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10年来の親友には勝てません

「あっはっは、相変わらずあんたの婚約者様は面白いわねぇ」

「笑い事じゃないわよ、レベッカ。それにもう婚約者じゃないわ」


 一昨日の城での出来事を聞いて、優雅に紅茶を傾けながら爆笑すると言う何とも器用な事をしているレベッカをじろりと睨む。もう10年以上もの付き合いになる私の親友は、全く堪えた様子も見せずにまたからからと笑った。


「ごめんごめん、いつまでも婚約者扱いされたんじゃ堪らないわよねぇ。とうとう婚約破棄まで漕ぎ着けたのに」

「そうよ、大変だったわ」

「その割には楽しそうだったじゃない?」

「あら、何の事かしら」

「とぼけないでよ。すっごく生き生きしてたでしょう、アナ」


 嫌がらせどころか進んでリーゼロッテとルーカスの接触を増やしていた事を言っているのだろうと思いつつ、すっとぼけて澄ました顔で紅茶を口に含む。

 うん、今日もマリベルの紅茶は美味しいわ。掃除やその他ではまるで駄目なのに、何故か紅茶を淹れるのだけはエルザより上手いのよねぇ、あの子。

 紅茶を嚥下(えんげ)し静かに茶器を置いた所で、レベッカと視線が合う。暫くの間お互いに無言で見つめあい…………堪えきれずに噴き出した。


「「ふふっ、あはははは!」」

「ちょっと、レベッカったら笑いすぎよ」

「アナこそ自分を見てから言いなさいな」


 お互いに笑いの余韻で口元をひくひくと震わせていて、まともに話すことすら難しい。馬鹿王子のせいで疲れて荒んでいた心が癒されたような気がした。


「あー、本当によかったわ、アナがあの馬鹿王子から解放されて。いくら政略的なものだとは言っても、アレはないわよ。

 あの方が王太子でいられたのはアナとの婚約のおかげなのにそれも理解出来ていなかったし、あんな馬鹿にアナはもったいないわ。

 今日のお茶会は、さしずめアナの婚約破棄祝いと言ったところかしら」

「あら、酷いわレベッカ。私は婚約者に捨てられて傷心中のか弱いご令嬢なのよ?」

「自分でか弱いとか言っちゃう? というか、傷心中なんてどの口が言うの?」

「嫌だわレベッカ、目でも悪くなった? 見れば分かるでしょ?」

「誰が口の形の話をしたの!」


 顔を見合わせて、再び2人でくすくすと笑い合う。ここまで穏やかな時間は本当に久しぶりね。

 最近は馬鹿王子のことに忙しくて、ゆっくり友人とお茶をする時間すら取れていなかったことを今更ながらに実感した。


「それにしても、流石は宵闇の薔薇姫様よね」

「急に何よ?」


 2人して紅茶を(すす)っていると、レベッカが唐突にそう言った。何の脈絡もなく社交界での2つ名を言われても何が言いたいのかさっぱり分からない。思わず眉を寄せて首を傾げた。


「アナは5日前の卒業パーティー以降社交界にでてないから知らないのね。お茶会でも夜会でも、アナと馬鹿王子の噂でもちきりよ。なんてお気の毒なアナスタシア様……って」

「あら、意外ね。ボーランジェ伯爵やゴルペア侯爵はどうされたの? てっきり騒ぐかと思っていたのだけれど」

「アナ……それ、分かって言ってる? いくらボーランジェやゴルペアがクーヴレールの敵対派閥だって言ったって、社交界のほぼ全体を占める意見の中で声高に非難なんて出来るわけないじゃない。まして、反クーヴレール筆頭のランゲルカルプ公爵家は表向き親クーヴレール派なわけだし」


 逆に言えば裏では言っているということでもある。急に意見を変えられたなら裏を疑うけれど、そういうことなら納得だわ。

けれどまさか、そこまで社交界が私に同情的だなんて思わないじゃない。親クーヴレール派(うち)の方が大きいとは言え、 反クーヴレール派(あちら)もそれなりの大きさはあるのよ?


「どうしてアナはそう無自覚なの……」

「え? レベッカ、何か言った?」


 レベッカの声が小さかったから聞き取れなくて、首を傾げる。問い掛けて見れば、返ってきたのは呆れたような視線と溜め息だった。


「……何でもない。アナは、もっと社交界での自分の評価と魅力を自覚した方がいいわ。反クーヴレールの中にもアナの味方がいるくらいなんだから」

「そりゃあそうよ。派閥なんて、所詮は産まれた家によって変わるもの。彼らにだって自分の意思があって当然でしょう? それに、クーヴレールに付く旨みって結構大きいと思うわ」

「そういう意味じゃないわよ、アナの馬鹿」


 そう言って、レベッカはこれみよがしに溜め息を吐いた。

 マリベルの淹れた紅茶を飲んで、エルザの作ったお茶菓子を摘むという最高の贅沢を味わっていると言うのに、溜め息ばかりなんて失礼だわ。さっきからどうしたのかしら。


「ま、私のアナがあの馬鹿王子にものにならなくて本当によかった、と言うことだけは確かね」

「ちょっと、いつ私がレベッカのものになったのよ」

「今」

「ふざけないで。第一貴方にはフレデリック様がいるでしょう」


 物腰柔らかで穏やかな、顔よし、性格よし、家柄よしの3点揃ったレベッカの婚約者を思い出す。実家はレベッカのアルカイダ家と同じ侯爵家で、彼自身も伯爵位と子爵位を持つ大変な優良物件。ただし、レベッカよりも20歳年上。

 一目惚れしたレベッカに押して押して押し倒され、今現在は見てるこちらの口の中が甘々になるくらいに仲がいい。2人揃うと途端に空気が桃色になる。

 自分自身の力で好きな人を勝ち取ったレベッカのことは友人として誇らしいけれど、あれは本当に勘弁して欲しいわ。幸せそうで何よりだけれど。


「いいじゃない、別に。アナとフレディは別枠よ。どうせもうすぐ『みんなのアナスタシア様』になるんだから、今くらいは私のアナでいて欲しいわ」


 そう拗ねたように言われてしまっては、もう私からは何も言えない。私はレベッカのこの顔に弱いのだ。この、へにゃっと眉を下げた、捨てられた子犬のように寂し気な顔に。全くもう、仕方の無い子。

 思わずはあ……と溜め息を吐くと、レベッカがびくりと肩を震わせた。それから、おずおずと上目遣いで見上げてくる。……この顔にも、弱い。


「アナ……私のこと、嫌いになった?」

「あー……なってないわ。だからそんな顔しないで頂戴、レベッカ。暫くは貴方のアナでいいから」

「ふふ、アナならそう言ってくれると思ってたわ」


 小さく笑ったレベッカの顔には、先程見えた怯えなど欠片もない。やられた。ま、本気で落ち込まれるよりも全然いいかしらね。


「レベッカ……私がその顔に弱いのを分かっててやったわね?」

「あら、バレちゃった? ふふ、ごめんね、アナ。ごめんねついでに、1つお願いを聞いてくれると嬉しいのだけど」

「なーにが、1つお願いを聞いてくれると嬉しいのだけど、よ。図々しい。謝罪を聞くも聞かないも私の自由なのよ?」

「そう言いつつも聞いてくれるくせに」


 してやられたのが悔しくてツンとそっぽを向けば、レベッカはくすくすと笑って楽しそうに言い返してくる。お見通しなのがますます悔しいわ。


「ねぇアナ、私はアナが大好きよ。私だけじゃなくて、クーヴレール公爵様も、ローレンス様も、今日はいないけどリヴィも、社交界のご令嬢たちも、皆ね」

「何? 急に。そのくらい知っているわ」

「いいから聞いて。私たちは悔しかったのよ。いつもアナに助けてもらっていたのに、私たちは何の力にもなれなかったから。それに、アナも全然頼ってくれないし」


 そこまで言って、レベッカは紅茶を一口飲んだ。

 レベッカのお願いと今の話の繋がりが全く見えないことに眉根を寄せつつ、私も紅茶を口に含む。いい加減冷めてきてるわね……と思っていたら、どこからともなく現れたエルザが素早くティーポットを取り替えて行った。


「学園にいた時、生徒会長の馬鹿王子は何の仕事もしなくて、副会長のアナが代わりに全部処理してたじゃない? 馬鹿王子は遊んでただけ。その馬鹿王子の後始末をするのもアナ」

「そうだったわね……」


 将来のための予行演習だったあの時間を、ルーカスは棒に振った。それがどんな結果になるのかを考えもせずに。色々あったけれど、結局はあれがルーカスの評価の決め手になったんじゃないかしら。


「アナは優しいから、何だかんだ言って馬鹿王子の撒き散らす騒動の後始末に協力しちゃうでしょう?

 馬鹿王子が国王になった時に無茶な命令の被害を被るのは民で、後始末に苦労するのは臣下たちだもの。アナが放っておけるわけない」


 レベッカの言う通りだった。私にとって、馬鹿王子の不利益や失敗なんてどうでもいい。ただ、それで巻き添えをくらうのは民が可哀想だ。

 貴族である以上自分より身分が下の力ない者たちを守る事は当然の義務で、権力(ちから)に責任が伴うのは当たり前。義務を果たさずに権力だけは振るおうなんて、そもそもが破綻している話なのよね。


「アナは変な所で頑固だから弱音なんて吐いてくれないし、周囲に頼る事も極限までしないでしょ。何でもない顔でこなしているように見えるからって仕事が増やされて、アナがそれを処理して、また増やされて……悪循環だわ」



 レベッカはあの時の状況をそう評するけれど、レベッカやリヴィが処理を手伝ってくれたおかげでそんなに大したことにはなっていなかったわよ? ちゃんと頼っているじゃない。

 そう思っていると、レベッカが呆れた視線を向けてきた。どうやら考えていた事が伝わったらしい。


「あのねえ、アナは頼っているつもりかも知れないけれど、アナの頼るは頼るじゃないわ。何でもかんでも自分で抱え込まないでちょっとは頼って欲しいの。これが私からのお願い」


 それとも……と目を伏せたレベッカが、不安げな上目遣いでちらりと私を見る。……本日2度目のその表情に、自分の敗北を悟った。


「私やリヴィじゃ、頼りない?」

「あーもう……そんなわけないでしょ。ちゃんと頼りにしてるわよ。…………だから、これからは気をつけるわ」


 最後の方は小さく呟いただけで、レベッカに聞こえたかは分からない。でも、私にはこれが限界だ。いくら立派に見えるように振舞っても、等身大の私はこんな簡単なことすら口に出すことが難しい。

 恐らく赤くなっているだろう顔を隠すためにそっぽを向いたけれど、きっと耳までは隠せていない。あぁ、どうして今日は髪をあげてしまったのかしら。


「ふふ、言ったわね? 言質はとったわよ? 約束したからね?」


 パッと顔を輝かせたレベッカが今こそ好機とばかりに畳み掛けてくる。小さく呟いた私の言葉はしっかり聞こえていたらしい。

絶対分かってやっているのだろうけれど、心配してくれているのも、自分じゃ頼りにならないのではと思っているのも本当だとわかっているので何も言えない。

 癪なものを感じつつもしぶしぶ頷いた。


「…………ええ、女に二言はないわ」

「やだ男前。その間がなかったら尚良しね」

「……卑怯だわ、レベッカ」


 会話が繋がっていなくても、レベッカには伝わったはずだ。

 頷きはしたけれど、ついつい恨みがましい目で見てしまうのは許して欲しい。私の弱点を利用するは狡いわよ。


「嫌ね、女の世界は騙し合いってリヴィに教えたのはアナじゃない。私はそれを実行しただけよ?」


 確かに言った覚えはあるわよ? けれど、それをリヴィに教えたのは社交界を生き抜くためであって、こんなことに使うよう教えた覚えはない。

 釈然としないものを感じる。実に気に入らないわ。


「……アナ、すごい変な顔になってるわよ」

「誰のせいよ、誰の」

「ふふ、ごめんね。そう言えば、修道院への出発はいつなの?」

「明日の朝よ」

「そう、明日なの。…………って、え、明日ぁ!?  どうして早く教えてくれなかったの!」

「聞かれなかったもの」


 見送りなんて家族だけで充分よ。暫くは会えなくなるのに、最後に見るのが泣き顔なんてごめんだわ。


「いくらなんても酷いわ、アナ。まだ1週間も経ってないのにどうして?」

「何事も早いに越したことはないでしょう」


 確かに早ければ不測の事態にも対応できるけれど、私の本音はそこには無い。遅くなればなるほど、出立の日取りを2人に嗅ぎ付けられる気がしたのよね。


「あんたのその貴族令嬢らしからぬ行動の素早さは本当どこから……いえ、いいの、分かってるから」


 失礼ね。何事にもゆとりをもってゆったりと行動するのが貴族という生き物であることは確かだけれど、だからと言って後手後手に回ってもいいことは1つも無いでしょう。


「はあ……難しいかもしれないけれど、向こうでも偶には手紙くらい書いてよね。待ってるから」

「指輪型の通信の魔道具を送ったから、それで連絡を取れるわよ?」

「来てないけれど? というか、指輪型の通信の魔道具ってまさか……」

「さあ? それは届いてからのお楽しみね。リヴィと3人で色違いで、明日届くように日付けを指定してあるわ」


 レベッカはポカンと口を空けたまま反応しない。ふふ、驚いてるわね。


「指輪型の通信の魔道具って、それ、最高級のやつじゃない! なんてものを送ってくれてんのよ……」

「経済を回すのも、貴族の大事な役割でしょう?」


 最高級の通信具というだけでなく、更に通信相手の立体映像も出る、私のデザインした特注品だ。3つも購入すれば多少値が張ったけれど、それでも大した出費にはならなかった。

 そんなことを思っていると、レベッカが疲れたように溜め息を吐いた。


「このチートめ……」

「チート?」

「気にしないで。それより、どうして急に?」

「私からの餞別よ。そんなに変かしら」


 どうせ話すなら相手の姿が見たいと思ったのだけれど、駄目だったのかしら。


「普通に考えて逆でしょう! なんで旅立つ側のアナが用意してるのよ!」

「いいじゃない別に」

「私たちの餞別が霞むわ!」

「何故? そういうのは気持ちでしょう」

「それとこれとは別問題よ!」


 レベッカがわけの分からない理由で爆発したまま、今日のお茶会は幕を閉じた。

 明日からの新生活、一体どうなることかしら。

お茶会はサラッと流して出立を書く予定だったのですが……レベッカが生き生きしすぎて終わりませんでした笑

次回は修道院に行きます。お父様が暴走しなければ……


今回もお読み下さってありがとうございました!

少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです

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