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44. 原点

「おかえり、随分早かったね。予定では明後日到着じゃなかったかい?」


 帰宅の挨拶と荷物の積み下ろしを終えた俺たちが、暗くならないうちにと馬車の整備を始めたところでクルーズが事務所から帰って来た。

 予定よりかなり早い到着に驚いて目を丸くしている。


「ただいま。馬車の調子が想定以上に良くてね。これから状態を確認するけど、もしかしたら定期便の期間はもう少し短縮できるかもしれない」


「もっと短く? それは凄いな。しかし、本当に自分たちの力だけで帰って来たんだなぁ」


「俺たちだけの力じゃないよ。王都のみんなも協力してくれたしそれに――」


 チェックシートを持って馬車の確認をしていたフヨウを呼ぶ。


「――心強い保護者がいてくれたからね。この子がフヨウだよ。こっちは俺たちの父親のクルーズ」


「お初にお目にかかります。御屋形様」


 優雅に一礼する。

 久しぶりに見るよそ行きのフヨウだ。


「君がフヨウか。うちの子たちを守ってくれてありがとう。いつも話を聞いているよ。勝手なことを言うようだけど、僕たち夫婦は君のことも娘の一人だと思っている。今日から君もそう思ってくれると嬉しい」


 クルーズたちはフヨウの境遇を知っている。

 その上での言葉だ。

 戸惑うフヨウを見て続ける。


「それに実はちょっと下心もある。君はベルマン商会で経験を積んだっていうだろう。今この街は色々と手伝って欲しい仕事が多いんだ」


 父さんなりに距離を縮めるための発言なのだと思うが、それは困るな。


「父さん、うちの人材の引き抜きは困るなぁ。そういうのは社長を通してもらわないと」


 フヨウにも意図が通じたのだろう。

 ちょっと表情が柔らかくなった。

 これからの暮らしで、少しずつ良い距離感を見つけていくだろう。

 父さんも母さんもそういうことは得意だ。


 しかし、今回の冗談も半分は本気なんだろうなぁ。

 持ち帰りの書類の量が昔より多い。

 街が活況ならクルーズが忙しくないわけがないのだ。

 見た目も心無し疲れている。

 今回の滞在は結構余裕が出来たので書類の整理くらい手伝ってもいいかもしれない。


「これが例の馬車かい? ここは布を使ってるのか、これはなぜだい?」


 忙しくても面白そうなものには飛びつく。

 これがクルーズの優秀さの理由であり忙しさの理由でもあると思う。


「もともとそこは何もなくてもいいんだけど、泥が入ると部品の消耗が早まるからできるだけ軽い素材で覆ってるんだ」


 なるほど、とか言いながら色々とチェックして周っている。

 このままだと夕飯の時間までずっと見ていそうだ。


「ご入り用でしたらロビンス商会までお声がけ下さい。格安でお売りしますよ」


「買うなら試作の払い下げもありかなぁ、これはなかなかいい出来だ。しかし、その会社の名前はやっぱり落ち着かないね」


 笑いながら答える。

 我が家の家名であるロビンスは元々クルーズの生まれた地域の名らしい。

 息子がその名前で店を持つのは不思議な気持ちなのだろう。

 そんな軽口をたたきながら、遅れてやってきたカイルとルイズを抱きしめている。

 せっかくの帰郷だ。

 こっちにいる間はちょっとくらい仕事を手伝って親孝行をしなきゃな。


 馬車の状態は想定ほど悪くないので清掃以外のパーツ交換は行わないことにする。

 もう一度使って耐久試験を行うのだ。

 今回のロムスへの滞在は三週間程度。

 次に王都に行くときも全員で向かって今度は二台に分かれて戻ってくる予定だ。

 まだ、こっちにはちゃんとした整備場が無いのでこちらに居る間はそのあたりの準備や人材確保のために動くことになる。

 全員で動けば余裕はあるはずなので父さんの手伝いと家族の時間は確保できるだろう。

 後は趣味の研究も。

 なんだかんだいってやりたいことはたくさんある。

 でもやりたくないことは一つもないのが幸いだ。


 夕食の席は非常に騒がしいものになった。

 いつもの広間での晩餐ではなく、庭でバーベキューを行うことにしたからだ。

 俺たちが予定より早く帰ってきてしまったので夕食の準備が間に合わなかった。

 それでもイルマとクロエは無理をしてどうにかしようとしていたところに俺がこの方法を提案したのだ。

 運よく帰り道で獲物が取れたこともあり、それ向けの食材が充実していたこともある。

 あとは備蓄の夏野菜を切り分けて調味料を準備すれば体裁が整う。

 机やコンロは俺とカイルが魔術で準備した。

 その様子にアリスとケイン、弟妹組は大喜び、あまり魔術を見ることのなかった大人組も興味津々だ。

 よーしお兄ちゃんたちがんばっちゃうぞー。

 基本は立食スタイルでいこう。

 食事を皿に取ったら休憩できるようにベンチの準備も終わった。

 さあ楽しい夕食の始まりだ。


「旅の途中はこんな風に食事を摂っているの?」


 エリゼ母さんに話しかけられる。

 このアイデアは野営食がもとだと説明したからだ。


「いつもはもっと簡単にするけどね。人がいない場所なら大抵魔術で準備して食べてるよ。単純だけどフヨウの味付けおいしいでしょ?」


 旅の雑用は全員で分担するが、料理についてはカイルとフヨウが上手だった。

 俺とルイズは味見班だ。

 甘味についてだけは並々ならぬ熱意によってルイズが力を発揮するがあまり日の目を見ることはない。


「先に香辛料を温めておくだけでこんなにおいしくなるのね。今度味付けを教えてもらわなくちゃ」


 そういって、ニナの相手をしているフヨウを見つめる。

 ニナはルイズの妹で一歳ちょっと、まだまだ甘えん坊だ。

 最近のフヨウはいつも誰かの面倒を見ているな。

 お姉ちゃんパワーが高まりすぎではないだろうか。


「ねえお兄ちゃん、王都のお話聞かせて?」


 今度はエリゼに世話されながら串に刺した肉と格闘していたアリスに話しかけられる。


「そうだなぁ、あそこに置いてある馬車があるだろう――」


 最近はずっと馬車の開発ばかりしていたので、必然内容もこのことになる。

 女の子にはつまらない話題かなとも思ったのだが、熱心に話を聞いてくれた。

 良い妹や……。

 ご褒美にその場で魔術を使って馬車の模型を作って説明を続ける。

 その様子にケインやゼブまで集まってくる。

 男の子はいくつになっても模型が好きなのだ。

 収拾が付かなくなってきたのでアリスとケインに模型をあげて、滞在中に馬車に乗せる約束をすることになった。

 ゼブが寂しそうにしているが、そのうち現物に触ってもらうから!

 貴重な男手なんだから手伝ってもらわない手はない。

 なんだか手って言葉をたくさんつかったな……。


 笑い声の絶えないロムスの夜が更けていく。

 やっぱりここが俺たちの帰る場所だ。





 三週間を予定通りの活動に目いっぱい使った俺たちは再度王都に向かって出発した。

 遊び足りないアリスに引き留められたりしたのは兄冥利につきると思うべきだろうか。

 ともあれ、さすがに最近通った道で困ることもなくアーダンへと到着した。

 恒例の馬車チェックだが、さすがに車軸部分の部品の損耗は気になるが想定の範囲内だ。

 これなら王都まではちゃんと走るのではないかと思う。


 そして、この街でのもう一つの用事。

 ジュークとテッサに会うために二人に連絡をとる。

 彼らが定宿にする予定だと言っていた犬鷲亭は一階が食堂になっていた。

 中に入ると取次ぎを頼むまでもなく奥からテッサが出てくる。

 どうやら宿泊中、この店で働くことで宿代を節約しているらしい。

 残念ながらジュークは近隣の村に泊まり込みの依頼に行っているため明日まで帰って来ないようだ。

 俺たちが少し早く到着してしまったので予定とずれてしまっていた。

 もうしばらくしたら時間が取れるというのでそれを待って先にテッサと話をすることにした。


「あれからジュークと話をしたか?」


「兄ちゃんは魔術の話は全然しないよ。でも二人で毎日文字の勉強してる。ねぇ、わたしが文字を読めるようになったら王都に連れていかれるのかな?」


 フヨウの問いかけにテッサが不安そうに答える。


「約束、したんだろう。テッサが嫌ならジュークはそんなことはしない。それは信じてやれ」


 テッサの表情が少し明るくなる。


「そうだね、兄ちゃんは約束は絶対守るもん。わたしが間違ってた」


「テッサは、もしジュークも一緒に王都で暮らしたいって言ったら、それでも魔術院には行きたくないの?」


 今度はルイズの言葉だ。

 この件に関してはルイズはいつになく積極的に関与していた。


「……兄ちゃんがいるなら場所なんてどこでもいいんだ。でも兄ちゃんには魔術の才能が無いんでしょ。だったらそれは無理だよ」


 そうだろうか。

 俺たちは王都に住んでいた時、魔術院以外の友達も沢山いた。

 克技館にや橘花香のみんなはほとんど毎日会っていたようなものだ。

 フヨウだってその一人だし。

 ここには二人のわだかまりに対する解決の余地があるような気がした。


「一緒にいたいって願って、そのために行動するなら多分それは叶うよ。魔術ってそういう力だから」


 ルイズにしてはなんというか夢溢れる表現だな。


「アイン様がそう言ってた」


 ……とても恥ずかしい。

 それはルイズの言葉にしておくほうが信用してもらえるのではないだろうか。

 それでもテッサはこの言葉を信じてくれたらしい。

 何事か考えるように頷いている。


 その後はちょっとした日常の話をぽつぽつと続けていく。

 他愛ない話ばかりだったが、それでも彼女の気持ちを軽くすることができたのか、最初より明るい表情を浮かべている。

 読み書きについては冒険者でも店番でも知っておいて損が無いということは彼女も分かっているようで、勉強は続けたいと言っていた。

 この日はそのために欲しいという教材の話なんかを聞いて短い休憩時間は終わりになった。


 翌日、所用を済ませて再度犬鷲亭に向かう。

 今日は予定通りジュークに会うことができたが、逆にテッサは仕事を抜けられないとのことだった。

 予期せず個人面談を繰り返す形になってしまったがそれでよかったかもしれない。

 お互いがいることで話しにくいこともあるだろう。


「この間の勉強用の紙、ありがとうな。あれって結構高いんじゃないか?」


「魔術で作った特別製だよ。俺たちは読み書きの練習を推奨しているから、いろいろ作ってる試作品のひとつなんだけど良かったら感想を聞かせてくれ。テッサはもっと絵が欲しいっていうからもう一枚用意しておいた。あと、これは文字の練習用の蝋板って道具。使い方は後で教えるよ」


 そういってまとめて渡す。

 これも今回の目的の一つだった。


「なんでここまで……」


「言ったろ、使った感想が欲しいんだ。紙とインクも渡すからさ、今度会った時にまとめて感想書いて渡してよ。勉強になるだろ」


「ははは、そりゃあ手を抜くわけにはいかないな。確かに勉強になる」


 そういったジュークは表情を変えて続けた。


「あれからな、この間遠出したときも一人で色々考えたけど、あいつは魔術を勉強するべきだと思う。文字の勉強だって俺より得意なんだ。うまくやれるよ」


「その気持ちを本人に伝えた?」


「……いや、なんの話も出来てない。怖いんだよ。あいつがなんて答えるかもわからねぇ」


「なぜ、怖いと思うか考えたことはあるか?」


 フヨウの言葉でジュークの瞳に迷いが映る。


「それだってわからねぇ。ガキの頃に大人に殴られたときだって、魔物と初めて戦ったときだって怖かった。いつも俺は、それをぶん殴って解決してきたけど、今回ばかりはそうはいかねぇ。そういえば、あんたたちの時もぶん殴って解決はできなかったんだな……」


 自嘲気味な言葉の中に、何かヒントを見つけた様だった。


「俺は考えるのは苦手なんだ。なあ、世話になってばかりで悪いんだがもう一つ頼まれてくれないか?」


 乗り掛かった舟だ。

 多少のことなら構わないが。


「何を手伝ったらいいんだ?」


「そんなに難しいことじゃねぇ。初めて会った時にあんたたちの師匠に稽古の付け方を教えてもらったろ。あのときは棒きれを振って分かったことがあった。だから、また、あんたたちに稽古をつけて欲しいんだ。今度はテッサもいるときに。こういうの、初心に帰るっていうんだろ」


 それは少し不思議な、でもジュークらしい気がする、そんな願いだった。

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