知らない所でくせ者認定された様です。
「アナ! アナはお父様よりもウィルの方が好きなのか!?」
……………お父様、何を言っているの?
真っ先に我を取り戻したのはお父様だった。だがしかし、お父様の言っている事が全くもって理解出来ない。
いつからお父様とは扱う言語が違くなってしまったのかしらと現実逃避気味に考えてみる。けれど、そんな事実はどこにもない。非常に残念だ。
「俺よりも先にウィルを呼ぶなんて! おのれ、許すまじウィル……」
え、そこ?
何だか拍子抜けしたわ。修道院行きには反対されるものだと思っていたのだけれど。
「お父様、反対しないのですか?」
恨みがましげに陛下をじっと見詰めているお父様に声を掛けると、お父様は当たり前のような顔をして答えた。
「アナが自分で考えて行くって決めたんなら、俺が反対する訳が無いだろう。アナはヴァリーに似て頑固だから、俺がどうこう言った所で聞くとは思えんしなあ……」
最後の方は少し苦笑気味に言われて、思わず目を逸らす。
でも、お父様にだけは言われたくないわ。子爵令嬢だったお母様を周囲の反対を押し切って娶った話、社交界では有名だもの。私がちょっと頑固なのは、間違いなくお父様からの遺伝もあると思うの。
「それよりもアナ、お父様は悲しい、悲しいぞ……。まさか、アナがお父様よりもこんな髭親父の方がいいだなんて……」
恨みがましげな目で陛下を見なくなったと思えば、お父様は湿っぽく落ち込み始める。その姿に公爵家当主の威厳は欠片も無い。ついでに、先程の格好良かったお父様の面影もない。
陛下を髭親父と言ったこともそうだけれど、娘が修道院行きを希望したのをそんなこと呼ばわりする親なんて、きっと他にはいないわね。
「お父様、私が1番好きなのはお父様ですから」
こうなったお父様は早めに対処しておかないと。家でまでこの調子な上に、次の日にはいつもより眼光が鋭いお父様を相手にする文官たちが怯えてしまうらしいのだ。文官たちが可哀想だわ。
「ね?」と首を傾げて少しあざとく言ってみる。こんなの私のキャラじゃないわ ……とは思うものの、どうやらお父様には効果覿面のようだ。さっきまで落ち込んでいたのが嘘の様に、陛下にドヤ顔をして笑っている。
……ニコニコを通り越してニヤニヤしているお父様は、正直気持ち悪い。でも、いつものお父様に戻ってくれてなんだかほっとしたわ。
「その、アナスタシア嬢……」
「何でしょう?」
陛下に呼ばれたので、お父様に向けていた顔を陛下に戻す。
陛下はニヤニヤしているお父様を完全に無視していた。幼馴染だからかしら、きっと暴走するお父様に慣れているのね。
「アナスタシア嬢は、本当に修道院に行くつもりなのか? 修道院は色々と大変であろう?」
親切そうな言葉に紛れて、逃がすわけにはいかないという陛下の副音声が聞こえてくるようだ。修道院での生活に普通の令嬢は耐えられないし、そこに勝算があるだろうという陛下の思考は分からなくはないのよね。
でも、残念なことに私は『普通の』貴族令嬢では無いの。陛下もご存知の通りにね。
「まあ、陛下。陛下はわたくしが修道院では生活できないと仰るのですか?」
にっこり笑ってそう言うと、目の前の陛下の顔が引き攣った。淑女の笑顔を見て顔を引き攣らせるなんて、失礼しちゃうわ。
ボソッと「やはり親子だな……」等と言っている陛下に更に笑みを深める。ばっちり聞こえているわよ。
「いや、そんな事はない。だが……」
陛下はそこまで言うと目を逸らし、言いにくそうに口篭る。……ああ、なるほどね。言わんとすることには見当がついたわ。
「………単刀直入に問おう。其方はこの国を捨てるつもりか?」
はあ、やっぱりそう言うのね。予想通りに紡がれた言葉に、心の中でそっと溜息を吐く。
お父様から漂う黒い気配がものすごい。今までの中でも2番目くらいに不機嫌な気がする。ちなみに1番はルーカスに婚約破棄された時だ。あの時はお兄様や屋敷の使用人たちまで揃って怒り狂っていて手が付けられず、大変だった。
と言うか、大切な人たちが多くいるこの国を捨てるわけないでしょう。馬鹿なの? それとも、私をそんな薄情者だとでも思っているのかしら。全く心外だわ。
……と、それはさておき今はお父様よ。これ、止めなきゃ今にも陛下に殴り掛かりかねないわ。
隣に立つお父様を見上げ、とりあえず落ち着いて下さいと言う意味を込めてにこりと笑う。私の視線に気付いたお父様も私を見下ろして笑顔を返してくれた。伝わったみたいね。よかった。
「ウィル、覚悟は出来てるな?」
……残念、伝わってなかったのね。覚悟って、一体何に対するものかしら……。
お父様は指をボキボキと鳴らし、イイ笑顔(青筋入り)を浮かべながら陛下に近付いていく。元々数歩分の距離しかなかったのであっという間だ。
近付いて来るお父様に、近衛騎士団長が陛下を守るように前に出る。……そうね、我が父親ながら今のお父様は家臣ではなくただの危険人物よね ………
「退け、マックス」
お父様が鋭く近衛騎士団長を睨む。
どうやらお父様は近衛騎士団長のことをマックスと呼んでいるらしい。確か本名はマクスウェルだったかしら。陛下と3人で幼馴染なのよね。
……って、現実逃避してる場合じゃないわ。
「お父様、落ち着いて下さい!」
「大丈夫、大丈夫。お父様にぜーんぶ任せてなさい、アナ」
今のお父様を見て安心出来る要素があると言うのなら誰か教えて欲しい。どう考えても無理でしょう。
…………はぁ、仕方ない。落としちゃいましょう。
周囲をふよふよと漂う赤、青、黄、緑、橙と色とりどりな淡い光たちに目を向けると、『彼ら』は嬉しそうに近寄ってきた。私が手のひらを差し出せば、その上にふわりと乗ってくる。
熱も重さも感じないなんて、相変わらず不思議だわ。
『アナ、どうしたの? 僕たちに出来ることある?』
『お願い? お願い?』
『アナのお願いならなんでも聞いてあげる!』
『アイツ、やっつける?』
声だけなのに嬉しそうな様子が伝わってくる精霊たちの姿に頬が緩む。物騒な子が1人混ざっていたのは気にしてはいけない。まだ報復し足りないのかしら。
そんなことを考えつつ、お父様に聞こえない声量でそっと彼らに囁いた。
「お父様を眠らせて欲しいの。お願いできる?」
『分かった!』
『任せて!』
元気よく答えた精霊たちが張り切ってお父様の元へ飛んでいく。いくらお父様には耐性があるとはいえ、上級精霊たちの魔法を防ぐのは難しい。それに、まさか私がお父様に魔法を使うとも思っていなかったのだろう。お父様はあっさり眠りに落ちてくれた。
これで一先ず安心である。ありがとう、と囁くと精霊たちは嬉しそうにちかちかと点滅した。
「陛下、近衛騎士団長様、お父様が大変失礼致しました。父に代わり、非礼をお詫び致します」
腰を軽く落として、にこりと微笑む。
私の行動を見てピシリと固まっていた2人は、謝罪を入れた私に引き攣った顔を向けてきた。
「あ、いや……」
何とか笑みを浮かべようとしているのは分かるのだが、2人揃って引き攣った笑顔にしかなっていない。全く失礼しちゃうわ。
「……お話を戻しましょうか。わたくしがこの国を見捨てるのか、というお話にございましたね」
「……う、うむ」
「そんなことはありえませんわ。この国には大切な人たちがおりますもの」
それとも……とそっと目を伏せる。
「陛下は、わたくしが家族や友人を見捨てるような薄情者だと仰るのですか……?」
眉を少し下げ、悲しげに声を揺らせば、心無い言葉に傷付く儚げな令嬢の出来上がり。陛下も近衛騎士団長も私の様子に気まずそうな顔になった。
「わたくしは、せっかく授けられたこの力を役立てたいのです。自分の持つ力を民のために使わずして、一体何が貴族でしょうか。わたくしも、愛する人々の力になりたいと存じます」
そこで一度言葉を切り、にっこりと微笑んだ。陛下たちからの反応は無い。
「勿論、わたくしの力が必要とあらば、お呼び下さればすぐにでも参ります」
結局はそれが心配なのでしょう? 好きなときに使うことが出来なくなるばかりか他国に渡るなんてことになったら大変だものね。
寝返るなんてありえないから安心して頂戴。
「……そ、それならよいのだ」
「それでは、御前を失礼致しますわ」
礼をして謁見の間から去ろうとすると、陛下に呼び止められた。思い当たることが無いのだけれど、まだ何か話すことがあったかしら。
「…此奴を放置していくのか……?」
陛下の目線の先には床に突っ伏して寝ているお父様の姿がある。
………あ、忘れてたわ。
「お父様はもう少しすれば目を覚ますと思いますわ。まだ宰相としてのお仕事も残っているでしょうし」
起きた時の反応までは私は知らないけれど。
流石にその位置では邪魔になってしまうので、お父様の身体をふわりと浮かせて移動させる。まあ、ここなら邪魔にはならないでしょう。
お父様を動かした所で、今度こそ私は謁見の間を後にした。
「……演技だと分かっていても罪悪感を刺激されたぞ、私は。アナスタシア嬢はリチャードよりも余程くせ者なのではないか?」
「そうですね……。ルーカス王子との相性も悪くて当然かと思われます。と言うか、先程のは陛下も悪いですよ」
「アナスタシア嬢がいればこの国は色々な意味で安泰だと思ったのだが……」
私が去った後の謁見の間でそんな会話が交わされていた事も知らずに。
今回もお読み下さってありがとうございました!
周囲に暴走族ばかりのアナスタシアは父親相手でも容赦無しです笑