですかな?」
「かまわんが、講堂で合流するのを忘れるなよ」
殿下の許可を貰い、ぺこぺこ頭を下げながら目線で義弟に「後は頼んだ」と合図を送ると、公爵夫婦は展示場から退室した。
「母が大変お見苦しいところを……」
「まったくだ。あのようなヒステリー女にラクを預けるのは危険だ」
弁解しようとするジュリアンは、嫌悪を隠そうともしない言葉に俯きながら唇を噛んでいた。公爵家が殿下に嫌われているのはあたしのせいだと言わんばかりにこちらを睨み付けてきたけれど、今までの殿下の対応からすれば逆なのではないかと思う。だって本性である『リジー』にはやたら友好的だもの……嬉しくはないけど。
「気を取り直して、まずはこちらをご試食いただきます。『ショーユ』という異世界の調味料を再現したものでして」
「ほう、これが……」
焼いた肉や魚 (さすがにラク様の言うような生は無理だった)につけたショーユは、殿下たちにも概ね好評だった。一人異世界に呼び出されて孤独だったラク様は、この一年ストレスで体調不良になる事が何度かあり、調味料の再現は解消のためにも必要な事だったのだ。
「ラクからは、先ほど話した友人と協力したと聞いていてな……お前と違って優秀で気が利くんだ。ラクを妃に迎えた暁には、専属侍女として召し上げたい」
はしたなくも、うげっと顔に出そうになった。王妃教育から解放されて、気を抜けばポーカーフェイスが保てなくなっている。危ない危ない……それにしても、これ以上ややこしい関係になるのは勘弁だ。あたしは誤魔化すために適当に微笑んでおいた。
その後、一行は部長の解説を聞きながら白鼠を使った実験を見学した。内容は以前も行った記憶伝達の他、怪我を即座に治す薬の効果を見せる。わざと体に少し傷をつけるのがかわいそうで……と言うより焼きごてを押し付けられた記憶で体が勝手に震え出し、ぎゅっと目をつぶってやり過ごす。
「すごいな、傷が一瞬で……申請すれば勲章ものだぞ」
「いえ、まだまだです。ちなみに原料は、ボーデン男爵領でしか採取できない薬草で……」
「あの令嬢のか……やはり欲しい逸材だな」
ひえええ……
むすっとしている義弟をよそに『リジー』に興味を示す殿下に戦慄する。お父様たちがさっさと退室してくれてよかった……部長、あまりその名は出さないで!




