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82. 目前の邂逅

 リュートの街を迂回したため、少し遠回りになったものの旅は順調だった。

 それは敵の襲撃をうまく掻い潜れたということだ。

 とはいえ、俺たちが無事でいるであろうことは敵に知られている可能性が高い。

 ここからはいっそうの注意が必要になる。

 帰還までの道のりを考えれば、やっと半分の旅路が終わろうとしている護衛任務だったが、やるべきことを考えるなら、まだ最初の一歩を踏み出したに過ぎなかった。


 宗教都市独特の統一感。

 寒色系と白でまとめられた清涼感のある街並みが遠くに見え始めた。

 風光みごとな都市であろうことは間違いないのだが、俺たちの立場のせいか、冬を目前とした季節のせいか、ちょっと寒々とした印象を覚えてしまう。

 逆に聖都の夏は過ごしやすいらしいので、その季節に来ていれば感じ方もまた違ったのかもしれない。


 ここからは敵地と考えるべき。

 そう全員で話をして兜の緒をしめたばかりの頃だった。

 見晴らしのいい丘の上から、鎧一式を着た集団がこちらに向かっているのが見える。

 立地のおかげかマナ感知よりも視界に入るのが先だった。

 その身なりからどこかの騎士団であることは見て取れるのだが、リュートの街に着く前の話もある。

 相手を味方だと考えるのは早計だ。

 幸い、丘の上手を取っているこちらの立地は悪くない。

 戦いになっても有利にことを進められるだろう。


 味方全員に状況を知らせ、俺かカイルあたりが先行して様子を見ようかと話し合っていたところで相手の集団から二騎ほどこちらに先行してやってくる騎馬がいた。

 おそらくこちらの身元確認のため。

 近づかれるのは嫌だったので結局俺たちも彼らの元に向かう。


「何者か!」


 開口一番、誰何すいかの声を受ける。

 少なくとも話し合いの姿勢があるだけ前回よりマシか。

 情報を小出しにして様子を見よう。


「さる貴人をエルトレアへとお連れしている。申し訳ないが、相手方の名を確認せずに身元を明かすことはできない」


 ギリギリ失礼にならないラインを探しながら、相手の言葉へ合わせて解答したところ彼らに緊張感が走るのが確認できた。


「それは失礼した、我々は聖堂騎士団。……現在、教国の聖女の護衛を仰せつかり、向かうところだ。ここより先の街におられるはずなのだが、何か噂を聞かなかったか?」


 率直だな。

 これでもう俺たちは彼らを無視するわけにはいかなくなった。

 ……どう答えるべきか。

 相手はこちらの味方を名乗った。

 仮にみんなのところに戻って確認したところで、こちらに聖女がいると言っているようなものだ。

 今ここで答えなければならない。

 それも、明確に。


 戦闘になる可能性も考えてオド循環を高めながらしばし逡巡する。

 結局逃げられるものでもないかと思い、素直に答えようとしたところで後方から近付いてくる気配があった。

 ジョエルさんだ。

 彼も聖堂騎士団の一員なわけで、ここまでやってくるということはつまり――


「アイン、彼らは味方だ! ニコロ、よくやってきてくれた!」


 ――どうやら、増援が到着した目算が高まったようだ。

 ニコロと呼ばれた騎士はジョエルさんの顔を確認すると一目でわかるほどの安堵の様子を見せた。

 そして思い出したかのようにもう一人の騎士を本隊へと向かわせる。


「ジョエル殿、よくぞ、よくぞご無事で。あなたがここにおられるということは……」


「ああ、あの方はご無事だ。説明しなければいけないことは沢山あるが……、ここにいるアイン達のお陰でなんとかここまでやってくることができた」


 護衛中は一度も見せたことのない柔和な表情をジョエルさんがしていた。

 敵を振り切るように聖女の護衛に向かった彼にとって、安否の知れなかった仲間たちとの邂逅はそれだけ意味のあるものなのだろう。


「!? そうですか! アイン殿と申されましたか。聖堂騎士団のニコロと申します。本当になんとお礼を言っていいか」


 だいたい重要なところはカイルの手柄なのでちょっとむず痒い。

 なんにせよ、まだ気を抜けるほどの状況ではないので落ちついてくれ。


「ユークス様もこちらにいらしています。あなたのことをお伝えしましたからすぐにこちらに来られるかと」


 その言葉が終わらないうちに向こうの集団から一騎抜け出てくるものがいた。

 報告からすぐに走り始めたようだ。

 高級そうな装備をそろえた一団にあってなお、つくりの違いが見て取れる鎧。

 間違いなく騎士団の中でも偉い人物だろう。

 それに……、本人からも鎧からも何か不思議なマナの反応があった。


「ジョエル、よくここまで! マリオンはどうした!」


 聖女を呼び捨てにする彼に対する疑問は、ジョエルの代わりに答えたニコロの言葉で氷解した。


「ユークス様! 聖女様は、妹君はご無事です。彼らに守られてここまでやってきたと!」


「そうか……、リオネルに話を聞いて、なんとか動けるものを集めて出てきたんだ。それが、こんなところで会うことができるとは」


 そういって、兜の面隠しを上げる。

 金髪碧眼で俺たち兄弟と同じ組み合わせだな。

 聖女の兄。

 そして騎士団の重鎮か。

 その物腰には何か特別なものがあるように感じられた。

 少なくとも、魔術か武術、どちらかに非凡なものがあるはずだ。

 格好から言えばほぼ武の方で決まりだろう。


 しかし、それとは別にこの顔に何か引っかかるものがあった。

 そんな俺の思考をよそに、話はすすむ。

 確かに思い出せないようなことよりは優先すべきことがあるよな。


「! そうだ、ジョエル、ドルー騎士団のことはどうなった。こちらには何も情報が入っていないんだ」


「すべてご説明します。込み入った話になりますのでしばらくお時間をいただきたい」


 そういってお互いに馬を降りて兜を外す。

 相手は騎士団を、俺たちは聖女と王女を、お互いに待たせたままなのだがすぐに合流というわけにはいかない。

 その原因である精神制御の話をちゃんとしておく必要がある。


「……つまり、ドルー騎士団を装うものに襲撃を受けたと。心を操る技については信じがたいことだが……、君がいうのなら本当なのだろう」


「証人を確保してあります。得られた情報は僅かですが、相手が尋常ならざる手段を持っているのは確かかと」


「しかし、そうなるとこちらとすぐに合流というわけにはいかなくなるな。極端にいえば、お互いに相手を信じられないということか……。少し待ってくれ、対応を考えることにするよ」


 すんなり話を受け入れてもらえたのはジョエルさんの信用のたまものだろう。

 仮に彼が精神制御を受けていたとしても、こんな話をする必要が無いという理由もあるかもしれない。

 結局、聖堂騎士団の中でも小人数でお互いを監視する体制で対応することになった。

 部隊内に間者がいる場合を想定して動くようにと指示したようだ。

 それと並行してユークスだけが聖女と面会することになった。

 お互いに立場を考えれば危険のある行為だが、家族の面会を邪魔したくないという気持ちもある。


 なんとなくなのだが彼は精神制御を受けにくいのではないかという予感もあった。

 一応、理由もある。

 彼の中で穏やかに循環するオド。

 そこには澱みもなく、これなら簡単には精神制御を受けたりしないのではないか。

 一方で普通の人はマナ感知でわかるほどオドを循環させたりはしない。

 彼が相当の手練れであることも意味していた。

 敵に回したくないなと勝手なことを思う。


「兄さま!」


「マリオン! 遅くなってすまなかった、こんなことなら……」


「もう! 兄さまにはお勤めがあったはずでしょう。それを放り出してこんなところに来ている間ですか」


 ちょっと俺の想像していた感動の再会と違う。

 これまで見たことの無いような聖女様のくだけた喋り方に少し面食らってしまった。


 その後の話を聞くに、聖堂騎士を率いる彼は国内の東部で治安維持に努めていたらしい。

 妹の聖務に合わせて自分も都入りを計画していたが、いざ到着してみると様子がおかしい。

 護衛に向かうはずの同僚はほぼ軟禁状態。

 急に他の部隊が入れ替わりで向かったという。

 腑に落ちない状況から調査を開始し、ついには我慢できずに動けそうな人間を強引に集めて飛び出してきたようだ。

 ……聖女様はその行動にお冠のようだが、一人の兄として彼の行動には一定の理解を示しておこうと思う、心の中で。


「聞いたよ、実際にマリオンは危険な目にあったんだろう。なら僕の気持ちもわかってくれ」


 その一言で聖女の小言モードも少しなりを潜める形になった。


「……ご心配おかけした点については謝ります」


「今、無事でいてくれるなら構わない」


 どうやらこの人は器も大きいらしい。

 なんにせよ、兄妹喧嘩ということにならなくてなによりだ。


「カイル達が守ってくれましたから」


 その言葉に隣にいたルネさんが微笑む。


「そうだ、そのあたりのことも教えて欲しい。まだ詳しいことは何も聞いていないんだ」


「その前に兄さんにはしなければいけないことがあるでしょう?」


 待たせたままの騎士団は彼の指示を待っている。


「ちゃんとお仕事をすませたら全部説明しますから」


 そう言われたユークスはなんともバツの悪い顔をした。

 それは叱られた子どものようで、立場から考えれば幼いとすらいえる表情。

 聖女の兄ということもあるし、この人は思っていたよりも若いのかもしれない。


 仕事を思い出したユークスは的確に部下に指示を出した。

 小部隊ごとに一定の距離をあけて聖女を護衛、一部は休むローテーション体制。

 その動きは練度の高さをうかがわせ、とても寄せ集めの部隊とは思えなかった。


 彼らのうち一部は先行して都に入り、聖女の受け入れ態勢を作るらしい。

 当然、そこには今も護衛をするはずだった部隊が軟禁されており、明確に妨害派が潜んでいることになる。

 色々と心配事の多い任務になるのだが。


「それは任せてくれ。手口はだいたい掴めているからな。ちゃんと掃除をしてみせる」


 その部隊を率いることになったジョエルさんが、なにやら意気込んでいる。

 この人はどうやらこの手の工作や潜入任務を得意としているらしく、抜け駆けで聖女護衛に現れたのもその技量を評価されてのことらしい。

 そういえば、尋問なんかも板についてたなぁ。


 色々と迷惑をかけられた相手に意趣返しができるということで気合が入っているようだ。

 あまり無理なことをしなければいいが。

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