2-9.
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「あああああっ!!!」
叫びながら拓が跳ね起きる。
ここは拓の部屋。拓は今、ベッドの中で上半身を起こしている。
ダクダクと、文字通り滝のような汗を流し、荒い呼吸で肩が激しく上下している。
忙しく目をさまよわせ、状況を把握しようとするが、一向に頭の処理が追いつかない。
ここは、自分の、へや。
地球の、自分の、へや。
窓の外は暗い。
自分の今居る場所を次第に把握できるようになった拓は、目覚まし時計に目をやる。
深夜2時40分。
まだ震える冷たい自分の身体を、自ら抱きしめながら考える。
多分、これが強制ログアウトというヤツなんだろう。
思考が止まる度、先ほどの光景がフラッシュバックする。
固い手で握り締められた圧迫感。
腕を振り上げられたときに見えた、遙か遠くまで見渡せる高みの景色。
続く体中を蹂躙する衝撃と痛み。
思い出しては激しい頭痛と身体の震えを繰り返し、吐き気をこらえ悶絶しながら拓は布団の中で縮こまる。
結局、朝を迎えるまで拓はベッドの中で震え続けていた。
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「拓、顔色が悪いけど大丈夫?」
朝食のテーブルで、母親が心配そうに拓の顔を覗き込む。
拓に兄弟は無く、両親はそれぞれ働いていて、時間帯もまちまちなので、基本朝食は別々に取っている。
今日は母親が休みのため、朝食を用意してくれていた。
食欲が無くちびちび箸を進める拓に、やたらと心配して優しい言葉を掛けてくる母に、少し泣きそうになりながら拓は登校の準備をした。
出かける前にそっと魔道書を開いてみたが、一昨日の最後の状態で止まっていて、レベルはやはり5のままだった。
無事学校に着き、数時間授業を受けるうちに、徐々に冷静さを取り戻す。
正直、もうあの世界には行かない方が良いんじゃないかと思う反面、拓が倒れたその後の状況が気になってきたのだ。
あの4人は無事に逃げられただろうか。
面倒見が良く、判断力に優れ、時にいい加減なクーリオ。
勝手に姉を気取るけど、優しくていつも気を遣ってくれるマキナ。
寡黙だけど、黙々と自分の仕事をこなし、時々愛嬌のある顔を見せてくれるニナ。
やはりほとんど喋らないけど、いざという時は頼りになるマニブス。
4人のことを思うと、またどうしようも無く泣きたくなってくる拓だった。
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「今日はまた、えらく元気ないな?」
休み時間、柴田が声を掛けてきた。
拓の悪友といって言い、最も気の置けない友人だ。
この男は半年くらい前、シミュレーションタイプのネットゲームに嵌まり、週末の度にギルド戦とやらをやっていたはずだ。
「なあ。
もしすごく大事なギルド戦で、すごく大事な役目を任されていて、失敗してあっさり逃げ出してきたら…
その後、どんな風にギルドに顔出すんだ?」
「なんだ、ゲームの失敗か?
そうだな。
普通に顔出して素直に謝るよ。
『雑魚ですんませんでしたー』
つって。」
「そんなもんか。」
「そんなもんだ。
昨日今日の相手ならともかく、しばらく一緒に戦った相手なら、それで終わりだろ。」
あの4人とは昨日今日の相手と言えなくも無いが、それでもそれなりに共に時間を過ごした。
少しだけ心が軽くなったような気がして、その後益体の無い会話をいくつか友人と交わす事が出来た。
きっと理解されないだろうけど、拓はこの悪友に今までで一番の感謝の気持ちを感じていた。
帰り道、拓は立ち寄った小さな町の書店で、初心者向けの剣道の指南書を買った。
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異世界に入り、町の広場へ向かう。
直前まで未練がましく葛藤を続けたが、結局拓はここに来る事を自らの意思で決めた。
そこでは、まだ朝も早いというのに、パーティの4人全てが揃って何かを話していた。
最初にニナが気付き、驚いた声を上げると、全員が拓に駆け寄ってきた。
「タク、お前無事だったのか!」
クーリオが肩を叩くと、反対側からマキナが抱き付いてきた。
「タク、タク~。
お姉ちゃんは、おねえぢゃんわあああ~
うわああああん」
拓にしがみつき、わんわんと声を上げて泣きじゃくるマキナ。
ニナも少し貰ったのか、涙目をしている。
「心配掛けてごめん。
皆も、無事で良かった。」
気恥ずかしさに負けそうになりながら、拓は挨拶した。
マニブスがニッコリ笑って拓の方を叩く。
くそ、こういうキャラのこういう仕草はズルいだろ。
サムズアップされてたら惚れていたところだ。
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皆が落ち着いたところで、改めて拓が去った後の事を聞いた。
何とかオーガの追撃を逃れ、森を抜け出した4人。
幸い森の外まで追っては来なかったらしい。
そのままギルドに駆け込み、ギルド長に報告した事で、急遽討伐隊が編成され、夕方には森に踏み入ったらしい。
クーリオ達は朝自然にこの場所に集まり、ギルドでその後の状況を聞きながら拓についての情報も集めるつもりだったようだ。
「投げ飛ばされたタクが突然どこかに消えちまったから、本当にビックリしたぜ。」
とはクーリオの言葉。
拓は、自分は古い魔道具で遠い地からここまで修行に来ているという設定で、自分の事を説明した。
設定と言ってしまうと騙しているようで少し罪悪感があるが、完全な嘘というわけでもないし、本当の事も上手く伝える自信が無い。
いずれ全ての事をありのままに話せる日が来る事を願うばかりだ。
昨日は緊急の脱出装置の様な物が発動してあの場から消えたのだと、ここに来るまでに考えていた言い訳をした。
これも大部分は事実で、それ以上の事は拓も理解してないので、他に説明のしようが無い。
4人の反応を見る限り、やはり理解は出来ていないようだったが、それでも一応の納得はしてくれたようだ。
ついでに、町の中で人目に付かない転移場所が無いか、紹介して貰う約束もしておいた。
「とにかく、一度ギルドに行こうよ。」
そうマキナが言い、一同は歩き出した。
一歩遅れて最後尾から付いていこうとする拓に、新たな声が掛けられた。
「もう、あれほど気をつけろって言ったじゃないすかー。
タッくんは、タッくんはー。」
振り返ると、頬を膨らませるやや不機嫌な表情のネーレ。
なかなかレアな表情を見た。
「ネーレもごめん、心配掛けて。」
素直に拓が頭を下げると、途端に慌てだした。
「べ別に心配なんてししてないすすしし。」
目を泳がせるネーレに笑いかけ、拓はパーティメンバーの後を追った。
次回で第二章の終了です。
次回は明日、3/4(月)の予定です。
よろしくお願いします。




