39. 卒後に備えて
「会社をつくる?」
「そうです、結構前から考えていたんですけどね」
卒後の進路についての話だ。
「来年には故郷のロムスに帰る予定なんですが、せっかく王都で知り合いも結構できたし、それを活かして商売を始めようかなと思うんです」
学院を修了してもまだ十歳そこらの俺たちは基本、親の庇護下に戻ることになる。
いずれは俺かカイルのどちらかがロムスの代官を継ぐことになるかもしれないが、その勉強を始めるにしても時間的な余裕は結構ある。
そこで会社でも始めて色々地盤固めをしようかなと考えたのだ。
「ロムスって辺境ですけど、国境に近くて港があるので物流的な強みがあるんですよ。エルオラ街道もおおむね安定しましたし、今こそ王都との定期便を作ればいけると思うんですよね」
最近は街道整備も進んでいるようだ。
以前のように馬車だと困るような箇所ももう残っていない。
「受注関係は王都側もロムスもだいたい話が付いているので、あとは間を出来るだけ早く移動する手段が欲しいと思っています」
取引きについてはベルマン商会とロムスの街自体で話がつけてある。
もともと会社設立自体がリーデル伯父さんからの提案だった。
ロムスの俺たちとのパイプが維持できていれば色々と仕入れが捗るというわけだ。
舶来品を扱うことも多いので港まで直通便ができるのも魅力的に映っているはずだ。
もちろんクルーズにとっても王都への連絡路が安定するのは悪いことはない。
領都を通過するのもロムスには都合が良かった。
信用できる取引先の揃ったこの商売は、正直に言えば非常にリスクの小さな起業なのである。
そこで次に重要になるのが移動手段だった。
「俺の知りうる知識を使って馬の負担が小さな高速馬車を作ろうと思っています。今十四日かかる旅路を十日まで縮めたい。お二人にはこれを手伝って欲しいんです」
片道二週間で余裕を見て往復一月、これが往復三週間ちょっとにできればその差は馬鹿にならない。
「具体的なアイデアがあるのか? それなりに試験運用も必要だろう」
コレン先輩の懸念はもっともだ。
「もともと宿をとる場所はだいたい決まってるんですけど、これって調子が良ければ結構飛ばせるんですよ。だから日数については現実的に減らせる場所をすでに確認してあります」
伊達に何往復もしていない。
相談するまでに潰せそうな課題は潰してある。
「そのための技術も準備してあります。しばらくは馬車の試験運用として俺かカイルが乗り込もうかと。これで予期せぬ故障でも魔術を使えばその場で修理が効くわけです」
「そこまで計画ができてるならどこで俺たちの手が必要なんだ?」
「手伝って欲しいのは三か所です。まずは試作品の作成と実用後の整備施設の準備。お二人は魔術具の魔術に関わらない機械的な部分の整備にも詳しいですよね? そのつてを使って新しい技術の製品を作れる人材を紹介して欲しいんです」
場所や商業ギルドとの仲介はベルマン商会の方で対応できるのだが、こちらでは技術者が足りないのだ。
職人はそれぞれ木工なら木工、鍛冶なら鍛冶でギルドをもっているが個別に交渉すると時間と金がかかりすぎる。
可能なら内製化したい部分だった。
「簡単な話ではなさそうだな。それで、三つ目は?」
「馬車を動かす魔術具の開発です」
「確かに、大型の可動性魔術具は存在するが、値段が……、いや、共振を使って出力を上げればいけるのか?」
ゴードンさんがブツブツと色々考え始める。
「お前、最近俺に色々実験させてたのはこのためか?」
「ええ、実用的な範囲で使える乗用魔術具を作りたかったんです。当分運用できるのは俺たち三人だけになるでしょうけど」
「……相当の難題だぞ? なんせ今の技術じゃあ前例がない」
「でも、面白そうじゃないですか?」
カイルが俺の言いたいことを言ってくれる。
俺も補足しておこう。
「魔術具を乗せなくても高速な馬車は開発するつもりです。魔術具を乗せるのはもっと未来を見ているのと後はロマンですね」
「ロマンか……」
「俺はやりたい。これは魔術の関わる部分と関わらない部分、二つの技術で一つの目標を目指す。そういう計画で合っているかな?」
独り言ちるコレン先輩にゴードンさんがかぶせ気味に話し始める。
「ええ、馬車の高速化を二つの技術で目指します」
「それは俺がこれまで目指してきたものだ。難しくてもやりたいとそう思う」
会派に所属しない技術者だったゴードンさんはこれまでも試行錯誤を重ねてきたのだろう。
以前ちょっと話した時にもそういう部分が垣間見えていた。
だから誘ったんだ。
「予算はしっかり確保できているのか?」
熱い意見の後に、コレン先輩が現実的な発言をする。
「馬車を何台かつくる分はもちろん大丈夫です。それとは別に魔術具用のお金を用意してありますよ」
これまで色々と金策を頑張ってきたのは、この研究とこの先の研究のためだ。
「なら仕事の依頼だろ。やるよ。うまく行けばうちの大口顧客になってくれるんだろう?」
確かにその予定だが、この顔は理由をつけて自分がやりたい顔だ。
コレン先輩だって男の子なのだ。
「ちょっと先輩、男だけで内緒話ですかー? そういうの今どき流行りませんよー?」
流行りとかない、いつの時代も男の子は男の子なのだ。
「うぉ、ルイズがお姫様みたいになってる」
ちょっと目を離したすきに、ルイズの髪は非常に高度な感じに結い上げられていた。
あれは簪一本で固定されてるのか? 器用なもんだ。
「よく似合ってるよ」
カイルのそつのない褒め言葉が続く。
たしかによく似合っている。
ルイズは馴れないおしゃれに顔が真っ赤だ。
堂々としてて大丈夫だぞ。
「そうそう、みんなルイズ先輩と髪を結った私を褒めるべきです。それで何話してたんですか?」
ひとり除け者にするのもかわいそうなので一通り話を教えてやる。
ルイズは当然このこと知ってるしな。
「はー、新しい馬車の魔術具をつくると。先輩も難儀なこと考えますねー。でもちょっと面白そうかもしれませんね」
「おー、お前もこのワクワク感がわかるか。よし、完成したらいつか乗せてやるから術具に魔力を供給するのを手伝ってくれ」
おそらく魔術師は何人いても困らない。
「なんですかそれ。まあ、今の仕事に余裕ができたら手伝ってあげますよ」
その仕事を紹介したのは俺なのでこれ以上は強く言えないな。
集まった時は寄せ集めっぽかったメンバーだが、一つの話で盛り上がるとそれぞれがいろんなアイデアを出してくれた。
みんなが同じ方向を向いているのを感じる。
それがたまらなく嬉しい。
この日の食事はみんな少し興奮した感じでお開きとなった。
メイリアを学院まで送った後、三人でベルマン屋敷に戻る途中、ルイズが話しかけてきた。
「アイン様はこの髪型をどう思われますか?」
さっきも感想を言わなかっただろうか。
「可愛いと思う。いつもの髪型もいいけど、その結い方も新鮮でいいね」
そういうとルイズははにかんで笑った。
貴重なルイズの笑顔がまた一枚心に記憶されたな。
今日はルイズのためのお祝いでもあるのだ。
楽しかったなら言うことはない。
この子はいつも剣を振ってばかりだが、もうおしゃれをしたっていい年頃なのだ。
誕生日にでも髪飾りか何かを贈るのも良いかもしれない。
こうして、俺たちは高速馬車の製作を開始した。
いつも通りの学院と道場の合間を縫ってだ。
場所はベルマン商会の倉庫の一つ、その半分ほどを借りている。
季節は冬に向かっているため気温は低いが結構動き回るので寒くて困るということはない。
これなら火鉢でも持ち込めば冬をしのげそうだな。
あとは念のため採暖室みたいなものをテントで作れるようにしておくか。
馬車の性能を上げるためのコンセプトは大きく分ければ軽量化と軽抵抗化の二点だ。
魔術でCFRP(炭素繊維強化プラスチック)や軽金属素材をを作れば比較的容易に達成できるのだが、今回は部品試作以外でその手法をとるつもりはない。
普通の技術者が運用できることが条件だ。
軽量化についてはパーツを大分削ろうと思っている。
この世界において馬車とは資産なので重く、重厚、丈夫に作って長く修理しながら使用するようになっている。
これは理解できる考え方なのだが、延々走らせる今回の高速馬車ではこの考え方は採用しない。
どうせそのうち故障するからだ。
そこで、おおもとの車軸をつなげる骨組みのみを丈夫に作って他のパーツは定期的に交換する前提で作成することにする。
負荷のかからないところなんて布張りで十分なのだ。
骨組みについても強度を維持できる範囲で大人げないほどの肉抜き構造にするつもりだ。
これは二十一世紀の車両なんかでも使用されている技術となる。
軽抵抗化の肝はサスペンションと車輪の転がり抵抗軽減だ。
ばね部分については現行は加工性を優先して板バネのものを使用する予定だが、車軸の可動性を大きくすることで馬の負担を大きく軽減する。
乗り心地もよくなる予定だ。
車輪はいくつかアイデアを試して決定する。
現在は金属製のスポーク式にしようと思っている。
他にも潤滑油だとか馬の接続部、軛の改良等は必ず行う。
とにかく徹底的に馬に楽をさせてやる方法を考えている。
ここだけは使いつぶすわけにはいかないからな。
裏技として、土魔術による街道整備も計画中だ。
道が綺麗なら大した技術が無くても高速化は叶うのだ。
これは近隣地域に恩を売って交通の便宜を図ってもらったり、同業者に対する印象操作も兼ねている。
アイデアの一つ一つを技術者の作業に落とし込んでいく。
時に進み、時に立ち止まる開発は楽しいものだった。
問題はいくつも起きたがその都度解決方法を考えていく。
しかし、この日発覚した問題はそれまでのものと少し毛色の違うものだった。
その日は偶然、設計図の手直しがしたくて学院へ行く前に倉庫へ寄っていた。
鍵を開けようとしてすでに錠が外してあることに気が付く。
マナ感知では中に二人の気配。
産業スパイという可能性はある。
しかし、この時点でたぶん違うだろうなと思った。
中の様子を伺うと、案の定コレン先輩とゴードンさんがいた。
二人はクマの出来た顔でのそりのそりと機材を片付けているところだった。
どう見ても徹夜後だ。
恐らく採暖室で仮眠をとりながら夜通しで作業をしていたのだ。
「二人とも、こんな時間に何してるんですか」
「お前だって来てるじゃないか」
面倒くさそうにコレン先輩が返してくる。
俺が何を言いたいかはわかっているのだろう。
「徹夜で作業してましたね? 最近冷え込んでるんですから、そんなことしてると風邪ひきますよ」
「いやな、運動量制御だったか? お前がこの間言ってた魔術具の使い方でちょっと気になったことがあってな」
「ああ、アイン、これはすごいな。出力の調整だけを行う魔術具っていうのを別に用意するとここまで必要な魔力を減らせるんだな。これは魔術の研究だけじゃあ絶対に見えてこない発見だ」
徹夜明け特有の爛々とした目をしたゴードンさんがかぶせ気味に言ってくる。
これはダメだ。
「魔術まわりは後回しって言ったじゃないですか。今は工作精度の維持の方に力を入れてるんですから、先輩たちがそこまで根をつめる必要ないでしょう」
別に時給制をとっているわけではないので労働時間を増やしても報酬は増えたりしない。
ほぼ趣味のための徹夜だ。
コレン先輩なんか最初は完全にビジネスですって感じで始めたのに……。
「俺たちだけじゃないぞ、他の職人たちもさっきまであれこれやってた」
うわ、たしかに想定より出来上がっている試作のパーツが多い。
「みんな俺たちと同じだ。新技術を聞いたら試して見たくなるもんだ」
やる気なのはうれしいが、これはまずいな。
この計画は長期戦なのだ。
体力のマネージメント力こそ求められる。
特にこの二人は日中に別の仕事も持っているのだ。
コレン先輩のおばあちゃんを泣かせるわけにはいかない。
「先輩たちは倉庫の鍵没収です。しばらくは作業場の解放時間制限しますから覚えておいてくださいね」
仕事の割り振りも見直さないといけないな。
休日も意識して決めておこう。
「おい、横暴だぞ」
「コレン先輩これから仕事でしょう。よそで居眠りされるようじゃダメなんですよ」
これはマネージメント専門職の増員が必要そうだなと思いながら。
むりやり倉庫を施錠して学院へと向かったのであった。




