10 成人祝い(学園3年生~15歳~)
バルド様と私は15歳になった。学園の3年生である。
今年はバルド様も私も成人を迎え、社交界デビューをする。
社交シーズンを目前に控え、王宮でダンスのレッスンに取り組む私。特訓である。厳しい女性講師にダメ出しをされつつ男性講師をパートナーに踊り続ける。
そこへバルド様が乗り込んで来た。
「フローラ! 他の男と踊るな! 俺が練習に付き合ってやる!」
講師と踊るなとは、これ如何に。バルド様は私のことになると、とても心が狭い。バルド様の私への”盲愛”はもはや有名なので、講師たちも反論はしない。メンドクサイのだろう。
「それでは殿下、フローラ様、始めますわよ!」
女性講師がよく通る声でそう言い、バルド様と私は踊り始める。
いつの間にか、私がダンス用の10センチヒールを履いても、バルド様のお顔を見上げるようになっていた。
「バルド様、また身長が高くなられましたのね」
「まだ目標の3メートルには遠いけどな!」
「うふふふ……」
レッスンは厳しいけれど、バルド様と踊るのは楽しい。
「いいですよ! フローラ様! その調子で笑顔、笑顔! 背筋を伸ばして!」
講師の声が響く。
そこへ何と、陛下と王妃様がいらっしゃった。
講師陣も私も慌てて最上級の礼をとる。
「いや、続けてくれ。レッスンの様子を見に来たのだ」
陛下がおっしゃる。
「は、はい」
講師は緊張の面持ちだ。バルド様と私はダンスを再開する。
一曲、踊り終えると、陛下と王妃様が拍手をしてくださった。
「フローラ、ずいぶん上達したわね」
王妃様に褒められた! よし!
陛下が私とバルド様に歩み寄って来られる。
「バルド。もう少し肘を柔らかく使うといいぞ。見ててごらん」
陛下はそうおっしゃると、スッと私の手を取り踊り出された。えーっ!? 恐れ多いですー! 焦る私。必死に踊る。陛下の足を踏んだりしたら大変だわ!
陛下のリードに一生懸命ついていく。講師が曲に合わせて手を叩いてリズムを取ってくれる。私はどうも時々ステップのテンポが速くなってしまうのだ。
陛下は踊りながら私に、
「そうそう落ち着いて。その調子。上手だ、フローラ」
と、優しく声をかけてくださる。
間近で見る陛下のお顔は息が止まるほど美しい。陛下は男性なのに「美人」と表現したくなる中性的な美貌をお持ちなのだ。ぽぅ~っとしてしまう私。
踊り終わると同時に、バルド様が私に抱きついてきた。
「フローラ!」
ちょっとちょっと! 陛下と王妃様の前ですわよ!
「バルド! やめなさい! 弁えなさい!」
王妃様がバルド様を叱責される。
「フローラが他の男と踊るのはイヤなんです!」
陛下が呆れた口調でおっしゃる。
「バルド。『他の男』とは私のことか?」
「そうです! 父上でもイヤなんです! フローラは俺だけのフローラなのに!」
狭い! 何て心の狭いバルド様。
「バルド様、離してくださいませ。恥ずかしゅうございます」
私はバルド様の背中に手を回し、トントンと宥める。少し落ち着いたのか、ようやく身体を離してくれる。
陛下が諭すように話される。
「バルド。私も若い頃は独占欲が強かった。夜会でロゼッタが他の男に誘われないように、いつも横にベッタリ張り付いていたものだ」
えーっ? 陛下もそういうタイプですかー? もしや遺伝?
「だが、いつまでもそのように子供っぽい振る舞いを続けていては周りから軽んじられる。私も次第に自分の態度を改めるようになったのだ」
「父上……」
「お前はまだ15歳だ。だが、いつまでも”若いから仕方ない”とは周囲は思ってくれないぞ。少しずつでいいから大人になれ」
「はい……」
王妃様が、私に向かって優しくおっしゃる。
「フローラ。バルドの愛情は重すぎるわ。貴女に負担がかかり過ぎているのではないかと、いつも心配しているのよ」
えっ?!
「い、いえ。私もバルド様をお慕いしていますから大丈夫です」
私は慌てて言った。
「そう。でも困った時は私に相談してね」
「はい。ありがとうございます」
優しい王妃様。鬼のような姑とかじゃなくてホントに良かった。
今日は、王宮でバルド様の成人祝いの会が盛大に催される。
15歳になったバルド様と私にとっては、今日が社交界デビューとなる。祝いの会は二部構成になっていて、昼の部のパーティーの後、一旦お開きになり改めて夜会が始まる。夜会は舞踏会だ。長丁場である。社交界デビューの舞台としては、かなりハードルが高いと思う。しかもバルド様の成人祝いの会なのだ。バルド様の婚約者である私は、いわば今日の準主役。否が応でも注目を浴びるだろう。
私は緊張していた。マナーもしっかり学んだ。ダンスも講師に合格点を貰った。準備はしてきたつもりだ。だけど……大丈夫だろうか?
控室で黙り込んでいる私を、バルド様が気遣ってくれる。
「フローラ。肩の力を抜け。大丈夫だ。俺が付いてる。父上も母上も今日は俺たちの側にいてくれる。困ったら甘えればいい。一人で何とかしようとするな。いいな」
バルド様がいつになく頼もしく見える。
「バルド様、ずっと側に居てくださいね」
「勿論だ。心配するな」
昼の部のパーティーが始まった。
バルド様の成人を祝う会なので、陛下のお言葉に続いてバルド様が挨拶をされる。大勢の招待客を前に堂々と挨拶をされるバルド様の姿は、本当に立派だった。10歳の頃のバルド様を思い出すと、感慨深いものがある。
その後、バルド様と私は、陛下と王妃様の横に並び立ち、貴族達の挨拶を受けた。上位貴族から順に、次から次へと挨拶に押し寄せて来る。私はバルド様の隣で笑顔を貼り付け、やって来る人々になるべく丁寧に応対する。だが、私が王太子殿下の婚約者だということが気に入らないらしい貴族もいて、時折嫌味な言葉をかけられる。すると、私の隣に居るバルド様がその鋭い目で射殺さんばかりに相手を睨みつけ、続いて王妃様がその人物を無視して順番を飛ばし次の人の挨拶を受ける。その息の合った母子連携プレーを見て、陛下は苦笑いをされていた。
昼の部のパーティーは、ひたすら挨拶を受けているうちに終了した。つ、疲れた~。
「フローラ、疲れたでしょう。夜会までに少し休んだ方がいいわ。部屋を用意してあるから、そちらで休みなさい」
王妃様、何から何まですみません。
「ありがとうございます。少し休みます」
私は案内された部屋にヨロヨロとたどり着いた。本当に疲れていたのだ。侍女がドレスを脱がせてくれる。私は「少し寝るわね」と侍女に言うと、素肌にガウンを一枚纏って寝台にもぐり込んだ。夜の部は舞踏会だ。ダンスの特訓の成果を披露せねば! その為にはしっかり身体を休めておかないと、もたないわ。私はすぐに眠りについた。




