小咄其の弐拾壱 『カマドウマの夜』
第十八話 カマドウマの夜
ちょっと昔むかし。ある山奥の村に、マタギの半平太という男が住んでいた。狩りを終えて帰ってきた半平太。熊をも恐れぬ勇猛なマタギだが、土間の暗がりにカサカサと動く小さな影にびくっと震え飛び上がった。
「ひっ・・・なんだ、ネズミだか。脅かすんでねえ」
彼はある虫が嫌いだった。文字通り、虫が好かないというやつである。畑も耕す彼は害虫だろうが毒虫だろうが怖くはない。ただ…
カマドウマだけは特別だ。以前疫病で死んだ隣の爺さんと同じような、不健康な肌色の体皮。茶色く浮かんだ痣かシミのような模様。便所コオロギのあだ名の通り、わざわざ不快な場所を好んで住み着く。
そのくせ、これがまた元気なのである。まるまると太った胴体やむやみに長い脚。それがぴょーんっと跳ねる。跳ねて迫ってくる。そのくせ叩けばすぐ死ぬ。その極端さがどうしても許せないのである。
ぴょん。
そして、今夜もそいつは薄暗がりからやって来た。
「しっしっ! あっちさ行け!」
追い払えば、不思議と寄ってくるものだ。半平太は手元の薪を投げつけた。跳ねて逃げ回るカマドウマ。少しするとまた戻ってくる。業を煮やした彼は猟銃を取り出した…とたん、
びょん!
「う、ぅわぎゃーっっ!」
カマドウマはオソロシイ跳躍力で半平太の顔めがけて飛び掛り、見事彼の鼻の頭に着地した。目を白黒させて鼻の上を凝視する、と。
「ワシもお前が嫌いじゃよ」
その虫はシミだらけの老人の顔を憎々しげに歪ませ、そう言い放つとまた、ぴょーんっと飛んで逃げていった。
・・・おしまい。




