21 フェイクニュース(学園6年生~18歳~)
バルド様と私は学園の最終学年である6年生に進級し、共に18歳になった。
今年はバルド様の弟君である第2王子レナルド殿下が15歳を迎え成人される。ついでに私の弟のフランツも同い年なので今年15歳になる。レナルド殿下もフランツも学園の3年生に在籍していて二人はクラスメイトだ。
近く王宮で、レナルド殿下の成人祝いのパーティーが予定されている。
その日、私は学園に登校した直後から吐き気がしていた。
うぅ、気持ち悪い。きっと昨日、王宮であんなにたくさんお菓子を食べたからだわ。自分でも分かっていたのよ、食べ過ぎだって。あーそれなのに……”後悔先に立たず”である。
結局、私は授業を1コマだけ受けた後、担任に体調不良を申し出て早退した。この時、教室でクラスメイト達がいる前で、担任に「吐き気がして気分が悪いのです」と言った私がバカだったのである。
週末、私は王宮に出かけた。王妃教育を受ける為いつもの講義室に向かおうとすると、バルド様の従者が待ち構えていて、そのまま私は”ダリアの間”に連れて行かれた。途中で従者に、
「あの、王妃教育の授業は?」
と聞くと、
「それどころではございません。陛下と王妃様がお待ちでございます」
と言われた。何、何? 陛下と王妃様? えっ? 私、何かやらかしたっけ? 何だかよくわからないまま、私は”ダリアの間”に放り込まれた。
そこには陛下と王妃様とバルド様がいらした。とりあえず最上級の礼をとる。全員の表情がとても硬い。ひょ~! これは、私、本格的に何かやっちまった?!
陛下が徐に口を開かれる。
「フローラ、大事な話がある」
「は、はい」
「フローラが妊娠しているという噂が広く流れている。そのことは知っているかい?」
はいーっ!? 何ですとー!? 私が妊娠とな!?
「いえ、いいえ、存じません」
バルド様が陛下に向かっておっしゃる。
「父上。何度も言いますが、俺とフローラは身体の関係はありません。フローラが妊娠するなどあり得ない!」
王妃様が心配そうに私を見つめて問われる。
「フローラ。バルドは何度聞いても、貴女と一線は越えていないと言い張るの。それは本当?」
バルド様ったら、全く信用されていませんのね。
「勿論です。バルド様は私をとても大事にしてくださっています。結婚前にそのような事をなさるはずがありません」
「では、本当に妊娠していないのね?」
王妃様に念を押される。
「はい。絶対にありません」
私のその言葉を聞いて、陛下と王妃様は心底ホッとされた様子だ。
陛下がおっしゃる。
「何だ。本当に事実無根の噂だったのだな。まったく人騒がせな」
王妃様は、
「良かったわ~。私はてっきりバルドがフローラに無理強いしたのだと思って、胃に穴が開きそうだったのよ」
と、おっしゃる。バルド様は超不機嫌だ。
「母上! 『無理強い』って何ですか?! 母上は一体、俺を何だと思っているのです!? 俺は最初からそんな事はしていないと言っているのに、信じて下さらないとは!」
「おほほほ。バルド、ごめんなさい。だって貴方のフローラへの愛は凄まじいから、つい暴走しちゃったのかな? って思うじゃない」
「息子を信じていたら、思いません!」
陛下がバルド様に語りかけられる。
「バルド。そうロゼッタを責めるな。日頃のお前のフローラへの”盲愛”が度を越しているから、私たちも疑ってしまったのだ。この噂がまことしやかに流れたのも同じ理由だと思うぞ」
「俺の所為なんですか?」
バルド様は憤懣遣る方無いという表情だ。
私は噂の原因に心当たりがある。
「あの、おそらく私の所為です。先日、体調不良で学園を早退した時に、クラスメイト達のいる教室で担任に『吐き気がして気分が悪い』と申し出たので、きっとそれが原因で噂になったのだと思います」
「この前、フローラが早退した日のことか?」
バルド様が問う。
「はい、そうです」
「何だ。そんな事でここまで噂が広まったのか? 恐ろしいな」
私は、陛下と王妃様に向かって頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。私が軽率でした」
陛下が優しくおっしゃる。
「フローラは何も悪くないよ。気にしなくていい」
「そうだぞ、フローラ。そんな事で妊娠を勘繰る奴らがどうかしてるんだ。お前は悪くない」
バルド様はそう言って、私の手をぎゅっと握ってくださった。
王妃様がにこやかにおっしゃる。
「そうと分かれば噂を払拭しましょう。再来週、王宮でレナルドの成人祝いのパーティーがあるから、ちょうどいいわ。その時がチャンスよ!」
そして2週間後、第2王子レナルド殿下の成人祝いのパーティー当日。
私はいつもより高いヒールを履き、コルセットで締め上げ、ウェストのくびれを強調したドレスを纏った。そして昼の部のパーティーではずっと立ちっ放しで挨拶を受け、夜会ではバルド様と踊って踊って踊りまくった。更に、わざと目立つ場所で給仕からワインを受け取り、ぐいぐい飲む。
今日の主役はレナルド殿下だというのに、皆が私に注目しているのが分かる。やはり噂が相当広まっているのね。でも高いヒールでこれだけ踊ってお酒も飲めば、妊娠の噂はさすがに消えるはずだわ。
私とバルド様が一緒にワインを飲んでいると、
「よぉ、お二人さん!」
と、フレデリク王子が声をかけてきた。
「そんなに酒を飲んで”妊娠してない”アピールか? 大変だね」
「やはり噂をお聞きになりましたの?」
「ああ、聞いた。どうやらデマだったみたいだね。安心したよ」
「何でフレデリク王子が安心するんだ?」
バルド様が不機嫌そうに問う。
「フローラ嬢は俺の大切な友人だからね。結婚前に妊娠したなんて噂を聞いたら、そりゃあ心配するよ。バルド殿下ならやりかねないって思うしさ」
「俺はフローラを大事にしてる。何で、どいつもこいつも俺が結婚前に手を出すと思うんだ!?」
「まぁまぁ、バルド様。フレデリク殿下は私を心配してくださったのですわ」
「これで安心して帰国できるよ」
フレデリク王子の言葉に驚く私。
「えっ? 帰国されるのは、まだしばらく先ではございませんの?」
「いや、それが……急に母国の貴族令嬢との婚約が決まって、来月国に帰ることになったんだ」
「フレデリク殿下、婚約されたのですか?」
びっくりだわ!
「ああ。第4王子だから婿入りだ。あちらの領地経営も学ばないといけないから、当初の予定より少し早めに留学を切り上げることになったんだよ」
「そうなのですか……寂しくなりますわ」
私がそう言うと、バルド様が急に私の両肩を掴んで迫る。
「フローラ! 『寂しくなる』って何だ!? コイツのことが好きなのか!?」
「友人として言ったのですわ」
まったく、もう!
「フレデリク殿下。友人として過ごしたこの1年、とても楽しかったですわ。最初の頃、毎日のようにからかってしまって申し訳ありませんでした」
「ハハハ。テントウ虫を鼻に乗せられたのも、けっこう楽しい思い出だよ」
「ごめんなさい……」
「帰国しても俺のことを忘れないでほしい」
「勿論ですわ。フレデリク殿下のお幸せを心からお祈りいたしております」
「ありがとう」
フレデリク王子はバルド様に向き直った。
「バルド殿下、フローラ嬢とお幸せに。学園を卒業したら、すぐに結婚式を挙げるんだろう? あと半年ちょっとか?」
「あと216日だ」
うわぁ~……バルド様、やっぱり数えてらっしゃるの? 引くわ~。
フレデリク王子の顔が引き攣る。
「ハハハ。バルド殿下が、どんなに結婚式を待ち望んでいるか、よくわかったよ。やっぱり敵わないや。フローラ、愛されてるね!」
「はい……」
重いですけれどね。
「バルド様。私、フレデリク殿下とお別れの前に、友人として一曲踊りとうございます。よろしいでしょう?」
「フ、フローラ。やっぱりそいつのことが!?」
「『友人として』と申しております」
「……分かった」
渋々頷くバルド様。
「フレデリク殿下、参りましょう」
「ああ。フローラ、ありがとう」
私とフレデリク王子はフロアの真ん中に進み、二人で踊った。今回はワルツではなく、情熱的なタンゴだ。楽しかった。フレデリク王子も、とても楽しそうに踊っていた。私たちは顔を見合わせて笑った。
このパーティーで、私が妊娠しているという噂は完全に払拭された。良かったー。私は清い乙女なのだ。そこのところ、よろしく!
翌月、フレデリク王子は帰国された。少し寂しくなったけれど、その後も王子は時折、私に手紙をくださる。
手紙には、婚約者の令嬢について、こう書かれていた。
《とても明るい女性で、俺のつまらない冗談にもコロコロと笑ってくれるんだ。彼女といると安らぐ》
……良かった。きっと上手くいきますわね。




