83. 旅路の果て
部隊の動きが決まればしばらく時間ができることになる。
その時間でユークス待望の状況説明が行われるわけだが、その時にはメイリアのことも紹介しないわけにはいかない。
ユークス自身は見慣れない人員が帯同していることをかなり訝しんでいるのではないかと思うのだが、少なくとも表向きにもマナ感知にもその様子はない。
ちょっとした打ち合わせとはいえ、首脳会談でもあるので多少は準備が必要ということになる。
そんなわけでルイズやカイルと場所を整えていると、当のユークスから声をかけられた。
「君たちは……双子、だよね。それに黒髪の女の子。もしかしてずっと前にテムレスにいたことはないかな」
部下に命令するときとは異なる柔和な口調。
おそらくこれが彼の素なのだろう。
しかし、これはいったいどういう質問なのだろう。
テムレスといえば十年前からたまに通っているが……、あ!
「聖堂騎士のユークスさん、ですか?」
カイルの方が少しだけ気が付くのが早かった。
そうだ、魔術の素質を確認するためにみんなで最初にテムレスに向かったとき、一人の少年に会った。
「やっぱりだ! アイン君に会ったときにもしかして、と思ったんだ」
こっちはほとんど気が付きませんでしたすみません……。
そういえば違和感があったようなないような……。
俺の心の中の懺悔をよそに、ユークスは嬉しそうに続ける。
「大きくなったね。それに強く、なったんだろう。妹をここまで守ってくれるくらい」
返答に困る質問だった。
「あの日から、鍛錬を欠かしたつもりはありません」
そんなときは仲間が頼りになる。
ルイズの返答は事実だった。
そしてだんだん思い出してくる。
あの時会った彼の剣技は今思い出しても比肩する人間がそう沢山は思い浮かばないほどだった。
当時、彼の年齢は今の俺たちとそんなに違わなかったはずだ。
剣の修練はずっと積んできた。
だからその凄さがわかる。
「うん、一目でわかった。君たちには感謝の言葉もない。妹を守るのは本当は自分がやらなければいけないことだったんだ……」
「お礼が欲しくてやったことではないですから。それにこちらにも事情がありました。もう少しすればお話できると思いますが」
決して聖女の安全を第一に考えていたわけではない俺には少し居心地が悪い。
しかし、会談前にユークスが以前より変わらず清廉な人柄らしいということが確認できたのは良かった。
あれから十年ほど。
もしかして彼は当時以上に強くなっているのだろうか。
もしそうなら、年齢にそぐわぬ地位にも納得がいく話だった。
程なく準備のできた聖女とメイリアがあらわれ、それぞれ用意した席に着く。
メイリアについては学院での様子を知っていると違和感が拭えない、いわゆるよそ行きの立ち振る舞いだ。
「彼女が俺たちが今ここにいる理由です」
突然出てきた貴人然とした格好の女の子にも動じた様子はない。
「ウィルモア王国王太子息女、メイリア様です」
現時点ではユークスは一騎士ということで、本人は直接挨拶をすることができない。
変わりにオリヴィアさんが紹介を行う。
これでも略式になるらしいのだが、偉いというのは面倒なものだ。
「お初にお目にかかります、殿下。自分はエトア教国にて聖堂騎士第一団の長を務めますユークス・オーディアールと申します。此度は妹、マリオンが多大なご助力をいただいたようで、感謝の言葉もありません」
表向きは特に驚く様子も見せずに騎士の礼をとってみせる。
それは立場にあった堂々としたものだった。
騎士団長、か……。
「この旅の間、私たちは協力関係でした。それぞれに理由あっての物、そのような礼は不要です」
そこまで毅然とした顔で言い放った後にメイリアはくるりと表情を変えた。
「しかし、家族を慮る気持ちはわかるつもりです。お二人の再会を祝福しましょう」
まがりなりにも聖女を前にこの言い草だ。
それもユークスの人となりを見抜いてのことなのだろうから、彼女の仮面の使い分けというものには脱帽する。
「恐縮の至り」
短くユークスが答えたことで挨拶は終了となる。
俺たちはまだ敵に狙われた綱渡りの旅の途中であり、いちいちちょっとしたことに手間をかけている余裕はないのだ。
その場の全員に着席が許され、会議の上での無礼講が言い渡される。
当然これは節度を持った対応をする前提だが、ここにいる人間なら問題はないだろう。
むしろ最もちゃんとやれていないのが俺ということまでありえる。
「――ここまで何度も襲撃があったのですか……」
これまでの経緯を共有したところでユークスは沈痛の面持ちでそう零した。
王女との偶然の邂逅にはさすがに驚いた様子を見せたがそれ以降は落ち着いた表情で話を聞いていた後だ。
「今後、聖都に入れば相手に居場所を知られることになりますから、目下の所はそれによる危機の回避が目的となります」
「それについては聖堂騎士団がご協力できるかと。護衛の人数としてもそうですし、抜本的な対処もある程度可能な見込みです。すでにジョエルが動いていますから。これ以上好き勝手をさせるつもりはありません」
どうやら、彼の評価はかなり高いらしい。
是非期待に応えて欲しい。
「一方で、精神制御については現時点では後手にまわることになります。なにせ今このときもすぐ近くに危険がある可能性があるわけですから。取り急ぎ相互監視体制を敷きましたがもう一歩進んだ対応を考える必要があるでしょう。聖都に着き次第信頼できる筋を頼って情報を集めます。魔術的な分析も行いましょう」
それすらも妨害が予測されるのだが。
情報戦は本当に面倒臭い。
「魔術に関してはこちらも協議に参加させてもらえませんか。ご協力できることもあるかと思います」
自分たちの魔術の素養についてはすでに話してあった。
今更隠そうとしても、関係者はだいたい知っているので意味も無いしな。
「可能ならそうするべきだと思う。話がすすみそうなら連絡がいくようにしておくよ」
その日の打ち合わせでは現状の確認と顔合わせに終始し、大きな話の進展はなかったがこれも重要なことだ。
臨機応変に対応するためには誰が何を知っているかが鍵となる。
結局、ジョエルさんの下準備にしばらくかかるということで聖都から見えないあたりに場所を移してもう少し野営を続けることになった。
この時間で、敵方にこちらを迎え撃つ準備を与える可能性もあった。
そこについては彼の手腕を信じる他ない。
物資の余裕もわずかながらあり、最悪買い出しも可能な距離なので大きな不満もない。
いざ、敵地という覚悟の出鼻がくじかれることになったが、それにもまして新たな味方の登場が心強いというのが多勢の意見だ。
せっかく時間ができたので俺たちの馬車をデコレーションしたり、服装を見直したりして過ごす。
賓客として遇して欲しければその準備が必要というわけだ。
主役のメイリアはともかく、他の御付きについてはそう大した服も持ち込めていない。
さすがに正装一式ここで準備とはいかなかったが、ちょっとしたアクセサリーくらいならこの場でもつくることができる。
これは女性陣にも好評でいい息抜きになったのではないかと思う。
……あえて言えば、造形について口を出すみんなの目が真剣すぎて制作側の俺とカイルが大変だったが、まあ些細なことだ。
特に待たされることもなく、翌日にはジョエルさんから使者があり受け入れ態勢が整っていることを知らされる。
聖堂騎士団の一部を先行させて状況を確認しながらいざ入都だ。
大陸一の信仰の都、聖地といっていいエルトレアだが、近づいてみればその名前から想像するような清廉で静かな街並みというわけではなかった。
外縁部には常設の市が並び、活気のある呼び込みの声が聞こえる。
恐れ多くも女神のひざ元で盗みを働いたものが衛兵に連行されていく様子も見た。
要は、他の大都市と同じように人の営みが感じられるということなのだが、これは考えてみれば当たり前のことだ。
遥か遠くから巡礼のために日々訪れる人々はみな、この街で宿泊し、喜捨をしていく。
その膨大な信徒のために物資が送り込まれ消費されているのだから。
もちろん、信徒も自分たちの地域から物資を持ち出しその一部を教会に納めると残りはこの街の市で売り、帰りの旅の路銀とする。
当然、持ち込まれる品々は換金性が高く日持ちし高価なものが中心だ。
そういった人々の振る舞いはエルトレアを一大商業都市にしている。
大陸中の珍しい品がここへ集まってくる。
中には地元でありふれたものだからという理由だけで捨て値で捌かれている可能性もあるのだから商人が奮起しないわけがない。
それはこの街を経済における心臓のように変貌させ、日々、貨幣と人を吸い込み、押し出している。
その結果がこの活気というわけだ。
そんな人込みの中で、ごく小規模とはいえ騎士に護衛された俺たちは目立つ。
自然と道を空けこちらを不思議そうに眺める人達の中を進むのは落ち着かないものだが、幸いまだ聖女一行だとバレたわけではないようだ。
そんなどこから刺客が狙っているかわからない状況も中心部の宗教区画へと近づくにつれて次第になくなっていった。
依然として行き来する人は多いがこちらを注視するものはあまりいない。
この区域は身なりの良い人も多く、隣国の貴族が訪問することも珍しくないのだろう。
前世の記憶のせいか信仰の徒が富んでいるという状況にちょっと微妙な気持ちにならないでもない。
そんな一角にある迎賓館へと迎えられる。
事前に連絡をしていたためか大したチェックもなく馬車のまま門内に入ることができ、なるほどこれなら簡単に襲撃もできなさそうだなと感じさせる流れだった。
こうして安全にやってこれたということはジョエルさんの仕事も成功しているということだろう。
聖女とメイリア一行は託宣の期日までここに滞在することになる。
この情報自体は限定的にしか知られていないそうで、もしも何かあれば加害者は同定しやすい。
聖女とメイリアもそれぞれ別の家屋で寝起きすることになるそうで、それもリスク分散としてはやむなしなのかもしれない。
かわりに食事等で定期的に情報交換を行うことを約束した。
聖女一行はともかく、俺たちを加えても十人に満たない王国組についてはその倍以上の人員を付けてもらえるそうだ。
当然、監視するべき対象は増えるが雑務から解放される部分も多く、単純に助かる話だった。
こうして長かった旅の片道が終了し、聖都での新たな生活が始まった。




