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異世界通いと契約ヒロイン  作者: 秋月創苑
第四章 旅立ち、そして海のまち
31/39

4-4.


「えいっ」


 シムルが右手を突き出すと短剣ほどの大きさの空気の固まりがくるくると回転しながら飛び出て、10m先のゴブリンの腕を引き裂いた。

 ブーメランのように風を操った攻撃は、さながら拓にかまいたちという妖怪を彷彿とさせる。

 シムルの話では、ヴェネ・ブラウニーは風の属性を強く持つ者が多い種族のようだ。

 自然に存在している魔素(マナ)を利用する魔法なので、使える魔法の属性に限りは無いらしいが、それでも妖精族は大抵種族毎に得意属性を持つらしい。

 その辺りはマキナがとても興味深そうに話を聞いていた。

 

 シムルのレベルは5。

 一人では心許ないが、このパーティで行動していたらそうそう危険も無いだろうし、レベルもすぐに上がるだろう。


「よし、大体終わったねー。

 タク、いつもの。」


 マキナが集めたゴブリンの遺体の前で拓を呼んだ。

 拓が人型魔物の死体処理にいつものオイルライターを使う。

 程なくして立ち上る煙を避けて後退りながら、マキナが言う。


「本当に便利な道具ねー。

 料理にも使えるし、いちいち魔法を使わされなくて助かるわー。」

 料理ができないマキナの言葉はともかく、拓もライターの蓋を開け閉めする音や、オイルが燃える匂いなんかが好きでライターを手放せない。

 もっとも人型の魔物の死体には今もって全く慣れたりしない。

 出来ればこういう用途で使う機会が減ればいいと思っている拓である。


 辺りは夕方、空がすっかりオレンジ色に染まったが、シムルはまだ送還されずにここに残っている。

 思ったよりも召喚していられる時間は長いようだ。

 それでも今日はここまで。

 また明日の約束をして、拓はシムルを魔法を使って送還する。

 無事の送還成功を祈りつつ。

 

 残ったメンバーと町へ引き返しながら、拓は近付くテスト期間を思い出して憂鬱になるのだった。


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「タク、率直に聞くけどお前三角関数と微分、どっちが得意よ?」


「シバ、お前喧嘩売ってんの?

 三角関数とか、意味すら分かんねえよ。」


 放課後、とある部室にて。

 狭い部屋の中に無理矢理置かれた長机。

 差し向かいに座った男子二人が、教科書を広げノートに判読不能な文字を羅列しながらにらみ合う。

 文字列の後半はミミズののたうったような蛇行した曲線を描いていて、筆者の心情を実によく表している。が、これは数学の問題だ。


「サイン、コスコス、タンジェリンでしょ?

 しっかりしなさいよ。」

 机の端からポテチを摘まみつつ、興味なさそうに一人の女子が口を挟む。

 立石美己(ミキ)、柴田と級友(クラスメート)であるゲーム研究部に所属する女子生徒だ。


「しっかりするのはお前だよ!

 なんだよコスコスって。女の子がそんな事言うんじゃねえよ!」


「タンジェントさんに謝って!

 世界中のタンジェントさんに謝って!」


 血気盛んな男子高校生二人に同時にツッコまれても、美己は素知らぬ顔で続ける。


「うっさいわねぇ。

 数学なんて、ただのパズルみたいなもんでしょ。

 現代文のが訳わかんないわよ。

 何よ、作者の気持ちって。

 そんなの聞くくらいなら、先に私に先輩の気持ちを教えなさいよ!」


 部室(ここ)はただのカオスだったようだ。


 本当はここにもう一人女子が在籍しているのであるが、本日は用事があって不在。

 この同好会は男子が文系、女子が理系に偏っているらしい。


 立石美己は美人の部類に間違いなく入るが、同じ級友に超の付く美少女が二人居るためか、あまり目立っていない。

 本人のさばさばした雰囲気も相まって、男子女子わけ隔てる事無く友達の多いタイプだ。

 もっとも、深くまで付き合うほどの相手は作らない事から、拓の同類のようにも見える。

 こちらの方が数段上手くやってはいるが。


 器量が悪くないのにあまり美女キャラになりきれないところや、人付き合いの上手さ、明るい雰囲気など、拓にはマキナと被るイメージが多い。


 結局全員が全員を可哀想な生き物を見る目で見た後、示し合わせたようにため息を吐き、また各々の課題に取り組むのであった。


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 今日も今日とて、魔物狩り。

 異世界に入り、待ち合わせ、ギルドでカタリナさんのクールな対応を受けるまでのルーティンをこなし、本日はここ南の森の入り口前で魔猪の登場を待ち伏せている。


 初召喚から二日が経ち、シムルのレベルが一つ上がったところで、北に向かう商人の護衛の話が聞こえてきた。

 ヴィヴィの町から北に向かい徒歩で5日ほど進むと、海に出る。

 その港町がマレヴィテといい、そこに戻る商人の護衛を引き受ける事になった。


 商人は昨日ヴィヴィの町に海産物を運び込み、今度は向こうで捌く布製品と農産物を仕入れ、4日後に出発するとの事だ。


 拓にとっては異世界初の海。

 シムルもまだ海を見た事がないようで、二人のテンションはとても高い。

 他のパーティメンバーは何度かマレヴィテに行った事があるが、それでも久々の遠征と言う事でやはり若干テンションが高いようだ。

 魔猪を見た時に「出たなマッチョ!!」と叫んだマキナがその証拠だ。

 いや、これはもしかして自動翻訳(マジカ・ムタレ)のテンションが高いのかもしれない…そんな風に思う拓であった。

 

4日後の出発というのは拓にとっても都合が良い。

 ちょうど明日からテストが始まるのだ。

 出発日まではテストに専念するため異世界には来ない、そう宣言し、拓はしばしの異世界納めをするのだった。


-----------------------------------------------------------


「ふいーっ。」

 部屋のベッドの上、風呂上がりの拓はやけにすっきりした顔でゲーム雑誌を広げながら寝転んでいる。

 風呂上がりというバフが掛かっているが、それ以上に何らかの効果が効いているようだ。その表情はすっきりし過ぎている。


 試験三日目。


 三角関数の高い頂きに撃沈した男子高校生の姿がそこにはあった。


 テスト時間中、頭を捻って公式を思い出そうとする拓の脳内に、「サイン・コスコス、サイン・コスコス…」というフレーズが止めどなく流れていたのは、間違いなく呪いの類いであっただろう。


 異世界行きを禁じてまで挑んでいたテストだったのに、本日呆気なく敗北した拓。

 どうやらすっきりした表情と言うより、諦めの境地だったようだ。

 あぁ、異世界に行きたい、というより具体的にはシムルに会いたい、とベッドをごろごろ転げ回る男子高校生の実態はそうそう人様に見せられる物ではない。

 思わず魔道書(マジカ・ムタレ)を開き、最近の楽しかった日々を追想する。


「光の理と風の精の縁をもって…」

 思わずうっとりと目を瞑りながら、魔道書を胸に抱きながらシムルを召喚する魔法の詠唱を唱える拓…。

 すると…


「ふあああ!?」

 光の奔流と共にシムルが拓の部屋に現れた。


「ええ!?」

 まさか、現実世界で召喚魔法が発動するとは夢にも思っていなかった拓は驚きのあまり、ベッドの上でお姉座りで本(魔道書(マジカ・ムタレ))を抱きかかえている自分の姿にも気付かず叫びを上げた。


 シムルも思ってもみない時間に、全く見覚えの無い異次元の場所に呼び出され混乱の極みだ。

 やはり風呂上がりだったのか、顔も少し上気したピンク色で、艶々した肌が眩しい。


 しばらく二人で見つめ合った後、今居る場所を拓が説明して、やっとシムルも落ち着いた。


「ここが、タクさんの本当の世界…。」

 キラキラした瞳で物珍しそうに周りを見回すシムル。

 その姿に鼻を伸ばしながら色々説明していると、やがてシムルの体が淡く光り始め、禄に言葉を交わす暇も無いまま強制送還されて行ってしまった。


 やはり現代の世界では魔素(マナ)が足りないせいか、召喚時間は異世界(プリモーディアル)に比べ極端に少ないようだ。


 だが、これは拓のレベルが上がったら改善される事のはず。

 それに思い至ると、いつの日かシムルに自分の世界の色んな場所を案内してあげたい、という新たな目標が拓の中に生まれた。


 よし、明日からのテストも頑張ろう。そう思ってしまう単純な拓であった。



いつもありがとうございます。


次回更新は4/8(月)予定です。

よろしくお願いします。

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