6 上級生からの呼び出し
貴族学園に入学して4ヵ月が過ぎた頃、私は2学年上の知り合いの侯爵令嬢に呼び出された。放課後、言われた通り一人で学園の西庭に行くと、いきなり5人の令嬢達に取り囲まれた。チンピラかよ! 全員、お茶会などで面識がある2つ年上の令嬢だ。
「ねえ、貴女。バルド殿下の婚約者に相応しいのは、どなただとお思いになって?」
何? やっぱり私、ケンカを売られてるの?
「ずばり! マーガレット様だと思いますわ」
「えっ!?」
なぜか5人の令嬢が焦る。
「だってどう考えてもマーガレット様が王太子妃に一番相応しいと思いませんこと?」
逆に尋ねてやった。
「そ、それが分かってるなら、どうして貴女がまだ候補に残っているのよ!」
はっ、バカバカしい。
「先輩方も貴族ならお分かりでしょう? 侯爵家の方から王家に辞退を申し入れるなんてことは不敬にあたるので出来ないのですわ」
「そ、それは分かるけど、王家が貴女を候補から外さないのは、何かクライン侯爵家が裏で工作しているのではなくて?」
何だ、それ?
「うちのお父様は権力者ではありませんし、ただのお人好しです。そんな裏工作が出来る才覚があればもっと出世していますわよ。王家が私を候補から外さない理由は唯一つ。バルド様が私のことを大好きでいらっしゃるからですわ(ドヤァ!)」
5人の令嬢は固まった。
「はぁ~? 貴女みたいな平凡な子が殿下に好かれる訳がないでしょう? マーガレット様の方が何倍もお美しいわ!」
ムム、それはマーガレット様に対する侮辱だわ!
「何をおっしゃってるの? マーガレット様は私の何十倍も、いえ何百倍もお美しいですわ! 私の憧れの方ですのよ! 見くびらないでくださいませ!」
こう叫んだ私に唖然とする5人。
「貴女、何言ってるの?」
「私はマーガレット様に憧れていますの。マーガレット様が私のお姉様だったらどんなに幸せだろうって思いますのよ。ただバルド様は、どうやら女性の好みが一般的な殿方とは違っていらっしゃるようで、初対面の時から今までずっと私にご執心なのです。本当に、人の好みというものは千差万別ですわね~」
ポカンと口を開けている5人組。間抜けな顔ですこと。
その時、美しく凛とした声が西庭に響いた。
「貴女達! そこで何をしているの?」
あっ! マーガレット様だわ!
マーガレット様は、急いでこちらに来ると、私を庇うように前にお立ちになった。
「貴女達、年下の子を5人で取り囲むなんて、一体どういうつもり?」
真っ青になる5人組。
「わ、私達は、この子が王太子殿下の婚約者候補を降りればマーガレット様が正式に婚約者に決定されると思って、その、マーガレット様の為に……」
「私がいつ、そんなことを頼みました?」
怒りのこもった低い声だ。
「も、申し訳ありません!」
そう叫ぶと、5人は走って逃げ去った。うーん、情けない先輩方だわ。
マーガレット様が私の方に向き直る。
「フローラ、ごめんなさいね。私の友人が酷いことをして。怖かったでしょう?」
これはもしやチャンス?!
「は、はい。マーガレット様~。私、すご~く怖かったですぅ~」
私は怯えたふりをしてマーガレット様に抱きついた。
「まあ、フローラ。こんなに震えて(※注・フローラの演技である)可哀想に」
マーガレット様がぎゅっと私を抱きしめてくださる。キャ~至福! バルド様に抱きしめられるのと全然違う感触ですわ。女性ってこんなに柔らかいのね~。気持ちいい~。ふわふわ~。
「フローラ、落ち着いた?」
「は、はい。ありがとうございました。もう大丈夫です」
あんまり長いこと抱きついていると、変態だと思われますわよね? 引き際が肝心である。
「ねえ、フローラ。聞いてほしい話があるの」
ん? やはり婚約のことかしら?
「はい、マーガレット様」
私達は木陰のベンチに腰掛けた。この西庭は学園の敷地の中でも目立たない場所にあり、あまり生徒も立ち寄らない。だからこそ、さっきのあの5人組は私をここに呼び出したのだろう。
マーガレット様は意外なことを口にされた。
「私ね、どうしてもバルド殿下の婚約者になりたくないの」
えっ?
「あの、でも、お父上の公爵様はマーガレット様を王太子妃にと……」
マーガレット様は大きく溜息をついた。
「そうなの。私は『絶対にイヤだ』と言ってるのに、お父様は全く聞く耳を持って下さらなくて、何が何でも私を殿下の婚約者にしようと重臣を全員味方に付けて色々と画策して……本当に困っているの」
そうでしたの? 私は驚いた。
「マーガレット様はどうしてバルド様の婚約者になりたくないのですか?」
マーガレット様は含み笑いをしながらおっしゃる。
「ふふふ。殿下ったら私と会っていても、フローラの話ばかりなさるのよ。『フローラは可愛い』って、そればっかり。貴女、ホントに愛されてるのね」
バルド様ー! 何というデリカシーのなさ!
「でもね、私が婚約したくない本当の理由はそんな事じゃないのよ。もっと切実な理由なの」
「えっ? それは一体?」
「私ね、5歳の時に高熱を出して3日間意識不明になったの。その時から不思議な夢を見るようになって……夢の中で未来が見えるようになったの」
「まさかの特殊能力!?」
マーガレット様は困ったように微笑む。
「上手く説明できないけれど、夢で見ることができるのは限られた狭い世界なの。この学園が主な舞台になるのよ。夢では、私は12歳の時に10歳のバルド殿下と婚約をするの。とても仲睦まじかったのだけれど、この学園で殿下は転入生のリリヤという男爵家令嬢に夢中になってしまって、私は嫉妬からリリヤを苛めるの。苛めはどんどんエスカレートしていくわ。そして最後には私は、殿下とその取り巻き達に断罪されて、婚約破棄されたうえに”国外追放”になってしまうの」
んん? でも、その話は既に今の時点で現実と違っていますわよね?
私の表情を読み取ったマーガレット様が続ける。
「気が付いた? 現実には私はもう15歳なのに殿下の婚約者になっていない。そして殿下は10歳の頃から今までずっとフローラのことが大好きで、はなから私とは仲睦まじくなんてない」
「夢は夢であってイコール未来ではなかったのですね?」
私は少しホッとして言った。
「そう。そして私の夢の内容を変えてくれたのは、フローラ、貴女なのよ」
「えっ?! 私?」
「貴女は私の夢に一度も出てきたことのない人物なの。なのに殿下は貴女のことが大好きで、一貫して『フローラと婚約したい』っておっしゃってる。つまりね……」
マーガレット様は私を見つめる。
「フローラは私の”希望”なのよ」
えーっ!? 何か責任重大!?