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1-7.
今、拓とネーレは森の中を歩いている。
と言っても闇雲に歩いているわけでは無い。
メニューの右上のサークルアイコン。これは最初の予想通り、マップだった。
拡大表示して分かったのだが、これは歩いた範囲を自動でマッピングしてくれるものらしい。
デフォルトでは、グレーに濃淡が付いてる程度に、ぼんやりと周辺の地形が描かれるが、実際に歩いてようやくハイライトされる。
試した感じ、周囲200mくらいが反映されるようだ。
セーブした箇所なんかにもマークが付いて、地味に嬉しい。
せっかくなので、マッピング範囲を拡大しながらレベリングの為の魔物を探している訳だ。
Lv.2になり、異世界での活動が12時間可能になった。レベル一つ毎に毎度2時間ずつ増えるのかはまだ分からないが、何にせよ可能性が増えることは単純に喜ばしい。
この世界に最初に降り立った場所は間道のような所だったが、今は道無き道を踏み分けている。
大きく育った木々の間に背の低い木や背の高い草花も群生していて、ただでさえ起伏に富んだ地形なのに尚のこと歩きにくい。
それでも、元の身体ならすぐに傷だらけになっていそうな物だが、ステータスに若干の補正が掛かっている、という昨日聞いた言葉が実感として分かる。
疲れにくいし、少々の事では擦り傷すら出来ない。
考えてみれば、森の中を歩くなんて小学校の遠足以来ではないだろうか。
厚めの革を何枚か重ねられた靴底に伝わる感触を楽しみながら、拓は歩を進める。
前を歩くネーレが、ハンドジェスチャーだけで止まるよう指示してきた。
魔物だろうか、危険な獣だろうか。
息を潜め、拓は指示を待つ。
やがてゆっくり振り返ったネーレは、静かに自分の隣に来るように、と、不思議なジェスチャーで伝えてきた。
恐る恐る近付く拓。
彼女の指差した先には…。
木の陰で交尾している猪のカップルがいた。
「大変す。今って発情期なんすね!」
心持ち上気した顔で呟くネーレ。
ツッコむ気力も無い拓は、そっと発情ガイドの腕を取り探索を続ける。
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その後川にぶつかり、川沿いにぐるっと回って昨日の間道を500m程登った場所まで歩いてきた。
その間、一頭で歩いている魔狼を仕留めた。森の中での戦闘は昨日よりも厳しく感じたが、レベルが上がっていたせいかなんとか無傷で凌げた。
解体した後の臓物を川に放り投げ、魚がはしゃぐ姿を堪能して、食べられそうな木の実や果物を試食してみたりもした。
「そういえば、さ。」
「何です?催しちゃいました?」
ベリーのような木の実の房をちびちび啄みながらネーレが振り返る。
「このメニューにある、1Gって、やっぱりお金?」
「そっすよ。初回サービスで振り込んどいたっす。」
まだこの世界の物価は知らないが、1Gっていうのがサービスなんてドヤ顔で言われる金額だとは思えない。
この世界の貨幣がどんなものか気になって取り出そうとすると、1Gの内訳が表示された。
・金貨×0
・銀貨×5
・銅貨×50
おそらく、金貨1枚で1Gなのだろう。
ゴールドって単位が本当にゲームライクしている。
銀貨も銅貨もやや歪で、さほど高い技術は使われて無さそうだ。
そんな益体も無いことを考えていると、いつの間にか立ち止まっていたネーレの背中にぶつかった。
「魔狼ペア、発見す!」
前方、間道が大きく曲がりくねる辺りに確かに二頭の魔狼の背中が見えた。
こちらに気付いているのか、じっと動かず様子を伺っている雰囲気だ。
静かに剣を構えると、狼達も動き出した。
一頭がまっすぐこちらに向かって走ってくる。もう一頭は挟み撃ちのつもりか、森の中に姿を隠す。
あっという間に迫ってきた魔狼は、ネーレの存在などまるで気にしていないように拓に飛びかかる。
タイミングを合わせ、左肩まで回していた右腕をバネ仕掛けの機械のように鋭く旋回させ、ショートソードを逆袈裟切りのように魔狼の顔に叩きつける。
キャイン、と鳴き声を上げながら吹き飛ぶ魔狼を気にせず、もう一つの気配を追って左側の藪に向き合う。
間髪入れず飛び出した二頭目の魔狼に、今度は鋭く剣の切っ先を真っ直ぐに突き出し、大きく開いてた口にめり込ませた。
断末魔さえあげることが出来ずに力尽きた魔狼の頭を足で踏んで押さえつけ、剣を引き抜く。
すぐに反転し、再び向かってきた最初の魔狼に止めの一撃を加えた。
「ひやー。びっくりっす。めっちゃ腕あがってません?」
目を見開いて驚くネーレ。
実際、拓も自分の動きに驚いていた。
俯瞰で見るように冷静に戦況を把握していたのだ。
小学校の時に、少しの間剣道をやらされていた時期があったが、たいした腕では無かった。
どちらかというと今の境地は、持っていた知識よりも、この世界の空気、森や獣と相対する事で得た新たな感覚に馴染み始めたというのが近い。
多分これが、魔素がある世界ということなのだろう。
もう一度剣道を習い直してみるのも良いな、なんて柄にも無いことを一瞬考えた拓だった。