42. 宝石の価値(上)
手短に事務手続きを終えた俺たちは冒険者ギルドを出ることにした。
念のため受付でジュークという男のことを確認したが、特に見覚えは無いと言われてしまったからだ。
「宿はどこなんだ?」
「まだ決めてないよ。この後探す予定だったの」
拠点を決めずにうろうろするのはあんまり良くないな。
「どこまで一緒にいたか覚えてるか?」
フヨウが尋ねる。
現場百遍は捜査の基本だ。
「あっちの刀剣屋で兄ちゃんが店主と色々話してた時かな。いつも使ってる剣を整備するって言ってた」
「その後は?」
「時間がかかるみたいだから、そこの花屋で球根見ながら待ってたらもういなかったよ」
球根の籠が足元に置いてある。
しゃがんでたから向こうの店から見えなかったわけだ。
典型的な迷子パターンだな。
まずは刀剣屋で話を聞いてみるか。
「あいつなら、妹がいなくなったって言って剣預けたまま出て行ったぞ? その子のことか?」
予想はしていたが店主の言葉に脱力する。
本当に典型的に行き違っとる。
これ以上は勘弁して欲しいのでこの店の前で待たせてもらうか。
「この子の兄貴が探してるみたいだし、店の前で待たせてもらっていいですか?」
「そっちの邪魔にならなさそうなところなら構わんよ。確か奥の方に椅子があるはずなんだが」
やさしいな。
しかし、心配には及ばない。
「自分で作るからいいですよ。ありがとう」
適当に魔術で椅子を四つと机におまけで日よけのパラソルを作っておいた。
「テッサとフヨウはそこで待っててくれ。多分ジュークが戻ってくるんじゃないかと思う」
さて、屋根にでも登って特徴の合う人物を探すかと思っていたところで店主に話しかけられた。
「あんたたち、魔術師か。魔術の才能に齢が関係あるのかわからないが、凄いもんだな。ちょっと待っててくれるか、見て欲しいものがあるんだ」
そういって奥に戻ってしてまった。
呼び止められたので人探しを始めるわけにもいかず、待つことになる。
「おお、遅くなって悪かった。これなんだが」
しばらくして帰って来た店主はなにやら布に包まれた棒を持って帰って来た。
マナ感知に変な反応があるな。
魔術具だろうか。
「魔杖ですか?」
「わかるか。やっぱり君らにみてもらった方が良さそうだな。最近亡くなったお貴族様の蒐集品が流れてきたんだが、その中に混じっていてな。うちは刀剣屋なんでどれほどのものかわからなくて困ってたんだよ」
受け取ってみる。
前に魔術の素養を調べた魔術具と同じで驚くほど簡単に杖にオドが満たされていく。
なんか術具の部分と杖の模様が光ってないか?
「!? やっぱり魔杖は魔術師殿がもってこそだな……」
光に驚きながら店主が言う。
「魔杖の良し悪しはわからないですけど、魔術具を取り扱っている店には持ち込まないんですか?」
アーダンくらいの規模の都市なら魔術具屋の一つや二つはあるはずだ。
「魔術具は他の収集品と比べても価値が高いからな、分配の時に随分もめたんだ。今、新しいものを持ち込んでもまた諍いの種になる。みんな出どころは分かるだろうしな。当分の間、倉庫で寝かせることになると思っていたんだが、どうだあんたたち買い取らないか? これくらいでいい」
そう言って店主が弾いたそろばんの値は、これがちゃんと魔杖だとしたら格安と言っていいものだった。
しかし、魔術具である以上おいそれと出せる金額でもなかった。
「ちょっと取りまわしてみていいですか?」
「ああ、構わんよ」
周りに注意して振り回してみる。
俺やカイル体格には長すぎる得物だが、これから背が伸びることを考えればちょうどいいくらいなのかもしれない。
オド循環を使えば充分に使える代物だろう。
カイルにも手渡してみたが、同じような感想のようだ。
道場では杖術の類も習ったが、この値段の代物で何かを殴りたくはないな。
さて、最悪上に付いた術具だけでみても悪くない値段かもしれないがどうしたものか。
「なあ、店主。その杖をこれで買うわけにはいかないか」
そう言って店内に入って来たのは外で待っていたフヨウだった。
手には皮の巾着から取り出した金片を持っている。
あれって、来るときに話していた昔渡したやつか。
「それは金か? 質を見る必要があるが、大きさ相当のものならそれと交換でも構わんよ」
「だけど」
「どうせお前の金だろう。ここで使ってもいいんじゃないか。要らないなら転売を考えてもいい」
まあ、結構良さそうな代物なのでそういう手もあるか。
ゴードンさんへの手土産になるかもしれないし。
フヨウがそれでいいならいいか。
「話はまとまったかい? それじゃあ鑑定をさせてもらおうか」
店主は貴金属に関する知識があるのかそのまま自分で金粒を調べ始めた。
油に漬けて体積を測ったり天秤で重さを見たりしている。
「ねえどうしたの、それって魔術師の杖?」
帰って来ないフヨウを気にしたテッサが店内に入ってきて言った。
後ろにはついてきたルイズも居る。
結局みんな店内に来てしまった。
「そうだよ」と伝えたところ、触りたがったので持たせてみる。
さすがにちょっとやそっとで壊れる造りではないだろう。
少し重そうに持ち上げたり下ろしたりしていたテッサだが疲れたのかその杖を地面についた。
すると、にわかにその杖の文様が光始める。
テッサのオドが杖を通して地脈からマナをくみ上げている!?
暴発の危険はなさそうだが、事故になってもいけないので横から杖にふれて少しずつテッサのオドを押し戻していく。
程なくして杖の光は弱まって消えた。
確認の必要はあるが、この子は恐らく魔術の素養を持っている。
また一つ考えるべきことが増えてしまったな。
「鑑定が終わったよ。どうかしたかね?」
みんなが驚いていると店主が声をかけてきた。
さっきの光は見えていなかったようだ。
こっちを先に済ませるべきだろう。
「いえ、大丈夫です。結果はどうでした?」
「これは想定以上に質がいい。こんなに重いのは初めてだ。これならもうちょっとおまけできるよ。ついでに何か買っていくかね?」
「ならここに矢か矢じりはあるか?」
フヨウが言った。
フヨウは数年前から師匠に弓の使い方を習っている。
エトアに居たころも狩りで使っていたらしく、師匠も筋がいいと言っていた。
休みに一緒に狩りに行ったときには持ち前の索敵能力と合わせて、まだ見えもしない獲物をよく仕留めていたものだ。
循環が使用できることもあって、身長に見合わない大弓を使っているのでかなり遠くまで矢が届くのだ。
「ああ、取り揃えているよ。これなんかどうだ。カイロウルフの牙から作った矢じりなんだが、ちょっとした鎧くらいなら突き刺さる鋭さだよ」
それは凄いな。
結局、フヨウが交渉してこの矢じりをいくつかと普通の矢を一緒に買うことになった。
杖や矢を購入するための手続きをしていると、店内に近づいてくる気配があった。
「親父! さっきの妹の話なんだが、見つからないんだ。こっちに戻ってきてないか?」
噂のお兄ちゃんが戻って来たようだ。
これで俺たちもお役御免かな。
「兄ちゃん!」
声を聴いたテッサが走っていく。
「お前! どこ行ってたんだ。この辺りはかなり探したんだぞ」
「兄ちゃんを探しに冒険者ギルドに行ったら、この人達が手伝ってくれたの」
「あのな……、お前を置いてそんな所へ行くわけがないだろ」
保護者って大変だな。
しかし、この顔はどこかで見たことがあるような気がする。
「あんた達がテッサを連れてきてくれたのか、ありがとう……ん? そこの二人と黒髪の女、もしかして何年か前にカンテの村に寄ったことがないか?」
カンテ村はハルパの程近くにある宿場だ。
ロムスとの行き来で何度か寄ったことがあるが……。
「金髪の双子なんてそうはいねぇし、間違いねぇよ。覚えてないか、前に俺が突っかかってぼこぼこに返り討ちにされたことがあるんだが……」
「ああ、師匠と帰った時に絡んできた不良か!」
たしかにジュークという名前だった気がする。
背丈が全然違うのでわからなかった。
大きくなったな。
そんな呑気な感想を持っている間ではなかった。
ルイズが剣の柄に右手をかけている。
こんなところで抜くつもりか。
「ちょっと待った、そっちの子、あの時のことは謝るから落ち着いてくれ! 俺が悪かった!」
状況に気が付いたジュークが慌てて謝り、俺がルイズを諫める様子を、話についていけない店主とテッサがポカンとして眺めている。
「昔、旅をしていた時にお兄さんとケンカになったことがあるんだよ。ちゃんとあの時仲直りしてるから大丈夫、ルイズも覚えてるだろ、ね」
うまく、カイルが間に入って説明してくれた。
ジュークの剣の整備は何日かかかるらしく、このまま預けておくそうだ。
色々と世話にはなったものの、この店でやるべきことは終わったことになる。
どんどん変わっていく話についていけない様子の店主に適当な説明をしてから感謝を伝えて場所を移すことになった。
「あんたたちには感謝してるんだ。改めて謝罪と礼をさせてくれ」
最初は下手に出るジュークの様子が気に入らなさそうだったテッサだったが、「昔やんちゃしてたジュークが俺たちのめっちゃ強い師匠にやられて改心し、良い冒険者を目指した」という意味の説明をうけて一応の納得を見せた。
便利だなやんちゃって言葉。
今はフヨウが面倒を見てくれている。
「あの時は襲われたから戦っただけだからな。その後はどうしてたんだ?」
「あんた達の師匠が言った通りのことが起きたから、言われた通りのことをした。あれから、どんどん村に来る旅人が増えて、どこも人手が足りなかった。そこに俺たちは頭を下げて働いたよ。ちゃんと言われたことをやれば金ももらえた。小金を貯めてたやつが家族にそれを取られそうになってかくまったりとかはあったが、確かにちゃんと飯を食えるようになった」
懐かしそうに目を細めながら言う。
彼にとっては悪くない思い出として残っている証拠だ。
「そのあとは、畑を耕すやつもいれば金を貯めて村を出ていくやつもいた。俺はあれから毎日素振りをして、それを頼りに冒険者になった。毎日毎日棒きれを振って思い知らされたよ。みんながどれくらい準備と覚悟をして戦っているのかって。あんたたちだってずっと鍛え続けてたんだろう。何年もしてからやっとわかったよ」
ちょっと当時のやりとりを思い出してきた。
どうやら師匠の教えは実を結んだらしい。
「それでもやったことは無駄にならなかった。初めて魔物、っていってもそこらのボアの小さいのなんだが、と向き合った時はブルっちまってもうだめだと思った。そんな時でも体が動いてくれるんだな、毎日やってるから。必死で抑えて相手の頭をたたき割った時に、こういうことかと思ったよ」
生死を賭けた戦いは怖い。
最初から相手を真っ二つにできるルイズの様な人は稀なのだ。
「そうやって、やっと自分で生きれるようになったころだ、テッサと出会ったのは。近くの村の畑が魔物に荒らされるっていうんで山狩りを手伝いに行ったんだが、こいつはそこで行き倒れてた。飯が食えない辛さは分かるからな。水飲ませたり飯食わせたりしてるうちに懐かれちまってな。親も兄弟もいないっていうから「じゃあ俺が兄貴みたいなもんだ」ってつい言っちまって、それから一緒にいることになった。しばらくは村を転々としながら畑荒らしの魔物を狩って暮らしてたんだが最近は街道も安定してきたからな。仕事を探してアーダンに来たんだ」
彼には彼のそれからがあったわけだ。
当たり前のことなのだが。
その後は、俺たちのちょっとした自己紹介や王都とロムスを往復している近況を話したりした。
このまま世間話を続けても良かったが、一つだけ先に伝えておかなければいけないことがある。
テッサの素質についてだ。




