転生
シェリーからはこの世界のことについて様々なことを聞いた。この世界の名は「インダストリア」というらしい。たしか、ドイツ語で工業がインダストリーだったからそこから来ており、工業が発展している世界なのかと思っていたが、全くそうでないようだ。道を歩きながらあたりを見渡してきたが、現代工業はおろか、蒸気機関といった英国の産業革命の代名詞ともいえるものすら見当たらない。鍛冶師や硝子屋は見かけたが、どれも遥か昔からあるものと変わらない。いかにも転生モノの代表的な転生先の世界である中世ヨーロッパ風の世界だ。なぜインダストリアという名前がついているのか、とても違和感はあるが、おそらく偶然だろうということでそこは考えないことにした。
そして、彼女の主が言っていた人間対魔族の戦争。これは百年戦争と呼ばれているらしい。百年もの間、絶え間なく攻め続ける魔族を人間がそれを守るという戦いが起きているらしい。それでも戦いが激しくなるのは十年周期らしい。戦いでは互いが大きなダメージを負い、それを立て直すのに丁度十年がかかるそうだ。前回の激戦は三年前で、あと七年は余裕があるみたいだ。あのインチキ臭い神の言う通りなら、俺はあと七年で人間軍をどうにかせねばいけないのだが、今のところは何をすればいいのかわからない。そして、十年ごとに一斉に攻めてくる魔族たちをなんとか撃退できているのは「勇者」と呼ばれる存在があるからだそうだ。勇者のほぼすべては転生者らしい。この世界の人間にとって転生者は危機を救う英雄らしく、神と同等に崇められる存在だという。恐らくは神にチート的な能力を貰い、それを振るっていたのだろう。一騎当千の勇者達はそれはもうすごい活躍をしたみたいだが、どれも決着がつかないまま力尽きてしまったらしい。勇者たちが魔王を倒していれば戦争は終わるはずで、戦争が終わっていないということは、魔王は現存するということだ。勇者にさえ倒すことができない魔王を俺はどうすれば倒すことができるのだろうか。
さらに気になることを聞いた。魔術だ。魔術は一般的と言えるほどではないが、それなりに普及しているらしい。多少の魔力さえあれば下位の魔術を行使できるらしい。実際にシェリーが「モア」という下位魔術を見せてくれた。これはとても単純で指先に火を灯すというものだ。魔術を習う際は、モアの習得から始めるらしいが、初心者はこれを使うのに最低でも一週間はかかるらしい。それ以外にも魔術は存在する。落雷を発生させたり、暴風を引き起こしたり、激流を繰り出したり、どれもRPGゲームの終盤あたりで使われる魔法にちかいものだ。しかし、高位のものになればなるほどそれを行使することが難しくなる。さらに要求魔力は相当大きくなる。つまり、高位の魔術は使おうと思っても使えない。生まれつきの魔力と才能がなければならないらしい。一応、発動をしやすくするために術句というものが組まれているが、読むだけでは使えないみたいだ。魔力のほうは生まれてから等比的に増えていくらしい。つまり生まれ持って魔力を多く持つものは成長すればするほど莫大な魔力を持つようになるが、持たないものは何歳になろうともほとんど魔力を持てないということだ。シェリーはまあまあな魔力を持っているらしく、中位の魔術までは行使できるみたいだ。俺はというと、魔力を持っているかわからないうえ、すぐに使えるようになるものではないから、ちゃんと測定して判断するとのことだ。
俺たちは教会のある丘を下り、その麓にある街、「ノーマ」というところに来ている。この世界一番の王国である「ニラルカナル」の首都「フナラン」の外壁沿いにある街らしいが、その構造はよくわからない。聞いたことのない名詞の羅列をなんとか整理した。とりあえず、ノーマはそれなりに発展している街だ。さすがは首都の近郊にある街である。見た感じでは街の人間は裕福そうだ。様々な店があり、金さえあれば何不自由なく生活ができそうだ。しして、この街には冒険者が集うギルドという場所があるらしい。そこでは、仕事の受注や休憩等ができる。そして、冒険者を始めようとする人間がその適正があるか検査することもできるらしい。いかにも、異世界転生らしい。冒険者になるかは置いておいて、何に適正があるか判断するために、そこへ行くみたいだ。元の世界ではずっと社畜だったわけだから、求人募集などには全く興味がなかったが、死んでからハローワークにお世話になるとはそれこそ考えたことがあるはずがなかった。
ここからは俺の推測だ。まずは工業が発展していないということ。普通に文明レベルがそこまで達していないというのが答えだと思うが、魔術の存在も関係しているのではないかと思っている。魔術を使えばある程度難しい作業をこなすことができる。つまり、この世界では魔術のほうが優先的に発展していったことにより、工業があまり発展しなかったのだろう。すでに百年もの間戦争をしているわけで、武器の類が進化していってもいい気がするが、高位の魔術を用いれば、一度に広範囲の敵を焼き尽くすことだって可能だ。一対一よりも一対百、それで実績を残せているのであれば必然的に魔術の研究が優先されるというわけだ。
次に、この世界が俺のよく知る「異世界」とどれくらい一致しているかだ。これに関しては九割テンプレと同じと言ってもいいかもしれない。魔術、もとい魔法があり、中世ヨーロッパ風で、冒険者や、ギルドといったものも存在する。ハーレムに関してはどうなるかはわからないが、こうしてシスターの美少女と隣で歩いている時点で勝ち組なのだろう。この世界のシスターが純潔の誓いみたいなことをしているかは知らないが。違う点は、勇者が絶対なる存在ではないことだ。百年続き、十年周期ということは十人程度の勇者が召喚されたということになる。そのどれもが魔王を打倒しえなかった。そこだけがイレギュラーであり、もっとも重要な部分だろう。恐らく俺自身に勇者になる素質はない。もしもあったら近いとは言え首都の郊外の教会などには召喚されず、首都の中にある神を祀る祭壇などで召喚されてもおかしくないだろう。そんな回りくどいことをする意味がないからだ。チート能力を得てこの世界に来たのだから、チート武具に身をまとい、魔族が再戦の準備をしているところに放った方が圧倒的に有利だ。今までは激戦の少し前に召喚されたのだろう。その周期で丁度逸材が来たのか、周期に合わせて召喚したのかは謎だ。
シェリーの説明をぼんやりと聞きながら街の様子を眺めていた。実に賑やかな街である。戦争をしているのがまるで嘘のようだ。そういえば、このような賑わいというものを、ここ二十年体感していなかった。大学を卒業すると同時に例の企業に入社した俺に、休みなどなかったわけだから、人がたくさんいる場所に行く時間はなかったのだ。ほんと稀に得た休みは文字通りに休むことしかしなかったのだから。こういった「人がいる」といった実感を得ることができただけでも俺はこの世界に連れてこられた価値があると思える。正直、あの疑い深い神の思惑に乗せられているようで嫌だが。
先に進むに連れて人通りが多くなってきた。道の幅も大きくなり、至る所から食欲をそそる匂いが漂ってくる。街の中心に近い場所に来たと言うわけだ。
「シゲオさん、ここですよ。」
目の前にはかなり大きな建物が建っていた。大きいと言っても縦ではなく横にだ。この世界の技術力では縦に建物を大きくすることは難しいだろう。そして、これがギルドらしい。ギルドの出入口では実に様々な装飾が施された武具を身に着けた冒険者と思わしき人々が途絶えることなく出入りしている。仕事をここで受け、賞金で生計を立てているのだろう。
「では、中に入りましょう。人が多いので迷わないように気を付けてくださいね。」
シェリーに連れられて、ギルドの中に入る。そこには外からでは想像のつかないほど広い空間が広がっていた。低い建物をより広く使うかというのがこの世界での建築の基本なのだろうと思いながらあたりを眺めた。そこで俺はやっと重要なことに気が付いた。すべて日本語なのだ。
会話が成立している時点で、言語は日本語と同じだと気付くべきだったが、それどころではなかった。それぞれの受付を示している看板には見覚えのある文字が並べてある。日本語といってもすべてカタカナだ。これはとても都合がいい。言語を覚える必要がないため、その手間が省けたというわけだ。全部カタカナのため、読みづらいというのはあるが、そこはたいして問題ではない。
シェリーが向かっていたのは「ソクテイ」と書かれた看板のあるほうだ。その横が「ショシンシャ」なので、ここは自分の適性を判断する場所なのだろう。転生者というのは何かしらのチート能力を貰うのがセオリーだ。俺がどのような能力を持っているのか、正直楽しみなところだ。
「あら、シェリー。こんなところまでどうしたの?」
声の主は「ソクテイ」の看板の下で微笑む、橙色の髪を持つ女性だった。二十歳前半といったところだろうか。シェリーよりは若干年を取っているように思える。
「こんにちは、ミラーさん。この人の測定をお願いできますか?」
ミラーと呼ばれた女性は、俺のほうをまじまじと見つめている。何か珍しいものでもあるかと思ったが、それは俺の予想を反するものだった。
「恋愛とか興味ないっていていたアンタがこんなイイ男を連れてくるなんて思ってもいなかったわ。どうやって捕まえたのよっ。」
「そんなんじゃないですよー。彼は転生者です。私の教会の庭で召喚されたので私が保護しているんです。」
「ふーん。まあいいわ。そういうことにしといてあげる。それで、アナタ名前は?」
ミラーがこちらに問いかけてきた。こちらを見る赤色の眼は俺に鳥肌を立たせた。この種の人間とは話したことがないから、脳が拒否反応を起こしたのかもしれない。
「シ、シゲオと言います。」
「シゲオ、かー。この辺じゃ聞かない名前ね。それもそうか、アナタ転生者だもんね。そんなことより、後で一緒に飲みにいかない?奢るからさっ。」
これが陽キャというやつかという驚きながら、どのように話せばいいのかわからず、混乱していた。どの世界でも陰キャと陽キャは通じ合えないものだと感じた。
「ダメですよ、ミラーさん。シゲオさんはこの世界に来たばかりで、やるべきことがたくさんあるのです。そのようなことはこの私が許しませんよ!」
少し強い口調でミラーを叱りつけた。
「あら、嫉妬?」
「ちーがーいーまーすー!」
シェリーが顔を真っ赤にして反論していた。そこまでする必要はないだろと一瞬は思ったが、ここで俺はやっと疑問を持った。彼女いない歴=年齢だった俺は、自分の容姿に自信はなかった。かといって自分のことをブサイクだとかそんなことを思ったことも一度もなかった。彼女が欲しいと思った時期はほんのすこしあったが、作ろうとしなかったし、その気持ちもすぐになくなった。そんな俺がイイ男だって?しかも四十過ぎたおっさんだぞ。
「すみません、鏡ってありませんか。」
「えっと、手鏡ならあるわよ。」
「それでいいんで、貸してもらえませんか。」
「えぇ、いいわよ。」
なんの変哲もない手鏡を渡され、それを少し奪い取るような形で受け取り、すぐに鏡をのぞき込む。そこには男の俺でもわかるほどの美男子の顔があった。目をつむり、三数えてからもう一度鏡を見る。やはりそこにはさっきみた同じ顔があった。顔を揺らしてみても、同じ動きをするし、口をパクパクさせても全く同じように鏡の中の美男子もパクパクする。VRもここまで進化したかと思ったが、ここは異世界であり、俺の元いた世界よりも文明が発展しておらず、ましてや、俺の知るVRも鏡に映っているものを変えるほど進化していない。魔法という可能性も考えたが、この状況でわざわざ映っているものを変える魔法をかけた鏡を渡すはずもない。つまり、これに映っているこの美男子は俺だということになる。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
俺は奇声をあげていた。何が起きたのかと周りの人間が俺を見る。鏡を見続けるが変化はない。青ざめた美顔、つまり俺の顔がそこにはある。これも転生した影響なのか、それとも特典なのかはわからない。どう考えても俺の顔ではないのだが、どう考えようと俺の顔なのだ。たしかに、俺の面影はある。若干垂れ下がっている目尻や、右頬にある小さなホクロだとか、一致しているものはある。だが、こんなにも整っていたか?そもそも俺は四十のおっさんだ。こんな十七歳前後の若造なわけがあるまい。
「急にどうしたんですか?大声だして。」
シェリーが俺の肩を叩きながら、問いかける。
「シェリー。」
俺はシェリーの両肩を持ち、少し強引に体をこちらに向かせた。何が起こったかわからずオドオドしている彼女にこっちから問いかけた。
「俺、何歳くらいに見える?」
「え、えーっと。そうですね、私と同じかちょっと上くらいですかね。」
見間違えてなかった。俺は転生して美少女に保護されたどころか、俺まで美青年になっていたわけだ。確かに外から見てみれば、世界を救った英雄が、腐りきったおっさんだと面白くないだろう。神として、そこを配慮されたのかもしれない。うれしいような、くやしいような。
「もしかして、転生前は違うお顔だったのですか?」
「まあ、そうだな。こんな美顔だった時期はなかったし、そもそも俺は四十歳だ。」
シェリーはちょっと驚く素振りを見せたが、すぐに笑顔になりこう言った。
「おそらく、それも我が主の贈り物でしょう。どうです?入信する気になりませんか?」
「か、考えておこう。」
おそらく相当嫌そうな顔をしていただろう。どうしても、あの神のことを信用しきれないからだ。
あけましておめでとうございます
新年初めの投稿になります
今回はこの物語の舞台である「インダストリア」の説明をメインにした回です
そして、新しい登場人物「ミラー」の登場です
彼女は今後も出てくることになると思います
四十のおっさんが転生したら17歳の美青年に!?みたいな若干ベタっぽい展開ですがそこはお許しいただきたい
今後もゆっくり更新していきますので読んでいただけると嬉しいです