鉄の棺桶
小説をお読みになられている皆様、暑い中、如何お過ごしでしょうか?
熱中症等には十分お気をつけて、快適な環境で小説をお読み下さい。
この小説は、アメリカの戦争映画等をイメージして書いた小説です。
頭部に胸部、両腕、脚部に武骨なメタリックシルバーの装甲を身に付けたマクシミリアン・ドナスター、皆からはマックと呼ばれているのだが、とにかくマックは自身の『適性銃器』である『M16A4』突撃銃を召喚し装備する。
『M16A4』は『M16A2』の改良型で、汎用マウントレールを装備したバーストライフルだ。マックのライフルはマウントレールに四倍率のACOGスコープを装着している。
『適性銃器』とは、人類が科学と神秘の粋を集めて造られた銃器だ。見た目は従来の物と変わり無いが、その全くが新しい技術で造られている。
特徴としては、どの様な劣悪な環境でも決して動作不良も故障も起こらないという夢のような銃器だ。また非戦闘時には、神秘の技術で霊体化し、有事の際に素早く手元に喚び寄せる事が出来るまるでSF世界の武器である。
この『適性銃器』を体に埋め込んだ兵士の事を『ガンスリンガー』と呼ばれる。『ガンスリンガー』は普通の人間と大した違いは無いが、唯一の特徴として、自身の『適性銃器』に合う銃弾であればマガジンごと無尽蔵に生み出す事が出来るという能力を得る。
正しく現代に生まれた神秘の兵士と言えよう。とは言え、この技術が開発されてから、既に二十年以上の時が経っている。
その時の流れが新たな人類を産み出した。
『ハイヒューマン』と呼ばれる超能力を持つ人間である。
『適性銃器』が原因かは分からないが、特に『ガンスリンガー』との間に生まれた子供が『ハイヒューマン』に成りやすい事から、関連性が提示されている。
“念力”や“高速移動”等の能力を有する『ハイヒューマン』は、味方に居れば百人力なのだが、マックの配属された小隊には一人も居なかった。元々、“『ハイヒューマン』に頼らずに『ハイヒューマン』並みの戦闘力を発揮出来る”ように作られたのが、マックの配属させた小隊である。居なくて当然であった。
「相変わらず重いな、このスーツは」
黒い肌に角刈りが特徴的なウィリアム・シェパードは装甲を片手で叩きながら愚痴を溢した。ウィルとは入隊以来の親友である。
しかし、確かにウィルの言うとおりこのパワードスーツと呼ばれる強化外骨格は重たい。電源を入れ強化外骨格を起動すればそんな事は関係ないのだが、パワーオフの状態ではかなりの重量だ。初期型に比べれば十キログラム近く軽量化されたそうだが、それでもまだ重い。これが命の重みだと思えと教官は言っていたが、もう少し軽くなっても良いのではとマックを含む『人類統一連邦政府軍統括本部』直轄部隊、“攻殻機動試験小隊”のメンバーは思っていた。
「日本じゃ普通の服みたいに軽いパワードスーツを研究してるらしいぞ」
小隊切ってのエンジニアの女性兵士、ニコル・カミンスキーが嬉しい情報をもたらした。
「そりゃ本当か、ニコル?」
「まだ秘匿情報だから何とも言えないけど、日本軍の友人が言うには、もう何度か実戦投入されてるそうだ。こっちに配備されるのも近いだろうさ」
「そいつは有り難いね。ようやくこの“棺桶”からおさらば出来る」
このパワードスーツは兵士から“鉄の棺桶”と揶揄されている。
いつ死んでも可笑しくない戦場に、鋼鉄で覆われたスーツで飛び込むのだ。棺桶とはよく言ったものだ。
「総員、注目」
航空輸送機の操縦士と話し込んでいた我等が小隊の隊長、マリヤ・ウリュウ大尉が貨物室に姿を現した。
ウリュウ大尉は名前の通り日本人だが、語学が堪能で様々な国で活動して来た歴戦の兵士だ。今回組織された攻殻機動試験小隊の隊長に選ばれたのは、その腕前を買われての事だろう。
実際、このパワードスーツを装着したマック達三人がかりで大尉に近接戦闘を挑んだところ、まるで子供をあしらう様に軽やかにマック達を圧倒した。
「任務はK国北部に侵攻した『フリークス』の殲滅及びパワードスーツの戦闘データ収集である。既にK国陸軍が複数の『不死人』と戦闘状態にある。我々は戦地のど真ん中に投下され、『フリークス』の意表を突く。何か質問は? ーーーーウィル」
「制空権は我が軍にあるのですか?」
「二時間前の報告では、制空権は掌握しているとある。現在は不明だ。ーーーーマック」
「敵の規模は?」
「『アンデッド』一個大隊、およそ千体の化け物が相手だ。また、“ドラゴンタンク”等の機甲兵器も確認されている」
「ハッ、最高だな。俺達四人で千体の『アンデッド』と化け物戦車を相手にしないといけないなんて」
ウィルが自嘲するように笑う。
確かに無謀な試みである。幾らパワードスーツを装備していようと、戦力は四人でしか無い。
『フリークス』に『不死人』は、人類の絶対悪と忌み嫌われる存在である。
その正体は“ゾンビ”や“グール”と言った蘇った死人や、ドラゴン等と言ったお伽噺の中にしか登場しない化け物で構成された地獄の軍隊である。
『不死人』の名前の通り、不死性の高い事が特徴と言えよう。何せ、一度死んだ人間なのだから。
今から二十年以上前に『フリークス』は『人類統一連邦政府』に対し、突然の宣戦布告をし、瞬く間にヨーロッパと北アメリカ大陸を蹂躙した。結果としては『人類統一連邦政府軍』が新たに開発した『対不死人弾』や『適性銃器』のお陰で勝利に終わったが、死人の癖に生命力は強大で、それから二十年以上もの間、全世界でゲリラ戦を行っている。
今回の侵攻も、その一つである。
「K国陸軍も戦闘に参加していると言っただろう。兎も角、我々は逸早く『アンデッド』を殲滅しパワードスーツの戦闘データを回収せねばならない。他に質問は無いな? ーーーーでは、降下は二時間後だ。それまでしっかり準備しろ」
そう告げるとウリュウ大尉は自らの装備一色の点検を始めた。こういう真面目なところも含め、マックは大尉の事を好ましい上官だと思っていた。
「まぁ、俺達に掛かれば、化け物の軍団なんて敵じゃ無いよな?」
緊張を解そうとしてか、ウィルがそう気楽に言った。
マックは「そうだな」と答えると、『適性銃器』以外の装備の点検を始めた。
二時間後。
マック達の乗った航空輸送機は、敵の航空兵器の砲撃にさらされていた。
“コンバットドラゴン”による襲撃だ。
このドラゴンは、口から火炎を吐く他に、背中に重火器を装備している。それを背中に乗せた『不死人』が操作し砲撃を浴びせかけるのだ。
そんな事を思い起こしている最中、機体に凄まじい衝撃が走り機内が激しく揺れた。四人の悲鳴が木霊するより、コンバットドラゴンが発する咆哮が機体を震撼させた。
「隊長! 制空権は我が軍が握っているのでは無かったのですか!?」
マックはまるでバーテンダーが振るシェイカーの中に居る様な気分にさせる機内において、椅子にしがみつきながらウリュウ大尉に問いを投げ掛けた。
しかし、大尉はマックの言葉など無視して席を立ち、後部ハッチへ向かった。
嫌な予感が脳裏を過る。
その予感は見事に的中し、大尉はハッチの開閉ボタンを押すと「緊急降下する!」と告げた。
「このままでは機体が持たない! 早急に我々は降下し、輸送機は直ちにこの場から離脱しろ!」
最高の命令である。
降下地点も定かでは無い上に、空はドラゴンで埋め尽くされている状況で放り出されるなんて、命知らずにも程がある。しかし、マック達が降下しない限り、輸送機は撤退など出来ないだろう。
「チクショウ! ウィル、ニコル、行くぞ!」
「何てこった!」
「あぁ、神よ…………」
マック達は席を立ち、後部ハッチへ向かう。
開け放たれたハッチの向こう側では、赤い鱗を全身に纏い背中に重火器を装備した翼の生えたトカゲの化け物がイナゴの大群のようにうようよと滑空していた。
この中に飛び込むのか、と躊躇した瞬間、輸送機に一際大きな衝撃と爆音が走った。どうやら砲撃をもろに食らったようで、機体が激しく揺れた。
「降下しろ! 急げ!」
ウリュウ大尉が機内のアラームと豪風に負けない声で叫ぶ。
「行くぜ、マック! あの世で会おうぜ!」
「そいつは楽しみだ!」
こんな時でも冗談を忘れないウィルに感心しながら、マックは覚悟を決めて輸送機から飛び出した。
瞬間、直ぐに重力の影響で真っ逆さまに降下し始めた。マックはパワードスーツに備え付けてあるスラスターを噴かし姿勢制御を試みる。
この鉄屑のようなパワードスーツの利点は、高高度からの降下をパラシュートではなく、機体のバーニアを噴かす事で落下速度を調整する事で着地の衝撃を和らげる事が出来る高出力のロケット噴射機であろう。
「■■■■■ーーーー!」
しかし、マックはまだ高度が高い内に落下速度を落としてしまい、敵航空戦力に目を付けられてしまった。
赤色のドラゴンが大きな口を開け、マックに迫り来る。
「うわぁぁぁぁーーーー!」
マックは慌てて『M16A4』突撃銃のセレクターを三点バーストに合わせると、狙いも何も無く必死にトリガーを弾きドラゴンを銃撃する。が、ドラゴンの鱗はライフル弾では貫通することが出来ない。まるでパチンコ弾を鉄にぶつけているのと同じである。
ドラゴンは真っ直ぐマックに迫る。
ここで終わるのか、と諦め掛けたその時、何かが上空から高速でドラゴンの背中にぶち当たった。ドラゴンはエビ反りになると、マックの直前で翼をはためかせホバリングする。
「ウリュウ大尉!?」
ホバリングするドラゴンの背中には、鋼鉄を身に纏った女性が立っていた。それがウリュウ大尉だと直ぐに気付いたのは、肩に日本の国旗が描かれているからだった。
攻殻機動試験小隊の習わしで、各々出身国のマークを肩に描いているのだ。日本国の国旗を持つのは、ウリュウ大尉しか居ない。
ドラゴンが眼上に過ぎ行く中、大尉がドラゴンの背中の砲台を手繰る『不死人』を『適性銃器』の拳銃で撃ち殺す様が見えた。
「スゲェ…………」
その一瞬の内の光景に、マックはただただ感心の声を漏らすだけだった。
ドラゴンの群れを掻い潜るように降下したマックは、地上直前でバーニアをフルに噴かし落下速度を落とすと、無事に地面に着地する事が出来た。が、安堵するのも束の間、打ち上げ花火のような爆音と共に背中の装甲にバットで殴られたかのような衝撃が連続して起こった。
銃撃されていると理解するのは一瞬の事で、マックはスラスターを噴かしホバークラフトのように地面を滑走し物陰に身を寄せた。
敵は奇襲を掛け確実に仕留めたつもりだろうが、残念ながらこのパワードスーツはただの鉄屑ではない。例え『7.62×51mm弾』だろうと耐え切る強度を誇っている。
「こちらマクシミリアン・ドナスター少尉! 降下に成功したが敵勢力に見付かった! 数は不明! これより交戦する!」
ヘルメットと一体となったインカムに声を吹き込みながら、『M16A4』突撃銃を構えACOGスコープを覗き込む。
すると、死体のような土気色の肌に赤い眼をした兵士が、マックの目に飛び込んできた。
あれこそ『不死人』である。
マックはACOGの十字レティクルの中心を敵兵士に合わせると同時にトリガーを弾き、『5.56×45mm対不死人弾』を連続して三発発射した。
銃声と共に発射された『対不死人弾』は、『不死人』の胸部を撃ち貫き、『不死人』を不死足らしめる『不死人因子』を断裂させ死に至らしめた。元々、死んでいる『不死人』を死に至らしめるというのも変な話だが、この場合はこれが的確であろう。
「マック! 聞こえるか!?」
「ウィル!? 無事だったか!」
一体目の『不死人』を倒した直後、ウィルの声がインカムから響いた。彼も無事、降下に成功したようだ。
「何処に居る!? こっちは死人ばかりだ!」
「ここだ!」
刹那、全くの別方向から銃声が轟き、『不死人』の軍勢に制圧射撃を掛けた。
銃声のした方を振り向くと、半壊したアパートの一室に『適性銃器』の『L85A1』ブルパップ式突撃銃を構えたウィルの姿があった。
ウィルはマガジンを換えながら背部のスラスターを噴かし跳躍すると、一息にマックの傍に着地した。
「マック、隊長とニコルはどうした!?」
「分からない! 隊長は空でドラゴンと戦ってたが…………」
「マジかよ!?」
事細かに説明する暇は無かったが、かい詰まんでウリュウ大尉の勇姿を伝えた。ウィルは大層驚いていた。
その間も銃撃戦は続いていた。
二人は孤立している状況にも関わらず奮闘し、『不死人』の軍勢と互角以上の戦いを見せていた。
「こいつら、何処から出てきやがる!?」
「それよりここが何処だか分かるか!? 予定降下ポイントより南に大きくズレた事しか分からん!」
目下の問題は、自分達の落とされた位置の把握であった。
パワードスーツに備えられたコンソールを使えば用意に把握出来るのだが、二人とも手が放せない状況で、とても機械を弄る暇など無かった。
そんな最中、何かが飛来する音が聞こえたかと思うと、二人の直ぐ傍で激しい爆発が起きた。二人は吹き飛ばされ壁に激突したが、衝撃は全てパワードスーツが吸収してくれて命に別状は無かった。
「クソッ! 今度は何だ!?」
「敵の迫撃砲だ! このままこの場に留まるのは不味い!」
そう会話している内に続けざまに上空からドラゴンが飛来し、二人を砲撃し始めた。
「あぁ、不味いな…………」
「逃げるぞ、ウィル!」
二人はスラスターを噴かし地面を蹴ると、何処か身を隠せる場所を探して駆け出した。
敵ドラゴンの追撃を振り切るべく闇雲に荒廃した街を駆け回ったマックとウィルは、K国の言葉で掛かれていたがパワードスーツの自動翻訳によりHUD(Head Up Display)に表示された単語を見付け、そちらへ向かい全力で走った。
正しく、死に物狂いだ。
二人はスラスターがオーバーヒートしている事をHUDに表示されても、構わずある一点を目指した。
「ウィル、あそこだ!」
「見えた! 飛び込むぞ!」
二人は最後の力を振り絞る様に背部スラスターを噴射し、階段を飛び込むように駆け降りた。
すると二人は地面の下へと潜り込む形となり、コンバットドラゴンの砲撃を何とか逃れる事が出来た。
「今のはヤバかったな…………」
「あぁ、間一髪だ」
二人が探していたのは、地下鉄の入り口であった。
流石に高火力を誇るコンバットドラゴンと言えど、地下へ逃げられれば分が悪い。追っては来られないだろう。
二人は電力の落ち真っ暗になった地下鉄のホームまで辿り着いた。
「何とかドラゴンは巻いたけど、これからどうする?」
「何とか隊長と連絡を付けないと。ニコルも心配だ」
二人は上がりきった息を整えるべく、一度大きく深呼吸した。
すると、嫌な事に気付いてしまった。
「ウィル、気付いたか?」
「あぁ、ここには奴等が居る…………」
マックは『M16A4』のマガジンリリースボタンを押すと、普段とは違い大容量のマガジンを手中に喚び出した。
そしてパワードスーツのバイザーに備えられた暗視装置を起動する。刹那、予想を遥かに上回る状況に直面した。
「クソッ、ここは奴等の巣窟だ」
緑色の視界が捉えたのは、一般市民だった者の成れの果てだった。
皮膚は爛れ肉は腐乱し、ただ自己の欲求を満たす為だけに動く生物兵器。
“ゾンビ”の大群が、地下鉄の線路上にたむろしていた。
通常、人間が『不死人』となるには特殊なプロセスが必要となり、その為に『改造センター』という施設を『フリークス』は所有している。『改造センター』で処置を受けた者は、脳を改造されない限り、自分の意思を無くす事は無い。
しかし、『不死人』に噛まれたりして体液に触れた者や『不死人』の撃つ特殊な銃弾により死亡した場合、“ゾンビ”や“グール”と呼ばれる意思の無い化け物に変化してしまう。この地下鉄にたむろするゾンビ達は、恐らく『不死人』の虐殺により殺された人々なのだろう。
因みに、『ガンスリンガー』は『不死人因子』に対して強い抗体を持っている。
「どうする? 幸い、奴等はこっちに気付いてない。無視するか?」
ウィルに小声で相談している最中、インカムから敵が接近している事を告げるアラートが鳴り響いた。同時にHUDに何処から接近しているのかを示す表示が現れる。
このアラートが鳴り響く時は、敵が半径五メートル以内に居る時だけだ。そしてHUDによれば、敵は真後ろに居るらしい。
「無視させてはくれないようだな?」
「あぁ、やるぞ、ウィル」
「了解」
ウィルの了承の言葉と同時に、二人は振り返り突撃銃を構えトリガーを弾いた。
それぞれのライフルから放たれた『5.56×45mm対不死人弾』が、静かに迫り来ていたゾンビを蜂の巣とした。
瞬間、地下鉄のホームに地獄の底から呻くような声が幾つも木霊した。線路にたむろしていた化け物が、全員襲いマック達の存在に気付いたのだ。
「グレネードを投げ込め!」
ウィルの合図でマックは『M67』破片手榴弾を線路に投げ込んだ。
数秒後、ホームに上がって来ようとするゾンビ諸とも、爆発と破片により吹き飛ばした。が、まだ相当数残っている。
「ゾンビパーティーだ!」
「どうせ踊るなら、巨乳のお嬢さんと踊りたいものだ」
マックは冗談を言いながら、『M16A4』を構えゾンビを迎え撃つ。
暗闇の地下鉄の中に、二つ分のマズルフラッシュが閃く。
マックとウィルはそれぞれ迫り来る“死の群れ”を銃撃しつつ、少しずつ線路沿いに移動していた。
このまま地下鉄のホームに残っていては、幾ら無尽蔵に弾薬を産み出せてもいずれはゾンビの餌食となってしまう。かといって元来た道を戻ると、コンバットドラゴンによる砲撃が待っている。ならば、線路を歩いて移動する他に選択肢は無かった。
目指すはK国陸軍が設えた前哨基地。
隊長と連絡が取れない以上、友軍と合流する他に道はない。
地図によれば線路を辿り移動すれば、少し遠回りをしなければならないが安全に辿り着く事が出来る。故にマックとウィルは、邪魔なゾンビを排除しながら移動していた。
「撃てども撃てどもゾンビに切り無し。どうなってんだ?」
「恐らく通勤ラッシュ時に『フリークス』によって同時多発的にテロが起こったのだろう。だから、こんなにゾンビが居るんだ」
「最高、化け物をぶっ殺す動機がまた一つ増えたぜ」
「次の駅まで後少しだ。急ごう」
そんな会話をしながら、二人は駆け足で線路を辿る。
襲い来るゾンビは数知れず。
既に数十のゾンビを撃破している筈なのに、一向に減りやしない。が、何とか活路を見出だし突破して行っていた。
やがて別のホームが見えてきた。
そこもゾンビだらけだが、突破すれば外に出られる。
マックはウィルと顔を見合せ、お互いに頷きあう。
そして二人はホームの出口目指して、パワードスーツのスラスターを全開にして突破を試みる。
軍人として、『ガンスリンガー』としてゾンビを放って置くことは出来ないが、たった二人で何百と居るゾンビを相手取る分けには行かない。ここはパワードスーツの装甲の頑強さと、スラスターによる爆発的な噴射でホバー移動し、通り道となる道筋に居るゾンビを体当たりで蹴散らしながら進む方法を取った。
想定通り、ゾンビの群れを突破出来た二人は、階段を駆け上り出口を目指した。が、何事もそう上手くは行かなかった。
「何だこれは!?」
ウィルが思わず驚愕の声を上げた。
マックもこの現実には言葉を失った。
出口まで辿り着いた二人を待ち受けていたものは、瓦礫の山であった。
戦闘の影響で天井が崩落したのか、それとも軍が地下の奴等が地上に這い出るのを防ぐためにそうしたのか、地下鉄の出口は瓦礫に埋まり塞がっていた。
「クソッ、他の出口を探すしか無いのか!?」
「無理だ! もう推進材もほとんど残ってない! ここを抉じ開けるしか…………!」
マック達が着ているパワードスーツは、例え鉄屑や“鉄の棺桶”と揶揄されようとパワードスーツである事には変わり無い。
ただの瓦礫であれば、時間を掛ければ動かす事は可能だ。が、後方からゾンビの呻き声が聞こえて来ている。どちらかが瓦礫撤去している間に、どちらかがゾンビの相手をしなくてはならない。
「俺がゾンビを食い止めるから、ウィルは瓦礫を退かしてくれ」
「何で俺なんだよ?」
「お前の『L85A1』は故障や動作不良で有名だろう? そんな物に後方を任せられるか」
「お前、いつの時代の話だよ。これは『適性銃器』で、動作不良も故障も無いんだよ。お前、もしかしてーーーー」
「良いからやれ。道が開いたら呼んでくれよ」
まだ何か言いたげだったウィルの言葉を遮り、マックは来た道を戻った。階段まで戻ると、ゾンビの群れが上ってきている最中だった。
ゾンビは頑強だが、動きが鈍くて助かる。限定的に走るゾンビも居るようだが、今回の奴等は歩くゾンビらしかった。
マックはグレネードポーチから『M67』破片手榴弾を抜き取り、階下へ次々に放り投げる。
全部で三つ分のフラググレネードが、一斉に爆発して地下鉄内を震撼させる。
「アップルのお味は如何かな? 次はメインディッシュの『5.56mm弾』だ」
マックは残ったゾンビを片端から照準に合わせ、銃撃していく。
映画やゲームのゾンビと違って、『不死人因子』により変化したゾンビは、頭や心臓を狙わなくても『対不死人弾』で撃てば何処に当たっても倒す事が出来る。けど、腕や足では『不死人因子』の断裂が不十分な為、やはり胴体か頭を狙わないとならない。
マックはACOGの十字レティクルをゾンビの頭部に合わせ、次々と倒していく。
しかし、ゾンビは無限とも思えるほどに沸いて出てくる。人間と違って銃撃に恐れを為さない事で、躊躇無く向かって来るので手に終えない。
それでもこの場を死守するために、マックはトリガーを弾き続けた。
「あぁ、ウィル、出来るだけ早くしてくれ…………」
元より死ぬつもりは無い。ただ、適材適所で割り振った結果、自分が殿を勤めているだけである。
一方、マックの親友のウィルは、瓦礫の山に予想外に手こずっていた。
小さな瓦礫は手早く退ける事が出来たが、途中で天井がほとんど形を崩さず落ちた巨大な瓦礫に出くわしてしまった。細かく砕こうと殴り付けて見てもびくともせず、道具を使おうにも瓦礫撤去に適した道具など持ち合わせて居なかった。
後方ではマックが必死に殿を勤めてくれている。
期待に応えない分けには行かないウィルは、瓦礫に体当たりを掛け、無理矢理動かそうとパワードスーツの膂力をフルに活用する。が、それでも足りないので背部のスラスターを全開にして泣け無しの推進材を燃やした。
そうしてやっと瓦礫が動き始め、陽光が暗闇の地下鉄に差し込み人一人がやっと通れるだけの隙間が出来た。
「マック……マァック!」
ウィルは精一杯親友の名を呼んだ。
その声は爆発音と銃声で難聴気味となっていたマックの耳に、確かに届いた。
「ウィル!?」
マックは這い上がって来るゾンビの群れに、最後のグレネードをお見舞いしてウィルの元へ向かった。
そこには巨大な瓦礫を全身で押し上げるウィルの姿があった。足元には人が一人通れる程の隙間が空いており、そこから陽光が差し込んでいた。
「よくやった、ウィル!」
「良いから……早く通れ…………!」
マックはウィルの足元で腹這いになり、匍匐前進するように地下鉄から這い出た。
雲か煙か見分けが付かない物に遮られながらも、太陽の日差しが確かにマックを包み込んだ。僅かな間だけしか地下に居なかったというのに、こうも太陽光が懐かしく感じるとは思わなかった。
「さぁ、ウィル、次はお前だ!」
マックは瓦礫の端を持ち上げようとしたが、ちょっとやそっとではびくともしなかった。それをウィルも感付いた様だった。
「マック……俺はここまでだ…………」
「何言ってる…………! 直ぐに出してやるから…………!」
マックは何とか瓦礫を動かそうとするが、逆に足がアスファルトの地面にめり込んでしまう始末。
こんな重たい物を持ち上げているウィルに、改めて感心してしまう。
「クソッ! 何か突っ掛ける物を探すから、待ってろ!」
マックは瓦礫に突き刺して固定出来る物を探す為に、瓦礫から手を放してしまった。
その事を酷く後悔する事になるとは、この時は思いもしなかっただろう。
「良いんだ、マック。あの世で会おうぜ」
次の瞬間、凄まじい音を立てて瓦礫が道を再び塞いでしまった。
「ウィル! あぁ、そんな…………」
マックは瓦礫を動かそうと四苦八苦するが、やはり持ち上げる事が出来なかった。
マックは大切な物を失った損失感で絶望し、その場に膝を着いた。
最悪の結末である。
ウィルは賢く、行動力がある。だから、複雑な瓦礫撤去の仕事を任せ、自分はゾンビを相手にしていたのだ。それが裏目に出てしまった。
忘れていたのだ。
ウィルは自分より何よりも、人の事を大切にする人物だと言うことを。
「ウィル…………」
マックは親友の名を呼んだ。
けれど、二度と返事が来る事は無かった。
推進材が無くなった事とパワードスーツがパワーダウンした事がHUDに表示される。
それはそうだとも。
何せパワードスーツの膂力とスラスターのパワーでやっと持ち上げる事が出来た瓦礫だ。二人がかりでも、あの小さな隙間以上、持ち上げる事が出来なかったのだ。
推進材もパワーも無くなって当然である。
「さて、俺はどうするかな…………」
ウィルは自分に問い掛ける。
しかし、既に答えは決まっていた。
振り返ると、ゾンビの群れが直ぐそこまで迫って来ていた。あの大群を抑え込んでいたのだから、マックは大した軍人だ。
「なら、あいつに出来て俺に出来ない事は無いだろう?」
ウィルは不適に笑みを浮かべると、左手首に備え付けられてあるコンソールを操作してパワードスーツの装甲をパージし、『L85A1』突撃銃を構えた。
パワーダウンしたパワードスーツなど、ただの鉄屑でしか無い。着ていても邪魔なだけだ。
さて、身軽になったは良いが、暗闇で何も見えなくなってしまった。時期に慣れるだろうけど、それまで持ちこたえられるか。
「やってやるさ!」
ウィルは先ず、ありったけのグレネードをゾンビの群れに投げ付けた。
凄まじい爆発と爆音が地下鉄を駆け巡る。これで何体撃破出来たか分からないが、やらないよりはマシだろう。
次に『5.56×45mm対不死人弾』をフルオートで発射し、ゾンビを横薙ぎにしていく。
「リロード!」
誰に宣言するでもなくマガジンを入れ換えるウィル。
そうしている内に、目が暗闇に慣れてきて状況が把握出来るようになってきた。
想像し得る中でも最悪な状況だった。
背中を瓦礫に塞がれて、前面はゾンビの群れがたむろしている。とても逃げる隙間など無い。
それでもウィルは諦めず、銃撃を再開する。
「うおぉぉぉぉーーーー!」
正に乱射という表現が適当な程、ゾンビの群れに対して『5.56×45mm対不死人弾』を浴びせ掛ける。
しかし、前衛の敵は倒せても、その後ろから新たなゾンビが現れる。
撃っては再装填、撃っては再装填を繰り返す内に、ゾンビが包囲網を狭めて来る。
地獄の底から響くような呻き声が鼓膜を震わせ、腐敗臭が鼻を突く。
「クソッ! クソ、クソッ!」
食い殺されるという恐怖が、ウィルを焦らせる。
その焦りが致命的なミスを生んだ。
再装填しようとしたウィルだが、マガジンを上手くは入れる事が出来ず落っことしてしまった。
瞬間、その隙を突いてゾンビがウィルに襲い掛かる。
「や、やめろ! 来るな!」
悲鳴にも近い声で制止するが、ゾンビに人間の言葉など通用しない。
やがて一匹のゾンビの牙が、ウィルの首筋に突き刺さった。
「うあぁぁぁぁーーーー!」
あまりの激痛に倒れ込むウィル。
それを好機とばかりに、ゾンビがウィルの体に群がり、身体中を貪り始めた。
「ぎゃあぁぁぁぁーーーー! 食われてる! マック!」
こうしてウィルは死を迎えるその瞬間まで、自分の体を食べられる激痛に悶え苦しむ事となったのだった。
親友を失った損失感から、その場から動けずに居たマック。
一体、どれくらいの間、瓦礫を前にして膝を着いていたのだろうか。
ようやく正気に戻れたのは、ヘルメットと一体となったインカムから聞き慣れた声が聞こえてきた時だった。
「こちらウリュウ大尉! 誰か聞こえるか!?」
マックは自分の耳を疑った。
全くの音信不通であったウリュウ大尉の声が、インカムから流れて来たのだ。
「こちらマクシミリアン・ドナスター少尉! 隊長、ご無事で!?」
「マックか! お前も無事だったか!」
ウリュウ大尉はマックの無事を心から喜んでくれている様だった。
大尉はこういう人だ。
部下の事を何よりも考えてくれる、良い上官である。
「ウィルを知らないか? 奴だけ連絡が取れない」
「ウィルは…………」
マックはどう述べるべきか一瞬迷った。
状況から見て、ウィルの生存は絶望的である。でも、それでもウィルならどうにかして脱出出来るかもしれない。そう信じたい自分が居た。それを思うと、どう伝えて良いか分からなかった。
「ウィルとは途中まで一緒だったのですが、地下鉄ではぐれてしまいました」
「そうか。あいつの事だ。どうにかして連絡を付けて来るだろう」
ウリュウ大尉は労るような声音で言った。
戦地で行方不明となる事がどういう事を意味するのか、大尉なら身に染みて分かっているのだろう。それを敢えて表に出さないのは、大尉の優しさからか。
「兎に角、お前は我々と合流しろ。今、私はニコルと共に“ドラゴンタンク”の破壊任務に当たっている。人手が足りないんだ」
“ドラゴンタンク”とは、翼を持たないドラゴンの背中に砲台等の重火器を装備した、所謂ドラゴン版戦車である。
戦車と言ってもドラゴンの方が小回りが利く上に、鱗はライフル弾を寄せ付けない強度を誇る。また背中の装備は『不死人』が操作し、全方位に砲撃可能な凶悪な代物である。“生きた戦車”とも言われており、戦場では出会したく無い兵器なのだ。
「座標を送る。直ぐに合流しろ」
「了解。向かいます」
座標は直ぐに送信されてきて、HUDの縮小地図に表示された。ここからそう遠くない場所だ。
マックは立ち上がると、一度瓦礫を見て「絶対、戻って来るからな」と告げ、隊長と合流すべく移動を開始した。
指定座標に到着したマックが目の当たりにした光景は、巨大なドラゴンがオフィス街の大通りを闊歩する光景であった。
土色の鱗に太い四肢、背中に砲台を備えた“ドラゴンタンク”は、真っ直ぐ何処かへ目指している様だった。
ドラゴンタンクの後ろには、数十という数の『不死人』が着いている。
すると、その『不死人』を銃撃する者の姿があった。
半壊したオフィスビルの四階辺りで、鋼鉄に身を包んだ二人の兵士が『不死人』と銃撃戦を行っていた。
ウリュウ大尉とニコルである。
無謀だ、とマックは焦燥に駆られた。
あんな分かりやすい場所で銃撃していては、ドラゴンタンクに砲撃して下さいと言っている様なものだ。
実際、ドラゴンタンクは足を止め、背中の砲塔を回転させ二人の方へ照準を合わせた。
刹那、空気を震撼させる程の爆発音が鳴り響き、二人が居たビルが砲撃された。
「あぁ!」
一瞬、二人が砲撃にやられたかと思ったが、「マック、まだ来れないのか!?」と無線にウリュウ大尉の声が流れたので安堵の溜め息を吐いた。
「大尉、指定ポイントに到着しました! ドラゴンタンクの後方のビルに居ます!」
「よし、貴様はその場所から『アンデッド』を銃撃しろ! 制圧射撃だ!」
「了解! 二人はどうするのですか!?」
「ニコルがドラゴンタンクに接近し爆薬を設置する! その援護だ!」
「了解!」
一応、了承の言葉を返したが、無茶苦茶な作戦だと胸中で毒づいた。
多数の『不死人』に護衛されたドラゴンタンクに近付くなんて、自殺行為だ。それにドラゴンタンクの脅威は背中の砲塔だけでなく、口から吐く炎にもある。炎の攻撃範囲は前方百八十度以上で、接近する者を尽く灰にしてしまう。
「カウントを始める! 三、二、一、攻撃開始!」
ごちゃごちゃ考えている内に、作戦が開始されてしまった。
マックはヤケクソになり、『M16A4』を構えACOGスコープを覗き込み、二人から銃撃を受け完全にこちらなど眼中に無い『不死人』を狙撃すべくトリガーを弾いた。銃声と共に三発撃ち出された『5.56×45mm対不死人弾』が、軽機関銃を構えた『不死人』を撃破した。
その一撃で、こちらの位置を知らせてしまった。が、マックは構わず銃撃を続ける。
三人による十字砲火を食らう事となった『不死人』は、身を隠すべく近くの建物の中へ逃げ始めた。
ドラゴンタンクは相変わらず、巨大な四肢で地面を踏み鳴らし進行を続ける。時折、ウリュウ大尉とニコルが居るであろう場所に砲撃を加えているが、二人は何処に居るのか砲撃を上手く避けているらしく、銃撃の手を緩める事は無かった。
「今だ! 行け、ニコル!」
『不死人』が完全に道路から居なくなった時を見計らい、ウリュウ大尉はニコルへ指示を下した。
すると、左手の半壊したビルの中からニコルが姿を現し、ドラゴンタンク目指してホバー移動を開始した。
その間もマックは『不死人』に対して制圧射撃をし続けた。
例え『7.62×51mm弾』を耐えきる装甲を持っていても、爆薬を設置している間に銃撃を受ければ爆薬に当たり誤爆してしまうかもしれない。そういった意味で、護衛の『不死人』を追い払わなければならなかったのだ。
予定通りニコルはドラゴンタンクの脇腹に爆薬を設置した。
「爆薬、設置完了!」
報告をするニコルだが、彼女は気付いて居なかった。
ドラゴンの鎌首が、爆薬を設置するニコルの方へ向けられているという事を。
「不味い! ニコル、逃げろ!」
マックは必死になって叫ぶが、間に合わなかった。
ドラゴンの首がニコルへ伸びると、彼女の体を咥え込んだ。
「きゃあぁぁぁぁーーーー!」
ニコルの悲鳴が無線機から聞こえてくる。
ドラゴンはニコルを咥えながら上を向くと、まるで蛇が獲物を丸のみにするように、ニコルの体を呑み込もうとする。
「ニコル!」
「やめろぉぉぉぉーーーー!」
ウリュウ大尉の悲痛な叫び声も虚しく、ニコルの体はドラゴンに完全に呑み込まれてしまった。
静寂が辺りを包み込む。
いや、実際は銃声や砲声が鳴り響く戦場なのだが、その一瞬では、ニコルが呑み込まれた瞬間は、妙な静寂があった。
「ニコル、そんな…………」
ウリュウ大尉が放心したように呟く。
マックも信じがたい面持ちで、“ドラゴンタンク”を眺めていた。
ニコルは死んだ。
ウィルは生死が分からない。
こんな状況が、あって堪るものか。
何がデータ収集だ、何がパワードスーツだ。兵士一人守れないなんて、そんな物が何の役に立つ。
胸中で幾ら毒づいても、何の解決にもならなかった。
「私のせいだ……私の…………」
ウリュウ大尉は悲しみにくれている。
当然だろう。
自分の指示で、自分の部下が死んだのだ。兵器で居られる筈は無い。
マックも同じ気持ちであった。
しかし、正気に戻ったのはマックが先であった。
遠ざかっていくドラゴンタンクの脇腹には、まだニコルの設置した爆薬が残っている。まだ、あれを始末するチャンスはある。
「やってやる、やってやるぞ…………!」
決意を固めたマックは、ビルから飛び降りスラスターを噴かせて地面に着地した。そのままホバー移動をし、ドラゴンタンクの元へと向かう。
途中、建物に逃げ込んだ『不死人』から銃撃を食らったが、このパワードスーツの装甲を前にしては無力である。
やがて、マックはニコルが残した爆薬の前まで辿り着いた。
「マック!? 何をするつもりだ!?」
ウリュウ大尉が異変に気付き、こちらへ向かおうとする。また、ドラゴンタンクもその鎌首をこちらへ向ける。
どちらもマックにとっては遅すぎる行動だった。
全く、このパワードスーツは“鉄の棺桶”と言われているが、本当に棺桶になるとは思いもしなかった。
「あの世で会おうぜ」
マックは爆薬の雷官を目掛け、『5.56×45mm対不死人弾』を発射した。
刹那、凄まじい爆発が巻き起こり、マックは爆風と破片によりバラバラに吹き飛んだ。
雨竜毬耶は日本へ帰国していた。
結果として“ドラゴンタンク”を部下三名を失ってまで撃破した事で、K国は勝機を得て反撃を行った。そして侵攻してきた『不死人』を全て撃破か敗走に追い込んだ。
そんなに簡単に事が運ぶ筈が無い。
実際、K国は隠し玉を持っていた。
『ハイヒューマン』で構成された部隊だ。
毬耶達がドラゴンタンクを撃破した頃合いを見計らい、K国は『ハイヒューマン』の部隊を投入。その神秘的な能力を駆使して、『不死人』の軍隊を撃破したのだ。
結局、毬耶達“攻殻機動試験小隊”は全く期待されておらず、捨て石にされただけだった。
小隊のただ一人の生き残ってしまった毬耶は、『統合本部』から外され日本の片田舎の駐屯地へ配置転換となった。厄介払いだということは、誰の目にも明らかだった。
しかし、戦場で部下を全員失ってしまった毬耶に、反論する権限も気力も無かった。三人の部下の葬儀を終えた毬耶は、大人しく日本へと帰国したのだ。
「やぁ、雨竜大尉。待っていたよ」
日本に帰国し先ず駐屯地へ向かった毬耶を待ち受けていたのは、白髪の青年だった。階級章を見れば大佐とあったので、取り敢えず敬礼する。
「そう畏まらなくても良い。今日は君をスカウトしに来ただけだからね」
「スカウト、でありますか?」
「そう。君の経歴は粗方調べさせて貰った。パワードスーツの運用に長けている様だね?」
一瞬の内に、毬耶はこの大佐の事を嫌いになった。
人が触れて欲しくない所を容易に触れて来る大佐を、好きになれと言う方が無理であろう。
「そう怖い顔しないで。君の部下については残念に思うが、それでも君が左遷されるのは可笑しいと、僕は思っているんだ」
残念、の一言で済むことでは無い。
毬耶の部下は、そんな軽々しいものでは無いのだ。
そんな毬耶の胸中など知る由も無く、大佐は話を続ける。
「この基地には君にピッタリな部署がある。実はこの基地では、パワードスーツの研究開発を手掛けていてね」
「パワードスーツ、ですか」
正直、もうパワードスーツには関わり合いになりたくなかった。が、大佐は毬耶の気持ちなど知らずに「君が使っていた粗悪品とは違うものだよ」と言葉を吐いた。
本気で階級など関係無く、殴り飛ばしてやろうかと思った。
「プロジェクトの名前は『QPS』。『Quantization Powered Suit』、最新鋭にして次世代の技術を用いたパワードスーツだ」
日本でのパワードスーツ。
恐らくニコルが話していた、服のように軽いパワードスーツの事だろう。
「このパワードスーツは単騎で『アンデッド』を撃破する能力を持っている以上に、一度だが『ハイヒューマン』にも勝っている」
「『ハイヒューマン』に?」
「そう。今は試作5号機まで造っていてね。実は、前までテストパイロットはいたのだが、へまをやらかしてクビにしたんだ。丁度、空きが出たところに君が来てくれた。これは幸運と言えるだろう」
大佐は興奮気味に言葉を続ける。
「君ならば上手く扱ってくれるだろう。どうかな?」
どうかな、と言われても、今日初めて会った人物にいきなりパワードスーツのテストパイロットになってくれと言われても判断に困る。
何より、毬耶はこの大佐が嫌いであった。
「まぁ、返事は直ぐで無くても良い。けど、明日までにしてくれ。我々は『QPS』を量産する為のデータ収集を急いでいるからね。答えが決まったら、この僕、咲浪霧也まで頼むよ」
そう言い残し、咲浪霧也大佐は去って行った。
残された毬耶は、この誘いを受けるかどうか悩んでいた。
確かにパワードスーツにおいては、他の兵士より上手く扱える自信があった。が、あの怪しい大佐の下で働くのは、どうも釈然としなかった。
しかし、どの道『不死人』を相手に戦わなければならないのならば、パワードスーツは必要になる。それに『ハイヒューマン』に勝利したという点を見ると、相当な代物であると思った。
「一度、話を聞いてみるか…………」
毬耶はそう呟くと、宿舎の方へ歩みを進めた。
ご一読戴き、誠にありがとうございます。
この小説は『アメイジング・ヒーローズ』というシリーズ物の一つに加えるので、良ければ他の作品も見てやって下さい。
それでは、またご縁があれば会いましょう。