76. 揃った手札
「女神の……、託宣」
「失礼ながら、マリオン様も目的は同じなのではないでしょうか?」
「……その通りです」
「ここに二人、目的を同じとする人間がいるのです。聞けば、そこには命を付け狙う刺客もいるとのこと。少し詳しく情報交換をするべきでしょう。私たちは協力できるはずです」
「……ルード、ジョエルさんを呼んできてください。詳しい話は本人からしてもらいましょう」
そういって使いを出したのだった。
ジョエルと呼ばれた男性は汚れた鎧姿で現れた。
まさに先ほどアムマインに到着したばかりなのだろう。
その顔にはうっすらと疲れと焦燥が見える。
「このような姿で失礼いたします、マリオン様」
「私たちのために急いできてくれたのでしょう。それを咎めたりはしません。疲れている所に悪いのですが先ほどの話、詳しく教えてもらえませんか。今後の話を考えたいのです」
「しかし……」
そういって、こちらの方を目線だけで見渡す。
警備情報はトップシークレットなのでその反応は正しい。
「この方たちは信用できます。すべて、話してしまって構いません。今必要なのは時間と正確な情報なのです」
「……承知いたしました。私共はマリオン様護衛のため、予定通り兄君、ユークス様の指示に従って聖堂騎士団副長以下六十名からなる護衛団を編成、エルトレアよりお迎えに上がろうとしておりました」
騎士はこの世界において一人一人の戦力が最も高い戦闘集団だ。
それを六十人となると多少輜重隊がいるにしてもかなり力が入ってると思う。
さすがの聖女様の護衛ということだ。
一方でそれだけ聖都周辺が彼女にとって危険であるということも意味する。
ユークス?
話の流れからすると聖女様のお兄さんだろうか。
「しかし、出発する当日になって教会の使者を名乗るものが書状を持って現れたのです。そこにはマリオン様の護衛はドルー伯領騎士団が行う。既に現地に向かっており、新たな人員は不要と書かれておりました」
「ドルー伯ですか」
「その書状はユークス様の指示でもあるというのです。しかし、このことを不審に思ったリオネル副長が私を確認のためと称して先遣していた五名に合流させ、そのまま現地に向かうように遣わせたのです」
そして嫌な予感を胸に到着してみればドルー伯軍とやらは影も形もなかったと。
「道中、山賊らしきものに襲われましたが、普通あの手の者が騎士を襲うことはありません。なんらかの妨害工作だった恐れがあります」
聖都とここの連絡を断つ目的だろうか、念入りなものだ。
この人はそれを突っ切って来たわけだ。
苦労しているな。
「よく無事でここまで参ってくれました。その様子だと、残りの騎士は聖都を出ることができずにいるということですね?」
「恐らく。リオネル様は追って使いを出すとおっしゃっていましたが、一日、二日の間にそれが到着しないようであれば身動きがとれない状況であると考えられます」
「ありがとうございます、そちらの到着を待ちましょう。ジョエルさん、ご苦労様でした。領主様にはこちらから話しておきますので、旅装を解き、ゆっくりと休んでください」
「しかし」
「あなたたちの力はいずれ必要になります。その時にそのような顔をしているようでは困りますよ」
「……失礼しました。ご配慮感謝いたします」
そういって退室していった。
この後、どうするべきかという話であれば、選択肢は大きくわけて二つある。
一つはこれまでのようにお忍びを続けて隠れて進む方法。
「マリオン様、二手に分かれましょう。私が先に兵たちと一緒にエルトレアへと向かいます。マリオン様はカイル達と一緒に後から参ってもらえれば――」
ルネさんが言う。
彼女は影武者として自身の身を危険に晒すというのだ。
この世界の貴人の守り方としてはそうおかしなことではないが……。
「なりません」
しかし、その方法を聖女様は途中で遮って断った。
その言葉は強い意志を感じさせるものだった。
「かつて過ごした聖都へと近づけば、私の顔を知るものは多くなります。身代わりの効果は薄いでしょう。そこで人を分けるのは単純に危険です」
それに、情報を相手に漏らす確率も上がる、か。
しかし実際のところ、この発言は彼女の建前なのだろうなと思った。
彼女は彼女なりに我儘なのだ。
しかし身内を危険に晒したくないという当たり前の気持ちには賛成できる。
「だからと言って無策に進むわけにはいきません。待ち伏せに会うはずです!」
そしてもう一つの方法が正々堂々と聖都への道を進むやり方だ。
あまり選びたくない選択肢だろう。
なにせ、今回護衛の戦力をそいだからといって聖女の到着を阻止できるわけではない。
そこには必ず次の手が打ってある。
どういった方法があるか検討を続ける彼女たちだったが、俺たちにはもう一つ選ばなければならないことがある、
いや、正確に言えばあった。
それはそもそも彼女たちと共に進むかどうか、だ。
彼女たちの敵が俺たちのことをどう考えるかはわからない。
しかし少なくとも現時点で俺たちの敵はこっちを見失っている公算が高い。
目立つ聖女の近くを避け、ひっそりと聖都をめざせばどうにかなる可能性はあると思う。
しかし、そんな皮算用もあまり意味のあるものではなくなってしまった。
そういったことをわかった上でメイリアは聖女様に身分を明かしたからだ。
おそらくメイリアが今回の外遊で果たしたい目的というものに聖女は欠かせない要素なのだと思う。
そして、カイル達の心情。
これらのことを考えれば、すでに選べない選択肢だった。
――ここはまた切り札の切りどころかな。
明らかに自分が関与するべきではない面倒ごと。
それがカイルとルイズの身近で起きているということが分かった時点で俺はこうすることをなんとなく決意していたのだと思う。
だからどこか他人事の様にこれまでの流れを見ていることができた。
とっくに覚悟が決まっていたのだ。
「もしも、俺たちを、いやこれまでのカイルとルイズの働きを信用してもらえるのならば、話を聞いてもらえませんか?」
道の無いところにどうにか進むべき先を探そうとするように議論するみんなに、割り込むように発言する。
これから俺がする話は到底信じられないようなことだ。
それをなんとかみんなに受け入れてもらわなければならない。
それがこの作戦の第一歩だった。
河港アムマインから聖都エルトレアへと続くラテル街道、通称、神貢街道。
女神の恵みである鉱物資源をローゼ川を使って運び、聖都へと導く最後の道であるためにそう呼ばれる。
なぜ神の恵みを貰うのに貢という言葉になるのかはよくわからない。
何か宗教上の理由があるのだろう。
そんな大仰な道はやはり人通りが多く活気に満ちていた。
長かった旅の終わり。
目的地である女神の都までの最後の道程を俺たちは最も正攻法な形で進んでいる。
つまり、アムマインで合流した騎士を含め全員で、一般的な道を、持っているすべての馬車で急ぐことなく進む。
隠れるわけでも急いで振り切るわけでもない進み方。
全員で二十人にも満たない護衛。
無策ではあるが、結局人通りの多い道というのは暗殺には向いていないのでそのまま進むことにしたのだ。
こうすることで相手がこちらを襲うタイミングを限定するやり方である。
その旅は当然のように平穏で、当然のように人気の少なく見通しが悪くなるごく一部の地域で、待ち伏せにあった。
当然、俺たちの想定通りに。
今回使うことにしている切り札というのは特別なものではあっても特殊なものではない。
ただ全力で戦う、それだけだ。
これまでの旅路で徹底して逃げ隠れしながら進んできたのは、少しでも人的被害を抑えるためだった。
敵に会わなければメイリアは傷つかない。
護衛のみんなも傷つかない。
そして、『敵だって』傷つかないのだ。
ナッサウ軍がそうだったが、暗殺者の正当性はともかく、敵の多くは悪意を持って襲ってくるのではなく立場上の命令の元に襲ってくる可能性が高いことは承知していた。
そんな相手にも被害を出さないという甘い選択。
それが逃亡だった。
それを今回は、やめる。
どうせ、目的地に到着すれば、そこで敵に見つかる可能性はあった。
彼らが一番来てほしくない場所こそが聖都だからだ。
だからどこかで武力衝突は発生すると思っていたのだ。
そして、それに負けるつもりはさらさらなかった。
人数は相手が上。
普通に考えれば勝てない。
そんな敵でも最初から打ち破るつもりだった。
うぬぼれにみんなを巻き込むつもりはない。
これまで培ってきたものをできるだけ冷静に評価してきた結果の考えだ。
アムマインに到着する前ならともかく、今は聖女の護衛として騎士が何人も増えている。
それは護衛対象が二人になったとしてもおつりがくる戦力増強だった。
そしてなによりもカイルとルイズがいる。
そう簡単に俺たち三人を一度に打ち破れるとは思わないで欲しい。
そんな頭のおかしいと思われても仕方のない作戦を、みんなはなんとか受け入れてくれた。
メイリア達は比較的すんなりと。
聖女様たちもカイルとルイズの言葉で。
これは、この旅の中で俺たちが育み勝ち取った信頼そのもの。
ここまで来なければ切ることのできない手札だった。
ジョエルという神殿騎士は俄かに受け入れがたい提案だったと思うが、それは聖女様が説得した。
彼らには問題が起きたときに、聖女と王女、二人の貴人を護衛して逃がすことを頼んでいる。
そのときは俺たちが時間稼ぎをすると。
万全の信頼を勝ち得たとは言えない。
でも、多少は信じてもらえたのではないかと思う。
そして目の前にいる待ち伏せ。
数は想定していたよりずっと多い。
武装した百人を超える人員がいるようだ。
この場所に配置できる最大人数を置いたという感じだろうか。
だからといって負けるなんて露ほども思わない。
俺たちを捕まえたかったらその十倍は必要だ。
彼らはまだ俺たちの集団がターゲットだとは決めきれていない。
こちらが先制できる。
魔術戦の肝は事前の準備だ。
セオリーに従ってそれを始めよう。




