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78. 虎穴に入らずんば(上)

「たっ、助けてくれ。何でも話す。俺は頼まれただけなんだっ」


 近づく俺たちに気が付いた指揮官らしき男は開口一番にそう言った。

 本当にこんな命乞いをするやつがいるんだな。

 なすすべもなく蹂躙される可能性があったこちらとしては怒りしか湧いてこない。


 ちなみに体勢はお決まりの首から下が地下埋め込みの刑だ。

 より一層情けない様子が協調される。


 ジョエルが一歩、歩みを進めて剣を抜いた。

 それを男に向けて振り下ろす。


「ひっっ!」


 振り下ろされた剣は男の耳元をそれてすれすれの所で地面を穿っていた。

 ジョエルはそれをそのまま立てに突き刺す。


「助かりたければ無駄口を叩くな。いいか、こちらの質問にだけ答えろ。我々にはお前の命にこだわる理由は無いんだからな」


 他のやつらが拘束されている方に目を向けながら話す。

 なかなか堂に入っている。

 上手なもんだ。


「わ、わかったっ」


 それ以上何か話せばすぐ隣の剣が振り下ろされると思ったのだろう。

 動かせない首をなんとか縦に振りながらそれだけ答えた。

 さて、尋問の始まりだな。


「お前たちは何者だ」


「し、知らん、本当なんだ、剣を傾けないでくれ」


 自分の方に向けて倒される刃から必死に耳を守ろうと動くが、それだと逆に頸動脈きゅうしょがあらわになって危ない。

 気を付けた方がいいぞ。


「自分のこともわからないと?」


「俺は元々騎士だったんだ! 団の金に手を出そうとして打ち首になりそうだったところで声をかけられたんだ! 神敵を討てば別の名前と金を貰えるって!」


 どうしようもない奴だがどうやら以前はそこそこの地位にあったらしい。

 こんなのが身内にいるとその騎士団も大変だな。


「なら他の者は?」


「それがわからないんだ。っやめてくれ、話す、話すから。あいつら全然自分のことを話さないんだよ! 俺はリュートの街で物資や装備一式を渡されてこいつら騎士団を率いるように言われたんだ。この道を神敵の女が通る。護衛に守られているはずだが、こいつらを使ってそれを討てって言うんだよ。どうやって見分ければいいんだよって聞いたら、相手は不遜にも聖女を名乗る。あるいは隣国の姫君の振りをするかもしれないから確認しろって」


 ……今、気になることを言ったな。


「その程度の情報で我々を害しようとしたのか」


 静かに語気を強めてジョエルさんが言う。

 これは演技じゃない聖女様の敵への本当の怒りだな。


「すまないっ、この通りだ。俺が悪かった。この作戦を遂行できないなら俺は処刑場行きだって言われたんだっ」


 身動きのとれない状態で何がこの通りなんだろうか。


「……役立つ情報を吐けるうちは殺さないでやる」


「っっ、司祭だっ、司祭服の男に言われてやった! 俺を牢から出したのもその男だ。あんなところに出入りできる人間はそんなにいないはずだ! 調べれば誰かわかる! 俺だって、おかしいと思ったんだ……、あいつら、言うことは聞くが話は通じないし、あんたたちが聖女だって名乗ったら、命令もしてないのにぞろぞろ出てって突撃しようとするし、絶対おかしいって思ったんだ、だから逃げようって――」


 そこまで続けたところで、ジョエルさんが剣を一度引き抜き再度地面に突き立てる。

 今度はちょうど耳に刃があたる位置で……。


「質問にだけ答えろと言ったな?」


「――っっっ!」


 その鬼気迫る様子に悲鳴も飲み込んで涙を流しながら頷いている。

 思い出した、昔、ウオスを越えるときにゼブも似た様なことをやっていた……。

 命に別状はないかもしれないが、血が少しずつ流れ続ける様子を見るのはあまり気分の良いものではない。


「さっき王女という言葉を口にしたな。そこについて詳しく話せ。内容によっては止血してやる」


「余所の国と内通してるんだって。護衛をつけた十四、五の年頃の女を殺すか連れてくるかしろって言われたんだ。俺だって――」


 何か言おうとしたところでジョエルさんににらまれて慌てて口をつぐむ。

 相手が狙っていたのは聖女様だけじゃない?

 もしかしたらターゲットにはメイリアも含まれていた?


「事実だけ続けろ」


「俺が聞いたのはそれだけなんだ……、いや、相手は十中八九聖女を名乗ると言われた。他の立場を名乗ったらその後もしばらく警戒を続けろって」


 ついにすすり泣き始めてしまった。

 顔色も真っ青になっている。

 この程度の出血なら命に別状はないと思うが、約束なので適当に合成繊維で綿と包帯を作って止血してやった。

 男はその様子を茫然としながら受け入れていた。


 その後もしばらく尋問を続けたが、新たにわかったことは多くない。

 一つはこの男と同じ様な立場の人間が部隊内にあと二人いるはずだということ。

 彼らは近隣の街で人を雇って馬車の出入りを監視。

 条件の合う対象を交代で探していたようだ。

 この件の成功報酬として多額の金銭が約束されており、随分と勤勉に働いていたみたいだな。

 そして重要なのは、彼らがリュートの街で上位者と思しき相手と連絡をとる約束になっているということだ。


 実際に二人を見つけ尋問を行ったが知っている情報は似たり寄ったりだった。

 さすがに最初の男ほど情けない様子は見せなかったが……。

 よく、たった三人で百人を超える部隊を動かしていたものだと思うのだが、どうやらこの部隊、彼らの命令にはかなり真面目に従うらしい。

 それだけに聖女の名前を聞いた時の命令無視にはかなり戸惑ったようだ。

 最低限統制のとれた動きをするし、馬に乗れるものまでそれなりの数がいる。

 一方で人間らしい機微には欠ける百名を超える人員。

 あまりにも怪しい……。


「恐らく、薬物、あるいは魔術を使用した精神制御を行っていると思います」


 オドとマナの扱いを修練してきた俺の感覚で言えば、魔術でだれかの精神に影響を与えることは可能だと思っている。

 とはいっても恐らく秘術のはずだし、この人数を制御するのは並大抵のことではないが。

 あるいは何等かの遺物や魔術具を使用しているのかもしれない。


「では、情報の収集は難しいだろうか」


「これ以上は話を聞いても得られることは少ないかもしれません。ただ物的証拠はかなりありますから、その辺を洗っておきましょう。ドルー伯の鎧だけでもわかる事は多いはずです。これだけの人数ですからもしかしたら彼らの出自の手がかりがあるかもしれません」


 結局一日仕事となってしまったが新しい情報は出てこなかった。

 念のため証拠品として武具の一部や怪我の無い騎馬を連れて移動することにする。

 流石に百を超える兵ともなると連れ歩くわけにもいかず、例によって拘束してあるのだが、彼らはある時からぱったりと静かになってしまった。

 まるで電池が切れたかのようだ。

 正直言ってかなり不気味なのだが騒ぐよりマシなのでそのままにしてある。

 街道は開けるようにしてあるし、罪状を地面に記録しておいたので悪戯者が触らないことを祈るのみだ。

 賢明な人ならまず近づかないとは思うが。


 すっかり時間を使ってしまったので予定していた街に到着することもできずに別の村落へ宿泊する。

 そこには運のいいことに衛兵、といっても農夫が槍を持って立っているだけだが、がいたので顛末を知らせ、賊の集団が拘束されている事実は後日、近隣の大きめの街へと知らされることになった。

 この国にあって聖女の御威光は絶大で、無茶な話ではあったがちゃんと聞いてもらうことはできた。

 例の指揮側の人員を含め、ごく少数は証人として連れてきてあったのだが、四、五人しかいないこの村の兵には荷が重いためここでの受け渡しは行われなかった。

 そして――





 エトア特有の木と石で造られた建物が並ぶ路地裏。

 おどおどと何かを恐れるかのように一人の男が歩いて来る。


「止まりなさい」


 そこに現れたマントの男が声をかけた。

 怯えた方にとっては急に出てきたように見えたはずだ。


「ひっ……、あんたか。お、脅さないでくれよ……」


「無駄口はいい、報告しなさい」


「い、言われた通りやったよ、聖女が通ったから全員で襲撃した」


「聖女ではありません、そう名乗る者です。いいですね、神敵なのですよ。しかし、そうですか、やり遂げましたか」


 たしなめるような声から一転、喜びを抑えきれないと言った調子で男は続けた。

 ……こいつは頭がおかしい、そう決めた。


「人数が違うから、囲んで捕まえようとしたんだよ。だけどなんだあいつら、いきなりこっちの言うことも聞かずに突撃しやがって……」


 ……こっちの男も結構役者だな……。

 今回はそれでいいが、個人的にはマイナスポイントだ。


「っっふふっ、ははっ、そうですか、やりましたか。良いのです。彼らは神敵を相手に我慢できなかったのでしょう。悪を討つことができたなら構いません。それで不届き者はどうしましたか?」


 ついに喜びを抑えきれないといった様子でマントの男が続ける。


「……言われた通りにむしろにくるんで運んである。……でも酷いありさまだぞ、あいつら話を聞かないから……」


「神に背いた罰なのです。当然の結果でしょう。こちら側に被害はありましたか?」


「相手だって死に物狂いなんだ、二十人近く死んだよ。それもこれも命令を無視するからだ。怪我人も多い。死んだやつは路肩に並べておいたが、本当にあれでよかったのか? 鎧だって安いものじゃないだろう」


「指示に口を出さないように。……しかし、よくやってくれました。これで良いのです。……あとは――」


 ここまでか、ちょうど胸糞悪い会話にも飽きてきたところだ。

 屋根から飛び降りた俺はそのまま相手を踏み潰す。


「ぐがっ、がふっ」


 一応ロープで安全帯を作ってはあるがほとんど全体重をかけた。

 マントの男は数十キログラムに数メートル分の重力加速度をうけた一撃でなすすべもなく地に伏すことになる。

 しかし、この男、見た目よりかなり鍛えているようで踏みつけた感触ががっしりしている。

 気を失ったりもせずに取り押さえられたまま懐で何かをとりだそうとした、これはまずそうだ。

 右足でその手を強く踏みつけると急いで魔術による拘束を始める。

 なんとか相手の動きを抑え込んで確認してみれば、その右手には刃渡りこそそこそこだが凶悪な形をした薄いナイフが握られていた。

 強度よりも軽さと鋭さを優先した形状。

 人を殺すために特化した武器だ。


「お、おい、もうちょっと話を聞き出す予定じゃなかったのか?」


 もう一人の男、集団を指揮していた例の一人は両手で顔の辺りをかばっていたが、落ちてきたのが俺だと気が付いて恐る恐る話しかけてきた。

 どうやら、自分が口封じのために殺されかけたということにはまだ気が付いていないらしい。


「がっ、お前、まさか!」


 俺の下からうめき声混じりの声がする。

 多少なりとも丁寧だった先ほどの口調も今は露ほどもない。

 実際、マントの男が言うまさかだった。

 つまり、こいつは囮捜査に引っかかったのだ。

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