起~絶命~
三井重夫、44歳、20年もの間、中企業で社畜をやっている。朝7時から夜26時までずっと旋盤(材料を高速回転させて切削加工を行う工作機械)を回し続け、今日で5日連続家に帰れていない。ついでに30連勤になるが、当たり前のように残業代はほとんどでない。上層部は当たり前のように定時で帰るくせに、俺ら社畜にはその権利はない。せめての改善案としてNC(コンピュータ制御によって加工を行う工作機械)を導入しようと仲間と共に上層部に掛け合ったこともあったが、社長がアナログな人間でそういった機械を毛嫌いしているからという理不尽な理由で却下されたこともあった。あれ一台さえあれば、作業効率が上がり、我々も今ほど残業をせずに済むというのに。ならばと、作業場の改善、ノルマの見直しなどを訴えたが、それに使う予算などない、時間もない。それを望むのならもっと働けと返された。俺たちは悟った。上の人間は俺たちを人間と思っていないということを。俺たちはただの家畜に過ぎないということを。その後我々は社長含めた老人どもに目を付けられ、無茶苦茶なノルマを押し付けられ今に至る。
暗い作業場で旋盤に取り付けられた白熱球の光だけが手元を照らす。すっかり身についてしまった手付きで無言のまま作業を進めている。俺はいっそ死んでしまったほうがマシなのではないかとここ最近考えるようになってきた。俺は仕事をするために生きているんじゃない。生きるために仕事をしているんだと。俺に生きる意味などない。上にとって俺はただの消耗品でしかない。代用の利く金稼ぎの道具にすぎない。金の亡者どもの手の内に縛られながら深夜25時、俺一人で作業をしている。普段ならもう少し人数はいる。だが、何やかんや理由を作って休んでいる。休んでいるというよりかは逃げ出しているといったほうがいいかもしれない。結局定時に帰ったクソ野郎どもを見送った後、十分だけとった休憩から一切の休憩をせずに無心に作業を進めていた。足元には出来上がった製品が箱の中に放り込まれている。心身ともに限界はとっくに来ていた。ただ、ノルマをこなさねばならないため、その体と精神に鞭を打ちながら作業をしている。
楽になりたい。この生き地獄から解放されたい。そんな思考が無意識のうちに頭の中を延々と駆け巡っていた。寝たい。休みたい。死にたい。体がそう悲鳴を上げていた。頭の中が段々黒に染められていった。元々暗かった部屋がいつの間にか漆黒の空間と化していた。そこにあるのは俺の肉体と周り続ける旋盤一台だけ。だが、そんなことに気を取られている時間と余裕は俺にはない。無心に回し続ける。ただ一人、手を動かし続ける。それしか許されていない人形なのだ、俺は。
気づけば、旋盤すらなくなっていた。さすがにそこで意識が戻る。光さえ存在しない場所に俺が一人だけ。ただ、おかしいと思った時には既に運命は決まっていたのかもしれない。俺は無意識に急に目の前に現れた一つの小さな光に左手を伸ばしていた。
グッと腕が引っ張られる感覚と共に周囲の光が一瞬にして戻る。作業服の左袖が旋盤に巻き込まれていた。恐らく生存本能なのだろう。俺は巻き込まれる左腕を右手でつかみ抵抗を試みた。ただ、疲れ果てた俺の体にはそんな気力は残っているはずがなかった。いくら引っ張っても抜けることはなかった。そして一気に左腕が持っていかれた。ほぼ無抵抗な体ごとチャック(旋盤の材料を固定するもの)に巻き込まれる。何かが折れる音がした。左上半身に今まで体感したことのない激痛が走った。左腕があり得ない方向に折れ曲がっている。痛みに必死に耐えようとする。だが、この激痛はそれをよしとしない。袖が音を立てながら引き裂かれた。それでも袖はチャックにしっかりと絡まっている。布と布の隙間から見える皮膚に幾つもの亀裂が入る。そこから真っ赤な血が噴き出す。腕はどんどん引き込まれ、やがて肩がテーブルに当たる。本来なら、すでにハンドル(チャックを締め付けるためのもの)が抜かれ緊急停止が作動しているはずだ。だが、それを抜く人間がここにはいない。ここにいるのは俺だけだ。そして、右手はそれには届かない。痛みに耐えようと必死に騒ぐ。作業場に虚しい叫び声が響き渡る。助けてくれる人間はいないのに。ここにも。どこにも。
やがて全身から力が抜けた。恐ろしいほどの脱力感。気も同時に抜けた。俺の肉体はただの器になったようだった。そして、察した。このまま孤独に死んでいくのだと。俺には真に友と呼べる存在はいなかった。恋人もそうだ。何もない人生。ただ苦しんで、そして死ぬ。何の意味もない人生。もし生まれ変わりがあるのなら、一人でいい。誰か信頼しあえる人間と出会いたい。
そんな届くはずのない願いを考えながら、最後の意識が散った。
新しくここで小説を書くことにしました佐藤修斗と申します
この作品は今流行りの異世界転生モノに乗っかりながらも、別アプローチで物語を進めていこうと考えて書き始めました
その別アプローチの一つとして、タイトルにもなっている「産業革命」をテーマにしました
転生先としてよくあるのが中世風の世界ですよね。つまり、あまり工業の発展していない世界です
私は思いました。このような世界で産業革命を起こしたらどうなるのかと
主人公はこちらも話題になっているブラック企業に勤めています
ここまで酷い企業は無いと信じたいのですが、あえて酷くしてみました
実際過去には、旋盤に巻き込まれ重傷を負ったり、酷いものでは死亡してしまうという事故も起きています
近年ではNC工作機器というのが主流になってきています
ですが、NCは値段がかなりなものなので、導入出来ていない企業もあることでしょう
そして、NCも決して安全ではありません
このような事故も起こりうるという危険性をみなさんに感じてほしくて残酷な書き方をしました
これから続きも掲載していこうと思っています
工業について知ってもらうきっかけになったらいいなと思っています
これからも是非「転生社畜の産業革命」を読んでください