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2 髪に挿した花

 




「俺は女の子をからかったりしない!」

 いかーん! 怒らせてしまった!

「も、申し訳ございません(命ばかりはお助けを!)」

 必死に頭を下げる私。


「もういい。顔を上げろ」

 バルド殿下は近くに咲いていた花を一輪手折ると、私の髪に挿した。

 ひぇ~!? 恋愛小説で読んだ乙女の憧れシチュエーションですわ!

「よく似合う。可愛い」

 相変わらず私を睨んだままだが、殿下手づから花を挿してくださった上に、こう何度も「可愛い」と言われれば、さすがに”嫌われているわけではなさそうだ”と思えてきた。

「ありがとうございます。殿下」

 物は試しと、にっこり微笑んでみる。


「くっ、かわ……」

 バルド殿下は何やら呟いて、私から視線を逸らす。

「お前、『殿下』って呼ぶのやめろ。『バルド』でいい」

「は、はい。バルド様」

「フローラ」

「はい。バルド様」

「フローラ」

「はい。バルド様」

「はぁ~。お前、何でそんなに可愛いんだ? 天使か?」

 何を言い出すんだ! この人は! 事実ではないのに「可愛い」攻撃を繰り返した挙句「天使」呼ばわりとは!? 私の羞恥心はもう限界だ!

 

「東庭の薔薇園も見せてやる! 行こう!」

 バルド殿下はそう言うと、私の手を取って歩き出した。手を繋ぐのですか?

 何だか、従者や護衛が唖然としているように見えるけれど、気のせいではありませんわよね?


 薔薇園の薔薇は素晴らしかった。さすがは王宮の庭ですわね。

「母上の名前がついた薔薇があるんだぞ」

 王妃様のお名前「ロゼッタ」という名の薔薇は、淡い黄色の大きな花を咲かせていた。

「なるほど。王妃様の暖かい雰囲気にイメージがぴったりですわ!」

「そう思うか? この薔薇は父上が品種改良して作ったんだ」

「まぁ、陛下は多才でいらっしゃるのですね!」

「この薔薇が完成した時、母上は本当に嬉しそうだった」

「たくさん愛されていらして、王妃様が羨ましゅうございます」

 それは心からの言葉だった。陛下と王妃様の仲睦まじさは有名である。

 バルド殿下は私を睨んだまま、

「フローラ。お前も愛される結婚がしたいか?」

 と問うた。

「もちろんですわ。乙女の夢ですわよ」

「そうか……」


 婚約者候補だからといって、私がバルド王太子殿下と結婚することは、まずないだろう。マーガレット様という大本命がいらっしゃるのだから。

 いつの日か、私を愛してくれる優しい男の人に巡り逢いたいな……始まりはたとえ政略結婚でも、結婚後に愛し愛されれば、それは恋愛結婚と同じよね? そういう設定の恋愛小説を何冊も読んだことがある。あ~、憧れるわ。どこにいらっしゃるのかしら? 私だけの王子様は。


 私が王妃様の薔薇「ロゼッタ」を見つめたまま、ぼぉ~っとそんな事を考えていると、

「フローラ。お前、ぼぉ~っとしてても可愛いとか反則だぞ」

 とバルド殿下の声がした。何だ、それ?

「で、殿下。あまり恥ずかしいことをおっしゃらないでくださいませ」

「バ・ル・ド!」

「バルド様、あの私、それほど可愛いわけではない、と自覚しておりますから」

「はぁ~? フローラ、謙遜し過ぎると嫌味だと思われるぞ!」

 えーっ!? どうしてそうなるの? もしかしてバルド殿下の目には何かしらのフィルターがかかっているのかしら?


「あの、バルド様。私、身内と我が家の使用人以外から『可愛い』と言われたことはございませんの。バルド様が初めてでございます」

「はっ!? フローラ、変な冗談はよせ! お前くらい可愛ければ、いつも皆に言われているはずだ。なあ、お前たちもフローラは可愛いと思うだろ?」 

 いきなり話を振られたバルド殿下の従者は慌てて、

「勿論でございます。フローラ様は大変お可愛らしくていらっしゃいます」

 と取って付けたように言い、護衛達もウンウンと頷いている。いや、そこで、

「そのご令嬢はまったくもって平凡でございます。殿下の目は節穴でございますか?」

 なんて言える家臣がいたら、是非お目にかかりたいわ。「可愛い」って言う以外の選択肢は彼らにはないのだ。私が彼らをジトッとした目で見つめると、全員が目を逸らした。つまりは、そういうことですわ。

 なのにバルド殿下は、

「ほらな! 誰が見たってフローラは可愛いに決まってる!」

 と能天気なことをおっしゃる。相変わらず鋭い目で私を睨みながらではあるけれど……

  私はそれ以上反論する気も失せ、曖昧に笑った。


「フローラ。腹が減らないか? 王宮のパティシエの作る菓子は美味いぞ! 一緒に食べよう!」

 わ~い! 待ってました! 今日はこれを楽しみに来たのよ!

「はい。是非頂きたいですわ」




 バルド殿下と私は、国王夫妻と私の両親のいる部屋に一旦戻った。


 私の髪に挿し込まれた花を見て、王妃様が、

「その花はバルドが?」

 とお尋ねになった。

 うわっ! やっぱり気付いちゃいました?

「はい。殿下が挿してくださいました」

 恥ずかし~! 

「あらあら、バルドったら。他の候補者の令嬢たちには、そんなことしなかったのにね」

 王妃様が可笑しそうにクスクス笑われる。いや~ん! 居たたまれませんわ!

「母上。フローラがあまりに可愛いからです!」

 ひょえ~! バルド殿下! なんということを!?

 大人たちが全員、絶句している……


「父上! フローラを俺の部屋に連れて行きます!」

「……バルド。それはダメだ」

 陛下は静かにおっしゃった。

「えっ? どうしてですか? フローラに王宮の菓子を食べさせたいんです!」

「バルド。お前もフローラもまだ10歳だ。だがフローラはお前の婚約者候補の淑女レディなんだよ。お前は紳士として淑女レディに接しなければいけないんだ。お前の私室にフローラを招き入れてはならない」

「はい……」

 バルド殿下は不服そうではあるが、頷いた。

「二人で過ごしたいなら”カトレアの間”を使いなさい。従者は必ず部屋の()に入れること。扉は4分の1程開けておくこと。いいな」

「はい……?」

 バルド殿下は怪訝そうだ。どうやら陛下が指示されたことの意味を理解していらっしゃらないようである。

 同じ年齢の男の子は自分よりも幼いと感じることが多い。女の方が早熟ですものね。バルド殿下も、こういうところは普通の10歳の男の子と変わらないのだわ。うふふ、可愛い。お顔は怖いけれど。

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