覚醒
暖かい光に包まれる。優しい小鳥のさえずりが聞こえる。ゆっくりと意識が覚醒していく。目を開けず、うっすらとした意識の中で状況の整理を始める。第一に俺は死んだはずだ。よく覚えている。旋盤に巻き込まれながら、自分の人生の虚しさを走馬灯のように振り返った。しかし、あの時の激痛は嘘のようになくなっている。いやまあ、死んでいるわけだから当然かもしれないが。ならばこの優しさに包まれたような感覚は何なのか。もしやこれが天国というやつなのか。俺はそこまで善行を積んだ覚えはないが、悪行を行ったこともない。むしろ、老人どもの強欲のために働かされていた奴隷みたいなものだったからむしろ天国に来ることができたのか。いや、とりあえず確認せねば断定はできない。目を開ける。真っ青な空が映る。どうやら仰向けになっていたようだ。ゆっくりと両手を持ち上げ目の前に持ってくる。旋盤でズタズタになったであろうはずの傷は全くなかった。それどころか、ちょっとばかし死ぬ前よりも肌が綺麗な気がする。両手を握ってみる。感覚はしっかりしている。多分幽霊などにはなっていないだろう。成仏できずに漂っていたという可能性はあったからほんの少し気にしていた。彷徨い続けると言うのは御免だ。
右手を地面に突き、体を起こしてみる。芝のサラリとした感覚が手に伝わった。そして、目の前にあったのは木だった。もう一度状況を確認してみる。俺のイメージだと天国というのは雲の上にあるものというものが大きい。ただ、ここは雲の上でもないし、天国と言えるようなものは目の前には存在しない。ならば答えは二つ。ここが天国じゃない。または天国とは本来はこういうものだった。恐らく前者だ、意識が朦朧としていたせいか、何故か天国に縛られていた気がする。状況が読み込めないために無意識に現実逃避をしていたのかもしれない。結局俺はどうなったんだ。死んだはずなのにここにいる。ここは何処で一体何なのか。
俺はひたすら考えていた。なんとか状況を読み込もうとした。が、答えが出るはずがなかった。
どれだけ時間がたったのかがわからなくなってきた。十分?三十分?それとも一時間?とにかくこのまま考えていても答えは出ないだろう。手がかりを探しに行ったほうがいい。そう思い立ち上がった。
「あのー。」
立ち上がったと同時に背後から声がした。可愛げのある声の方へ振り替える。そこにはよくある修道服を着た少女がいた。少し不安げにこちらを見ている。
「もしかして、転生してきたのってー、あなただったりしますか?」
「て、転生!?」
その可能性を考えていなかった。少ない時間でせめてもの癒しとして異世界転生系の小説だったりアニメだったりをよく見ていた。もしかして、俺がその主人公になってしまったのか。確定したわけではないが、自ずと元気が湧いてきた。
「いや、よくわからないけど、気づいたらここにいた。」
「まぁ、ではやっぱりあなただったんですね。」
先ほどのこちらを警戒していた顔はすっかり笑顔に変わっていた。
「よかったです。主のお告げの通りです。」
「主?」
「はい。我が主、バイス神です。」
少女は目を輝かせながら自慢げにそう言った。彼女はシスターのわけだから神を信仰していて当たり前だ。
「今日初めてお告げが届いたんです。庭に転生者が現れるからその世話をせよと。今までそんなことなかったから、とっても嬉しいのです。」
「その、転生者って俺のことかな。」
「多分そうです。こんなところではあれなんので中にお入りください。」
振り向いて歩き出した幼きシスターの後を俺は恐る恐るついていった。右を向けば白い壁の建物が建っていた。これが教会だろう。なぜこんなところに来てしまったのか結局まだわかってはいないがこれからわかるだろう。
「どうぞ、こちらです。」
透明度の高い小さな手で、俺の身長の二倍はあろう大きな扉が開かれた。中は、レッドカーペットの両サイドに椅子が並び、正面に祭壇があるといういたって普通の作りだ。内装を確認してから、教会へ踏み込んだ。そのまままっすぐレッドカーペットの上を歩いて行った。俺より前を歩いていたシスターが階段を上ると、祭壇の前でこちらに振り向いた。ステンドグラスから差し込む太陽の光が後光のように眩しく輝く。
「さあ、あなたの悩みを言いなさい。」
両腕を広げ、そう言った。天使のような笑顔は、俺には若干ドヤ顔のように見えてしまう。
「あの、俺別に懺悔しに来たわけじゃないけど。」
少女は驚きと恥じらいの表情を同時に見せた。そのまま広げていた両手を体の前で組み、顔を下に向けてしまった。
「す、すみません。いつもの癖でつい・・・。」
このままいじり続けたら面白そうだと思ったが、なんだか可哀そうだったのでやめた。
「それで、詳しい話を聞かせてもらえると嬉しいんだけど。」
俺の声で現実に戻ってきた少女は、若干慌てつつも話を始めた。
「そうですね。ではまず転生者についてお話ししましょう。この世界ではたまに、異世界から来たと言われる人たちが突然現れることがあります。私たちはそんな人たちのことを転生者と呼んでいます。」
「それで俺がその転生者であると。」
「そういうことですね。前の世界の記憶があったりしますか?」
「死ぬ瞬間の記憶までバッチリと。」
「そうですか。やはり転生者は一度死んでしまってからこちらの世界に来てしまうんですね。とても興味深いです。もしよければ、死んだ瞬間のこととか教えていただけませんか?」
「いやー、俺は構わないけど、たぶん聞かない方がいいよ。かなり酷い目に会ったから。」
「そうですか。では遠慮しておきます。」
コホンと、軽く咳払いをしてから話が続けられた。
「実は私自身転生者とお会いしたのは初めてなんですよ。もしかしたらどこかで出会っているかもしれませんが、こうやってお話しできたのは初めてです。よく聞く話なので興味があったんですよね。」
「そうなんだ。ところで俺はどうしたらいいんだい?」
「そうですよね。そこが一番大切ですよね。そうですね・・・。では、主のお声を聞きますか?」
「そうです。とりあえずやってみましょう。まず、左膝を着いた状態で膝立ちしてください。」
俺は言われるままに、彼女の指示に従った。神への信仰心など微塵もなかった俺が神の声なんぞ聞けると思わないが。
「その体制のまま両手を前で組んでください。そして、ゆっくりと目を閉じて深呼吸。」
とりあえず考え事をやめ、深呼吸をした。繰り返していくうちに、徐々に周りの小さな音さえも聞こえなくなっていた。周りの気配すらも消えていく。あの時と同じだ。俺が旋盤に巻き込まれる前に少しだけ感じたあの時みたいに。やがて一つの小さな光が現れていた。
「ワシの声が聞こえるかの。」
いきなり、老人の声が聞こえた。俺はその声に驚きつつも心の中で答えた。
「聞こえるぞ。」
「そうか、それはよかった。」
「それで、あんたが神か。」
「そうじゃのぉ。まあ、それみたいなもんじゃ。」
コンッという軽い何かでたたかれた音とともに俺の周辺に光が広がっていくのを感じた。目を開いてみた。真っ白な空間の中に一人のこれもまた真っ白で長く立派な髭を蓄えた老人が立っていた。その姿はソシャゲによく出てくるゼウス神のような見た目をしていた。
「ほう、目を開いてしまうとは。なかなか度胸のあるやつよ。」
「度胸なんかないさ。ただ俺は神を信じていない。それだけだ。」
「そういうものかのぉ。まあいいわい。本題に移るとしよう。率直に言う。お前さんを転生させたのはワシじゃ。」
なんか変に真面目そうな顔をしているのが腹が立ったが、その感情を表に出さないようになんとか踏みとどめた。
「で、何のために俺を?」
「理由は二つ。一つ目はお前の人生があまりにも悲惨だったからじゃ。社会の流れに飲み込まれ、そのまま孤独に死んでいったお前さんにもう一度チャンスを与えてやろうと思ってな。」
正直余計なお世話だと言い返したがったが、二つ目の理由を聞いてからにしよう。
「そして二つ目、お前さんにこの世界を救ってほしい。まあ、よくあることじゃろ。お前さんのよく読んどった書物にも似たようなことが書いてあったものじゃ。」
「まあ、そう来るとは思っていたけど、俺がこの世界に来て何になるんだ。俺が勇者だっていうのか?」
「そんな生易しい話ではないのじゃ。今この世界では人間軍と魔王軍がぶつかり合っている。その数、百万は簡単に超えるじゃろう。ただ、そんな中に一騎当千の勇者を入れたところで、対して変わらないのじゃ。前に転生させた勇者達はそれはすごい力を発揮したものよ。じゃが、どれも中途半端なところで倒れてしまったのじゃ。」
「じゃあどうすりゃいいのさ。勇者が意味ないなら。他にどうすればいいんだよ。」
「そこじゃ。勇者がダメならばどうすればいいか。ワシの答えは軍全体を強くすることじゃ。だからお前さんにはその手段を導き出してほしい。」
「はあ?それはどういうことだ。」
「そのまんまじゃ。お前さんにこれをやろう。」
老人が懐からなぜ収まっていたかわからないほど分厚い一冊の本を取り出した。厚さだけで言えば広辞苑には及ばないだろう。ただ、大きさが違った。恐らくA3サイズだ。文庫本がA6だとかんがえると相当大きい。
「これについてはワシからは説明できんのじゃ。だが、これはお前さんの役になるはずじゃ。この後、ギルドに行ってみるといい。そこである程度のことはわかるはずじゃ。」
神の姿がゆっくりと消えていく。同時に周りの光も失われていく。
「ちょっと待て、俺はまだ聞きたいことがあるし、認めたわけでもないぞ!」
「まあそう言わず、運命だと思ってくれ。お前さんならできるはずじゃ。」
言葉と同時に光が一気にフェードアウトした。再び、周りの気配、音が戻ってきた。俺は何故か閉じていた目を再び開いた。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
少し不安げな顔をしたシスターが俺の前に立っていた。
「なんというか、とりあえずこれを貰った。」
いつの間にか左わきに挟んであった例の本をシスターに見せる。シスターはこの世のものではないものを見ているかのような驚きっぷりを見せてくれた。
「まさか、我が主にそれを頂いたと言うのですか・・・。」
「そうだけど。」
いきなりシスターが何段もある階段の上から大きく跳んだ。俺の前に着地し、俺の両肩を持って体を大きく揺らした。
「転生者さんズルイです!私は今までそんなことなかったのに!」
「そんなこと俺に言われても困る!もっとお祈りしたらいつか貰えるんじゃないかな。」
やっと体を揺らすのを止めてくれた。若干血が頭に上った感覚があった。シスターは小さい頬を目一杯膨らませ、涙目になりながらこちらを見ていた。」
「そうですよね。わたし頑張ります。」
天然なのか純粋なのかはわからないが、こう前向きな性格は俺にとって、とても励みになる。俺は後ろ向きな人間だったから。
少女は何か考え事をしていたようだが、何かを思い出したかのように俺に問うた。
「そういえばまだ、名前をお聞きしていませんでしたね。私はシェリーと申します。あなたは?」
「重夫っていいます。」
「シゲオさんですか。いい名前ですね。それでは改めまして。ようこそ、神秘煌めく世界、インダストリアへ!」
どうも佐藤修斗です
今回は転生回になります
主人公重夫は教会の裏庭にて目覚めます
死ぬときに負ったはずの傷は綺麗に消えています
そして出会ったシェリーという名のシスター
この先どうなるかは次回以降の更新をお楽しみください
今回は早めの投稿にはなりましたが、次回は最低1週間は空きます