お父様は陛下に対しても普段通りな模様です。
前回の話のアナスタシアサイド。
更新遅くなるかもと言いつつ、書き上がったので1話だけ笑
波乱の卒業パーティーの日から3日が経った。
卒業パーティーの翌日、我が家宛てに王家からの書状が届いた。それには陛下から謝罪したいと言う旨と今日の日付、時刻が記されていた。一応まだ王太子の位にあるルーカスもその場に同席させるとも書かれていたが、面倒なことになりそうなのでお父様に伝えて断って貰った。
……と言う訳で、今日の私は王城に来ている。
今日私が着ているのは、細やかな刺繍がとても気に入っている品の良い紫色のドレスだ。このドレスなら、王城で陛下に会うのも失礼にはならないだろう。髪は一部を結い上げ、残りはそのまま背中に流した。
城のエントランスで馬車から降りると、周囲の空気がざわりと揺れた。
表面上は気に止めていない風を装いつつ、彼らの言葉に耳を傾ける。聞こえてくるのは私に対する同情的な声ばかりで、クーヴレール公爵家への非難の声は少ない。口に出してこそいないけれど、私を案じる貴族たちの声音にはありありとルーカスへの、ひいては王家への不信が浮かんでいた。
あのパーティー中の出来事は既に周知のものとなっている様だ。まあ、あれだけの衆目の中での出来事が知られていないほうがおかしいわね。
王家がどれだけ広めるのを防ごうとしていたのかは知らないけれど、あのパーティーに参加していた人達たちは家族にも伝えたでしょうし。醜聞大好きな貴族たちにはさぞかしあっという間に広まっていったでしょう。
出迎えてくれた騎士の先導で、広い王城内を歩く。
好奇心もあるだろうに、職務に忠実なのか、それとも生来寡黙な性なだけなのか、騎士は何も尋ねて来なかった。それどころか口を開こうとすらしない。
余計な詮索をして来ないので、こちらとしても気が楽だった。
城の至る所に配置されている騎士たちは、一様に険しい顔をしている。ある方向ではそちらに行くに連れて騎士の数が多くなっていた。馬鹿王子の部屋がある方向だ。
私も詳しいことは知らないのだけれど、本当、『彼ら』は何をしたのかしらね。
ピリピリとした空気を放っている騎士たちとは違い、回廊を行き来している侍女や女官たちは一見いつも通りに見える。
けれど、視線は前に向けたままバレない程度に観察を続けていると、彼女たちがどこか緊張感を孕んだ様子なのが見て取れた。それと、怯えてもいる。
まあ、王太子の居室が大変な事になっているのだから、それも当然かしら。よく観察しない限り怯えや緊張を感じさせない彼女たちは、流石王宮務めだ。
周囲を観察しながら先導の騎士に従って歩いていくと、進行方向に立派な扉が見えて来た。扉の外には両脇に騎士が2人ずつ配置されている。普段はもう少し多く配置されているはずなのだけれど、人払いでもしたのかしら。
先導の騎士が、謁見の間の扉の前で止まる。中に入る様に促す彼と目線を合わせ、ここまで先導して来てくれたお礼を告げた。
すると、騎士は「…………いえ、仕事ですから」と少し私から目を逸らす。その顔は赤く染まっていた。……風邪でも引いているのかしら。体調が悪い中でも仕事に来るなんて、真面目な方なのね。
「仕事だとしても、先導して頂いて助かった事は事実ですもの。ありがとうございます、ルーブル伯爵令息様」と、にっこりと微笑む。驚いた様に目を見開きはくはくと唇を開閉させている彼に、くるりと背を向けた。
入り口でゆったりと最上位のカーテシーをする。頭の角度、視線の位置、指先……隅々にまで意識を行き渡らせて、私が1番美しい状態に魅せる。
何度も繰り返した事で今では意識しなくても出来るそれは、私が公爵令嬢として生きてきた人生の中で培った技術だ。国王への謁見なので、いつもよりも美しく、優雅に見える様に心がけたけれど。
陛下が頷いたのを確認してゆっくりと歩き出した私の背後で、扉が閉じられる音がした。
玉座へ続く階段から少し距離を取って立ち止まった。腰を落とし、顔を伏せて先程よりも深く礼をする。
……顔を伏せたままなのでどうなっているかは分からないけれど、何だか不穏な気配がする。しかもこれ、お父様が怒っている時のものだ。
一瞬私が何か失敗したのかとも思ったけれど、それは有り得ない。どうしたのだろうと思った所で、お父様が「謝るのはそちらの癖に、その相手である俺の可愛いアナを呼び出した上に礼を取らせるとはいい度胸してるなあ、ウィル」と、届いた書状を見て冷たい笑みを浮かべていたことを思い出した。
呼び出すも何も、国王陛下がわざわざ家に足を運ぶ訳がないでしょうに。
「直答を許す。面を上げよ」
「ありがとうございます、失礼致しますわ」
陛下の許可を得て、伏せていた顔を上げる。式典などで遠くから見る事はあっても、間近で陛下を見たことなどない。近くで見ると、陛下はあの馬鹿王子とあまり似ていないのね。ルーカスは王妃様に似たのかしら。
「わざわざ来てもらってすまないな」
「いいえ、とんでもないことにございます」
陛下が玉座から立ち上がり、階段を降りてくる。近衛騎士団長も陛下の後ろに続いて下ってきた。お父様は他の2人よりも早く階段を降りてきて、私の隣に立った。
階段を降りてきた陛下は私の正面に立つと、深々と頭を下げてきた。
…………………え?
あまりの事態に私の脳は一瞬思考を停止した。
「この度は、愚息がとんだ失礼を………本当にすまなかった。なんと謝罪するべきか……」
「陛下……。失礼ながら申し上げますが、君主が容易く頭を下げるものではありませんわ。どうか頭をお上げ下さい」
「だが…」
非は完全に王家にあると言う思いから、陛下が頭を下げているのは分かる。ここが非公式の場だからこそこんな態度に出たのだということも。分かるのだけれど、非常に落ち着かない。
頭を上げてくれない陛下にどうすればいいのか分からなくなって、何とかしてくれないかしらとちらりと横目でお父様を見る。お父様は満足そうに頷いている。
頷いてないで助けて下さいと視線で訴えた。
「ウィル、アナが困っているだろう。頭を上げろ 」
若干不満そうではあるものの、お父様は助けてくれた。……が、非公式な場とは言えお父様の陛下に対するもの言いには驚いた。意外だわ、そんなに気安いなんて。
と言うか、何故陛下を睨んでいるのお父様。
「陛下。陛下には何の非もございませんわ。行動の責も非も、請け負うべきは当人です。王太子殿下とていつまでも子供ではいられませんもの。どうぞ、お気になさいませんよう」
微笑みながら、陛下に告げる。
責任って、やっぱり本人が取るのが1番よね。とばっちりで周りが責任を取らされるとかたまったものじゃないわ。まあ、そうは行かないのが貴族社会と言うものだけれど。
「だが、何もしないのではこちらの気がすまぬ」
「わたくしは、謝罪を受け入れないと申し上げているわけではありません。
けれど、最近の王太子殿下とテアトルサンク男爵令嬢の様子を聞くに、これ以上何か罰を下すのは酷なように思うのです。既に、罰は下されているのですから」
今、ルーカスとリーゼロッテの周囲では様々な異変が起こっているはずだ。あの婚約破棄の現場でも、いつもの様に精霊たちは私の傍にいた。私に対する暴言に怒った彼らは、そのままルーカスとリーゼロッテへの報復を考え出したのだ。
彼らが結局何をすることにしたのかは知らないけれど、ここに来るまでの侍女や女官たちの反応から考えて相当大変なことになっているのだけは確かだろう。
精霊は、神の使いとも呼ばれている。彼らがいなければ私たちは魔法が使えないし、生活を成り立たせることも出来ない。そんな敬われる存在である精霊に嫌われたんだもの、ルーカスはさぞ生きにくくなるでしょう。
「そうか……。とは言っても、彼らは公爵家の令嬢を不当に貶めたのだ。ルーカスの廃嫡とテアトルサンク男爵家の断絶は既に決定されている。
アナスタシア嬢への慰謝料に関しても、どれほどかかってもルーカスに払わせると約束しよう」
さあて、どうしようかしら。別にお金に困っている訳ではないけれど、この際だから踏んだくって各地の孤児院や修道院に寄付してやるわ。婚約破棄って、貴族令嬢にとっては一生ものの傷だもの。
家が取り潰されたテアトルサンク男爵夫妻は気の毒なことだわ。リーゼロッテが馬鹿な事をしなければ、何事も無く続いたでしょうに。
「……時にアナスタシア嬢、そなた、今後はどうするつもりだ? 新たに婚約者を探すつもりなら、王家も協力させてもらうが」
陛下がそう言った瞬間、お父様から身の危険を感じるような黒い気配がした。
………あ、陛下がお父様を怒らせたわ。
そっとお父様から目を逸らすと、視界の端で陛下もお父様から目を逸らしているのが見えた。目を逸らすくらいなら、最初から怒らせるようなことはしなければいいのに。幼馴染なのだから怒るポイントくらい分かるでしょう。
「ウィル……お前は王家の都合でアナを振り回して置いて、この上更にアナに婚約を強いると言っているのか? ………ふざるのも大概にしろよ」
ドスの効いた低い声に思わず反射的に身体を遠ざけそうになり、なんでもない風を装う。お父様の言うことも分かるのだ。こちらが幾ら断っても強引に婚約を結ばせたくせに、それを王家の側から破棄すると言う身勝手。それでいて、新しく王家が用意する枷に繋がれていろと? 今日のエトワルレーヴは随分とせっかちなのね。
流石ルーカスの親なだけあるわ、という思考をおくびにもださず、にこりと笑う。陛下の後ろ、近衛騎士団長が怖々と私を見ているのが見えた。まあ、淑女に対して怯えるなんて失礼な方。
「わたくし、修道院に行こうと思うのです」
そう言った途端凍り付いたその場の空気をものともせずに、私はにっこりと極上の笑みを浮かべてみせた。
今回もお読み下さってありがとうございました!
アナスタシアの案内係を巡って騎士団内では戦争が起きたとか、起きなかったとか。
エトワルレーヴのお招きを受けるにはまだ早い、というのは、寝言は寝て言え、馬鹿も休み休み言え、というような意味です。
誤字脱字などありましたら遠慮なく教えて頂けるとありがたいです