4 初恋は実らない?
従者の笑いが止まらないようだ。
だんだん腹が立ってきた。そんなに笑わなくてもいいでしょ! バルド様が勝手に私を美化しているだけで、私自身は勘違いなんかしてませんよーだ! ふんっ!
「私、そろそろ帰らせていただきます!」
「ちょ待てよ! 俺はもうちょっとお前と二人で居たい!」
私の手を掴むバルド様。
「バルド様! 放してください!」
「いやだ! もっとお前と一緒に居る!」
私の右手を掴んでいるバルド様の手に力が込められる。
「イヤ! 痛い! 放して!」
従者が慌てて止めに入る。やっと笑いが収まりましたの?
「殿下! いけません! フローラ様の手を放すのです!」
その時、バンッ! と大きな音がして4分の1程開いていた部屋の扉が全開になった。王妃様が鬼の形相で部屋の中に入っていらっしゃる。
「バルド!」
バルド様の顔面に、いきなり王妃様の平手打ちが決まった!? えーっ!?
バルド様は唖然としている。
「な、何で? 父上にもぶたれたことないのに……」
「バルド! 一体何をしているのです!」
「お、俺はもっとフローラと一緒にいたくて」
「女性に乱暴するなど許されることではありませんよ!」
「そんな……乱暴なことをするつもりじゃ……」
王妃様はバルド様の顔を見て溜息をつかれた後、私に歩み寄られた。
「フローラ、ごめんなさい。怖かったでしょう」
「い、いえ、大丈夫です」
私は咄嗟に右手を後ろに隠した。
「右手を見せてごらんなさい」
仕方なく、王妃様の前に手を差し出す。
「まぁ……」
王妃様が眉を顰める。私の右手首は、バルド様に力いっぱい掴まれたために真っ赤な痕が付いていた。
「あの、本当に大丈夫です。大したことはありません」
「女の子の肌をこんな……フローラ、本当にごめんなさい。バルドの教育を一からやり直すわ」
「いえ、滅相もございません」
王妃様と私のやり取りを黙って聞いていたバルド様が、驚いたように声をあげた。
「えっ? それ、俺がさっき掴んだせいで、そんなに赤くなったのか?」
王妃様がバルド様を睨みつける。
「そうです。貴方が乱暴なことをしたせいですよ!」
バルド様はショックを受けたようだ。
「そんな……フローラ、すまない。俺はそんなつもりはなくて……」
「バルド様。私は大丈夫ですから」
「すまない……俺のこと嫌いにならないでくれ……」
消え入りそうな声でおっしゃるバルド様。
もう。バルド様ったらホントに仕方のない方ね。でもちょっと可愛い。
「フローラ、簡単に許してはダメよ!」
えーっ!? 王妃様、ここはもう仲直りで良くないですか? バルド様はお子ちゃまなだけで悪気はないのは分かっておりますし……
「フローラ、行きましょう」
私はそのまま王妃様に連れられ陛下と両親の待つ部屋に戻り、バルド様は”カトレアの間”に残された。
「バルドが申し訳ないことをした」
王妃様から先程の事を伝えられた陛下が、私と両親に謝罪される。
ひぇ~! やめてください! 恐れ多い!
「本当にごめんなさい」
王妃様まで。やめてー!
国王夫妻に謝罪されて、私の両親は真っ青になっている。
お父様! 目を白黒させていないで何とかおっしゃって! 私が目で促すと我に返ったお父様が、
「とんでもございません。うちのフローラに至らない点があったのでしょう。どうかバルド殿下をお責めになりませんように」
と言って、ようやく今回の顔合わせはお開きとなった。
つ、疲れた~。疲労困憊ですわ。主に精神的に。
三日後。バルド様から私宛にお菓子と手紙が送られてきた。
あまり上手な文章ではないけれど、一生懸命私に謝ってくれていて、やたらと「フローラは可愛い」と書かれた手紙だった。
ふふふ……あの後、陛下と王妃様にずいぶんと絞られたようですわね。まぁ、確かに紳士教育をやり直した方がいいかもしれませんわ。
でも私はバルド様のことをイヤだとか嫌いだとは全く感じていなかった。まだ10歳の男の子ですもの。完璧な紳士であるはずがないわ。私だってまだまだ完璧な淑女には程遠い。バルド様も私もまだ10歳。お互いにこれから”伸びしろ”がたくさんあるはずだわ。
だけれども、バルド様が立派な紳士に成長される頃には、きっとマーガレット様とご結婚されるのよね……そう思うと、少し胸が痛んだ。この胸の痛みが何なのか私は知っている。あれだけ面と向かって「可愛い」って繰り返されれば絆されてしまいますわ。私は今まで異性に好意を向けられた経験のない10歳の女の子なのだもの。実にチョロいのである。あ~、これが初恋なのかしら? でも初恋は実らない……これ、定番ですわね。
けれど、バルド様のお相手がマーガレット様なら納得できますわ。マーガレット様は誰がどう見ても王太子妃になるに相応しい方ですもの。これが他の令嬢なら悔しいかもしれない。だが、憧れのマーガレット様なら諦めもつくというものだ。
さようなら。私の淡い初恋……
王宮でのバルド様との顔合わせから1ヵ月が経った。
その日、私はお父様に書斎へと呼ばれた。
「フローラ。今日、王宮から知らせが来てな。バルド王太子殿下の婚約者候補が二人に絞られたとのことだ」
えっ? 二人? マーガレット様に決定ではないのね。だとすれば……
「公爵家のご令嬢お二人ということでしょうか?」
「それが……ダンドリュー公爵家の令嬢と、もう一人はお前なんだよ」
はっ? 私?
「マーガレット様と私でございますか?」
お父様は頭を抱えている。
「いやー、まさかこんなことになるとは……。てっきりマーガレット嬢で決まりだと思っていたのに」
いやいやいや、私だってびっくりですわ! だってマーガレット様と私では、何もかもが比較にならない。
ダンドリュー公爵家は、四大公爵家の一つである名門だ。マーガレット様のお父上であるダンドリュー公爵は我が国の宰相。それも「超」の付くヤリ手である。そしてマーガレット様ご本人は、絶世の美少女。賢く気高く、それでいて決して驕らず誰に対してもお優しい。非の打ち所がないご令嬢なのだ。
対して我がクライン侯爵家は、由緒正しい侯爵家ではあるけれど、特に目立つことのない地味な家である。お父様は運輸副大臣というお立場で決して権力者ではない。私自身も大した取り柄のない平凡令嬢であり、憧れの存在であるマーガレット様とは、正直、比較することさえおこがましいと思う。
「最初から、ほぼマーガレット嬢に決まっていると聞いていたのに、ここへきて話が変わってきたのだ。どうやらバルド殿下ご自身が、えらくお前にご執心らしい」
「バルド様が?」
確かにお会いした時、「お前、可愛いな」と繰り返された挙句、ついには未来の「傾国の美女」とまで言われましたけれど……




