表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/170

81. 星の輝くこんな夜に

「何って、星を見てるんですよ。オリヴィアさんもやってみます?」


「それは構いませんが、その格好はやめて下さい。棺桶かと思いました」


 率直だな……、否定はできないが。

 寒さを避けるために土魔術で作った風防がそう見えるらしい。

 確かに縁起が悪いか。

 中には合繊の綿を敷き詰めてあったりして温かいのだが、見た目も重要だ。

 しかし意外だな。

 誘ったものの断られるかと思ったのだが……。


「これは失礼しました。ちょっと待ってください」


 とりあえず、風防寝台を変形させていく。

 モチーフはビーチチェアでいいか。

 それに風防をつけて断熱を施す。


 出来上がったものはコタツとビーチチェアを合体させたような謎の家具となった。

 ただ、居心地はいいんじゃないかと思う。

 なにせ元の形が元の形だから。


「これならまあ、良いでしょう。ここに座ればいいのですね」


 俺の作る奇異な道具にもすでに慣れっこになってしまったオリヴィアさんだった。


「ルネさんはどうしたんですか?」


「もうじき来るはずです。引継ぎに時間がかかるというので待っているのですが」


 精神制御対策のバディ制度のことだ。

 女性陣は人数が少ないうえに常にメイリア達の近くにいる必要があるため、組み合わせの遊びがない。

 一人ずつ交代していく感じになっているはずだ。

 相互監視を行うとはいえ、完全にいつも一緒というわけにはいかず、今後もこういったことはありえる。

 都度、対応を考えていかないとな。

 もう少し人数が増えれば楽になる部分もあると思うのだが。


「そういうあなたはどうしたのですか、たしか、ヘルゲの組だったでしょう」


「そこの天幕で酔って寝てます。すごく久しぶりのお酒だったはずですから」


 俺の相方の一人は例のヘルゲだ。

 これは監視も兼ねてということになる。

 簡易な拘束もされているしすぐそこにいるのでお目こぼしというわけだ。

 酒については、目的地が近づいて来たため、余裕を持たせていた物資を少しずつ解放したものが彼にまわってきたのだ。

 誰だって息抜きは必要で、それは罪人だって同じ。

 より強いストレス環境にある彼らこそ、ちょっとしたガス抜きには気を使わなければいけなかった。


「……そうですね。彼にはまだ頑張ってもらわなければなりませんから。今日は目をつぶりましょう。でも、あなたの方はそうは行きません。しばらくは私が監視ということになりますか……」


 ため息を一つ。

 ……すみません。でも、そっちだって同じでしょう……。

 言葉にはするものの、みんな妥協せざるを得ないのは前述の通り。


「それでカイルの方は?」


「もう来ますよ。明日の朝食の仕込みをやってくれてるんです」


 さっきまで俺もそれを手伝っていた。

 なにせ二十人からの食事を早朝から準備すると時間がかかるので、野菜の皮むきなんかは前日のうちに済ませておく。

 後は肉を漬けダレに浸したりなんかなのだが、カイルはこうした味付けを自分でやりたがるので俺はそれを待って空を眺めていたのだ。


「彼の調理の妙はこだわりによって生まれるのですね。私も家事全般学びましたが、あのように興味を持って料理をするということを考えたことがありませんでした」


 料理好きな人はたまにいると思う。

 忘れがちだが、彼女は王家の人間と近しい立場で、彼女たちにとっての食事というものは俺たちの考えるものとはかなり異なるのだろう。

 美食であることが当たり前だったり、毒見という概念があったり、そういったことだ。

 食事の違いは文化の違い。

 思えば、メイリアだってなんでもない俺たちの食事風景を興味深そうに見ていることも多かった。


「料理が趣味っていいですよね。食べ物嫌いな人って少ないですし」


 好き嫌いはあっても食事自体が嫌いな人は少ない。

 もしいても、点滴も無いこの世界ではまともに生き残れないというのもある。

 なんにせよ、美味しいごはんをつくることができるというのはそれだけで魅力的だ。


「姫様も最近は随分食に興味を持たれるようになりました。確かに、誰かに求められるものを自分が用意できるというのは楽しいものなのかもしれません」


「メイリアはそのうち、自分でも料理をやってみるって言いだしそうですね。オリヴィアさんが教えて差し上げたらどうです?」


 さすがに王女が王宮で料理というわけにはいかないかもしれないが、自分の身を守る意味でも料理ができて悪いことはないだろう。

 それに、あれだけ食べることを楽しんでいるのなら、作る側のことは知っておいて損はあるまい。


「私と姫様で調理、ですか。そんなことを考えたこともありませんでした」


「でも悪い案じゃないでしょう?」


「……そうですね。たしかに悪くありません」


 その言葉と一緒にちょっと微笑んだ気がする。

 空を見上げているので確認はできなかったが、惜しいものを見逃したかもしれない。

 しかし、こうやって少し踏み込んだ会話ができるのもまた、相手の顔ではなく星空を眺めているからなのだ、たぶん。


「こうして見てみれば、夜の空というものは綺麗なものだったのですね。星を見るものというのは、船乗りか占星術師くらいのものだと思っていました」


 結構いる、のか?


「俺も元々は航海術のために勉強を始めたんですけどね、これはこれで面白いものですよ」


 星見の勉強は海龍丸の構想とほぼ同時期になるので結構長い。

 そのわりには知っていることは少なかった。

 ロムスの港で船乗りに教えてもらったりしたのだが、どうやら星の詠み方というものは長い下積みの中で先輩から学んでいくものらしく、今一体系化されていない。

 現物を見ながら教えるものなので昼間に聞いても要領を得ないと散々だった。

 それでも少しずつわかってきたこともある。


「北極星という言葉をご存知ですか?」


「船乗りが標にする北を示す星のことですか」


「そうです。ほとんどすべての星が動く中、唯一ほとんど動かない星」


 この世界にも北極星ポーラスターというものがある。

 地軸の延長線上にあり、この惑星の自転の影響をあまりうけない。

 そんな特別な星。

 逆説的に言えば、おそらくこの世界もまた球状の形をしているのだろう。


「この星を中心に、他のすべての星はゆっくりとまわっています。その星々の並びに意味を見出す人たちもいる」


「占星術師たちですね」


「ええ、彼らは星の動きで未来を読もうとする。けれど、牧童たちも同じことをしているんですよ、それもただの暇つぶしで」


「術としてではないということですか?」


「そうです、彼らはたった一人で一日の大半を過ごす。まわりにいるのは牧羊と小型の魔物だけ。そんな環境で早朝、あるいは夕方に少しだけ見ることができる空に物語を描いたんです」


 生活に余裕の無い下々の者には娯楽も少ない。

 日がな一日、一人っきりともなれば空想を趣味とするのは理解できる話だ。

 俺には生まれたばかりの頃の記憶があるため、他にやることがない彼らの気持ちも結構わかってしまう。


「お話?」


 オリヴィアさんは理解できないという表情で言う。

 どうやら、これまで習い事と仕事で忙しい日々を送って来た彼女は無為な行動というものが理解できないようだ。


「そうです。例えば、あっちの方に七つ、目立つ星があるのがわかりますか?」


「……あれでしょうか?」


 星の数を目算していたオリヴィアさんが答えた。


「そうです。あの組み合わせを牧童はウルフ、狼座と呼んでいます」


 この世界にも星座がある。

 俺はそこまで前世で詳しくなかったのだが、カシオペアや北斗七星らしきものを見たことは無いので恐らく星の並びから異なるのだと思う。

 だから、ここは地球ではない星、あるいは異なる宇宙なのか。

 観測できた事実から考えられる天文学や物理学的知見は計り知れない。

 残念ながら理解してもらえる相手がいないが。


「一つの星ではなく七つ全部で狼座なのですね」


「星の組み合わせで絵を描いたのでしょう。残念ながらどのあたりが狼なのかはわかりませんが」


 その言葉に、「私もです」という回答が返ってくる。

 ですよね。


「牧童にとって狼は忌まわしき存在でしょう、そんなものを描いてどんな意味があるのでしょう」


「そこが物語なんです。さっきも言いましたが、星は絶えず動いている。その行先にあるあの四つ、近くにある星が見えますか」


 そこで一息、彼女が星を見つけるのを待つ。


「それが牧羊、羊座なんです。狼は羊をずっと追いかけ続けているんですよ。だけど現実と違っていつまでたっても捕まえられない。もしかしたらゲンを担いでいるのかもしれませんね」


「まさに物語なのですね……」


 理解してもらえたようだ。

 その先に牧童の星座や蛇座等もあることを説明する。

 流石に自分しゅじんこうの座だけあって豪華で大きな星座だ。

 どこの世界でも主人公は活躍させたいものらしい。


「他にも双子座なんてものもありますよ」


 なんとは無しに続ける。


「これはちょっと変わっていて、北極星を挟んで真反対に二つあるんです」


 少し遠いので探すのに時間がかかる。

 どちらも六つの星の連なりで良く似ている。


「さっきの話と同じでよく似た双子なのにずっと堂々巡りをして出会うことができない座なんです。双子の末席としてはちょっと受け入れたくない話ですね」


 茶化しながら説明した。

 実際俺たち兄弟とは全然違う話だと。

 しかし、オリヴィアさんはその話を聞いて少し黙りこんでしまった。


「対極にある六連星むつらぼし……、巡り合えない……」


 ちょっと様子がおかしい。


「どうかしましたか?」


「いえ、失礼しました。占星術で似たような話を聞いたことがある気がしたのです。思い出せないということは大したことではないのでしょう」


 占星術か。

 民話の星座と異なり、そちらの方については俺はほとんど知らない。

 一方で高位貴族の近くで過ごして来た彼女はそういった学術的なことに触れる機会もあったのかもしれない。

 しばらく、同じ星の並びに対するそんな違いのことを話しているとようやくルネさんがあらわれた。

 マナ感知によると、カイルもこっちに向かっている。


「わ、これは何をしていらっしゃるのですか? 椅子の様に見えますが」


「兄さんが作ったんだよね、星を見るためかな」


 そんなことを言いながら星見椅子の点検を始める。


「ああ、試しにつくってみたんだけど、結構快適だぞ。座ってみるか?」


 問いかけると二人とも結構乗り気だったので同様の椅子を作ってサービスでコタツ部分を暖めておく。

 これでいいだろう。

 コタツの魔力に屈するがいい。


「あったかーい」


「これは、ちょっと出られなくなりそうだね」


 秋も終わりに近づく寒さに効いたようだ。

 これは改造して飲み物を置く場所とかも作れば人気が出そうだな。

 色々考えてみてもいいかもしれない。


 そうして、四人で星の話を続けながら少しだけ時間を過ごした。

 もう目的地エルトレアは目の前だ。

 また護衛の日々が待っているのだから、たまにはこうした時間もいいだろう。

 息抜きが必要なのはヘルゲだけではないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ