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まだまだ拙い物語ですが、どうぞお付き合いください。
駆けつけた拓が目にしたのは、横座りして足首を押さえているローブ姿の青ざめた女性。
そしてその女性が呆然と見つめている視線の先には―
拓が最も恐れていた光景があった。
飛んできた分厚い板が破壊した煉瓦の壁の瓦礫に埋もれ、血だまりが広がっている。
瓦礫から顔を覗かせているのは、生気を失いまるで別人のように見えながらなお、見間違えるわけも無い。
シムルの顔だった。
急いで瓦礫の山を退ける拓。
必死に腕を振っていると、いつの間に来ていたのか、クーリオやマニブスも手伝ってくれていた。
マキナやニナは周囲のけが人の手当をしているようだ。
幸いにも瓦礫のほとんどは土を固めたような材質の物だったため、さほど排除に時間は掛からない。
やがてシムルの体からすっかり瓦礫が退かされたが、その姿はあまりにも痛ましい。
まだ辛うじて息はあるが、意識は無い。
自身の血で染まってしまった全身が、夥しい失血を物語っている。
拓は持っていた全てのポーションを取り出し、次々にシムルへと振りかけていく。
だが一向に回復する兆候は無い。
「タク、下級のポーションではダメだ。」
辛そうにクーリオが諭すが、黙って諦められるわけなど無い。
徐々に集まってきた他のブラウニー達も、シムルの姿を見るなり悲痛そうに目を背けるばかりだ。
つまり、この場にシムルの手当が出来る者がいないということなのだろう。
何か、何かあるはずだ。
あの屈託の無い笑顔を、こんなところで失って良いはずが無い。
ころころと耳に響く、愛らしい声色を失って良いはずなど無い。
考えろ。考えろ。
異世界から来ている自分なら、何か裏技があるんじゃ無いのか。
魔道書―具体的には?
モノクル。
スキル。
アイテム―ダメだ、他に何か。
他に、何か、何か無いのか―
ぐるぐると思考を振り回しているその時、拓の脳裏に何か引っ掛かった。
この村に辿り着く前、ちらりとマップを見た時の事―
この村の裏手に、湖に連なる川が流れていたはずだ。
シムルはあの日言った。
この湖は清浄だと。
「いるんだろ、ネーレ!」
祈る気持ちで拓が叫ぶと、間延びしたその声が背後から届いた。
「はいはーい。
呼ばれて飛び出てネーレちゃん、爆誕っす!」
「そういうのは後で!
何か、手は無いか!?」
素直にネーレは拓の隣に並び、シムルをじっと見下ろす。
クーリオ達、周りの人々は何が起きているのかさっぱり分からず困惑している。
ネーレの姿は誰にも見えていないと思われるので、拓の気が触れてしまったと思っているのかもしれない。
「かなり危ない状況っすね。
…でも、一つだけあるっすよ。
この娘を救える方法が。」
藁にも縋る思いで続く言葉を待つ拓。
だがネーレはそれに応えずシムルの側にしゃがみ込む。
「その前に、この体では持たないっす。
少しだけ、あたしの魔力を分けるですよ。
今回だけ、特別っすよ?
他ならぬタッくんの為っすからね。」
やがて、シムルの胸に翳されたネーレの手のひらから淡く、優しい色の光が溢れでた。
ほんの僅かの時間だったが、少しだけシムルの顔色が良くなった気がした。
それからネーレは拓を見上げ、手を振り自分の隣に屈めとジェスチャーしてくる。
「タッくん、覚えてるっすか?
前に召喚魔法の話をしたっすね。」
拓は無言で頷く。
「では、シムルちゃんと魔道書の力を使って刻印契約を結ぶっす。
召喚魔法の特性で、召喚した対象者を送還した際、体力や傷の完全回復が付与されるっすよ。
完全に裏技的な方法っすけど、それ以外に道は無いっす。」
「どうすれば良い?」
「魔道書に手を当て、魔力を流しながらあたしの言うとおりに詠唱するっすよ。」
言われた通りに拓は左の小指にはまった指輪に右手を添える。
魔力の込め方なんて良く分からないが、斬撃や縮地のスキルを使う時の感覚をイメージしてみる。
すると、指輪に嵌まった青い石がほんのり光を帯びた。
「ではいくっすよ。
『我、ここに血の盟約を求めん。』」
「我、ここに血の盟約を求めん。」
「マジカ・ムタレの神秘を糧に―」
「マジカ・ムタレの神秘を糧に―」
「以下略―」
「以下……りゃ…く…?」
突然の場に不釣り合いな言葉の登場に、詠唱を紡ぎながら拓が訝しみながら隣のネーレを伺うと…。
突如シムルの胸元に輝きが浮かび上がり、虹色の六芒星が天高く伸びた。
その光景に驚き、目を見張る拓と周囲の人々。
「後はこの娘が受け入れるかどうかっすね… って、言い終わる前に受け入れてやがるじゃねえすか!
何すかこの娘、チョロインすか?
チョロインなんすか?」
シムルの胸元に輝いた光はゆっくり収束し、シムルの身体に染み込むように消えていった。
しばし無言で経過を見守る拓とネーレ。
「とりま、これで第一段階終了っすね。
では次に、送還するっす。」
「それも詠唱がいるの?」
「もちのろんす。
ま、この場がホームグラウンドすから、あくまで形だけっすけど。」
「分かった。詠唱を頼むよ。」
「うい。
噛まないでくださいっすよ?
……『送還』」
「送還。」
…………
「…って! それだけ?!」
再びシムルの胸元に六芒星が輝いたと思うと、みるみるシムルの血色が良くなっていく。
呆然と見守る人々の視線の中、ゆっくりとシムルが目を開けた。
「タク、さん…」
「…シムル?」
「…タクさん…。
…タクさんっ。」
ガバッ、と上半身を起こし、拓の服の袖をぎゅっと掴むシムル。
「ありがとうございます。」
力の入らない腕で拓の袖を掴み。
力の入らない震える声で。
「タクさんが、助けて、くれたん、ですね。
タクさんが、呼びに来てくれて、私、戻って、来られました。」
まだ少し青白い顔をしているようだが、それでもシムルははっきりと拓に微笑んでくれた。
拓もまた震えるように、深く息を一つ吐いてから、ぎこちなくシムルに微笑むのだった。
ようやくタイトル通りの作品となりました。
次回で三章は完結します。
気に入って頂けましたら、ブクマ、感想など頂けると幸いです。
次回は3/17(日)を予定しております。




