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35. 他人まかせにはできない仕事

「ハーガンと申します」


 翌日、依頼の面談に向かうと待っていた壮年の男はそう名乗った。

 明らかに仕立てのいい服をビシっと着こなしている。 

 面談の場として指定されたのはギルド本部の応接室だ。

 このあたりは断りにくい依頼をごり押ししたギルド側が気を効かせてくれたのかもしれない。

 受付でも言われたように、依頼人は問題ない人物だと念を押しているのだ。

 前日訪れた支部と異なり、本部は基本、受付業務は行っていない。

 そのため静かなのだが、人が忙しく動き回っていて独特の活気がある場所だった。


「依頼を受けたルイズです。こちらはアインとカイル、私のパーティーメンバーです。なんでも、受領前に面談が必要だとか」


 ルイズから呼び捨てにされるのは凄く久しぶりだ。

 なんだかちょっとだけ嬉しい。

 単に営業の人が客先で上司を呼び捨てにしてる感じなのだが。


「はい、いくつか質問に答えて頂くだけです。それにしてもとてもお若いのですね」


「先日、冒険者登録をしたばかりですから。今回は詳しい内容も伺っていませんので、信用して頂けるかどうかはそちらの判断になるかと思います」


 ルイズは普段、ゼブに似て寡黙だ。

 しかし、イルマの教育のお陰かこういった事務的な受け答えは結構そつなくこなす。

 橘花香なんかでたまにテキパキと仕事の受け答えをしているのはかっこいいと評判だったりする。

 主に女性従業員に。


「こちらにお越し頂いた時点で腕は信用しておりますよ。指名依頼だったでしょう。立ち話もなんですから、どうぞお座り下さい」


 指示に従ってソファに座る。

 柔らかいな。

 俺たちだと足が届かないのでちょっと不安だ。


「それでは早速面談をはじめさせて頂きます。こちらからお聞きしたいのは本当に単純な質問だけです。魔術院に所属されているとのお話ですが、そこの図書館に論文を寄稿したことがあるかどうか。なければ寄稿した知り合いがいるかどうか。あなた方はどこかしらの会派に所属しているかどうか、です。これらの質問をみなさんに確認したいのです」


 答えは単純だ。

 論文については、ルイズもカイルも先輩のものを参照するために収めたことがある。

 これは先行論文を読むためには寄稿経験が必要だからなのだが。

 つまり――


「全員が論文を寄稿した経験があり、どこの会派にも所属していません」


 俺たちが頷くのを確認したルイズが答える。

 答えを聞いて、ハーガン氏の眼が輝く。


「ならば、みなさんに依頼をお願いしたいのです」


 図書館関係の依頼だろうか。

 どうも良くない予感がぬぐえない。

 しかし話を聞かずに断るわけにもいかないようなので続きを促す。


「この一、二年、大陸中の魔術に関わるものたちの間で秘術の解放運動が活発化しています。各地での調査の結果、その発端がここ、王都ウィルハイムの魔術院であることがわかりました。恐らく図書館が情報交換の場となっていることも。しかし、魔術師でないものにはそれ以上の現地調査ができません。そこでみなさんにその調査をお願いしたいのです」


 メイリアに聞いた話を思い出す。

 共有された論文をもとに発足された、名前も思い出したくない会派……。

 解放運動などという大ごととは関係ないと思いたいが情報に重なる部分が多い……。

 ルイズに目配せをして、話の相手を変わってもらう。

 今度はこっちが質問する番だ。


「失礼します。依頼受領の判断の前にいくつか質問させてもらってもよろしいでしょうか?」


「答えを控えさせて頂くこともあるかと思いますが、それでよろしければ」


 ハーガンさんは話に割り込んだことに対して嫌な顔ひとつせずに答えた。


「正確な依頼主、もしくはあなたが所属される組織を知ることはできますか?」


「すべてはお伝えできません。依頼を受けて頂ければある程度はお話しするつもりです」


「わかりました。では、会派に所属しているかどうかを確認されたのは何故ですか?」


「客観的な調査結果を得るため、と考えて下さい」


 どの会派も秘術の解放を目的とする集団には原則敵対するだろう。

 調査結果にバイアスがかかるのは間違いない。


「それと、冒険者ギルドに学院の案内をさせる依頼があるのですが本件と関係があるのでしょうか?」


「そちらは本調査の準備段階として用意されたもののことだと思われます。冒険者ギルドに所属される魔術師は会派に所属されない者が多いですから、彼らとの伝手が欲しかったのです。あわよくば、本調査のための人員をと。結局、希望者が現れずうまくいっていません。充分な報酬を提示したつもりなのですが……」


 真面目にあの依頼をだしていたのか……。


「おそらく、警戒されたのでしょう。冒険者は危険な職種ですから、あまりわりの良すぎる依頼は避けることもあり得ます」


 新人が何を偉そうにという感じだが、事実だと思うので念のため伝えておく。


「……わりの良すぎる、ですか。やはり調査をするにしても人をちゃんと雇う必要があると痛感しました。私たちだけではわかっていないことが多すぎる」


「次が最後の質問になります。今回の調査の目的は何なのでしょうか? 何が判明した時点で依頼を達成したことになるのか知りたいのです」


「活動には中心人物が居ると考えられます。私たちはその人物とコンタクトをとりたい」


「……では、その人物を探し当てれば」


「調査としては最大限の成果になるかと思います。それ以外の場合は調査結果に応じて報酬をお支払いすることになるでしょう。ここまで面談に応じて頂いているので、その報酬についてはそれとは別に本日中にお渡しします」


 誠実、なのかな。

 しかし、ちょっと不味い風向きだな。

 俺の知るなんとか会派と秘術解放運動が本当に関係あるのかはわからない。

 しかし、魔術院を調査すればいずれはそこに行き着くだろう。

 俺たち以外が調査しても、だ。

 仮に、今回の依頼を断っても誰かがアインという人物を調べようとする。

 それなら俺たちが調査して多少なりともコントロールできるようにした方がいいかもしれない。


「誠実な対応、ありがとうございます。一度仲間内で意思統一を図りたいと思います。あまり時間をかけるつもりはありませんがよろしいでしょうか?」


「承知しました。しばらく席を外しましょう。次の鐘が鳴ったら戻って参ります。ご検討よろしくお願いします。それでは失礼します」


 そういって礼をして出て行った。

 マナ感知で確認したが、本当に部屋を離れていく。

 この近くには誰もいないはずだ。

 あまり世間慣れした対応というわけではないけど、見えないところでも信用を積み上げていく姿勢は凄いな。

 時間をかけることでもないので俺の知っていることを二人に話す。


「つまり、兄さんが今回の運動の発端ってこと?」


「さすがアイン様です」


 ルイズの本当に尊敬してるっぽい目がつらい……。


「いや、今わかっている情報だけでそう考えるのは早計すぎる。ただ、今回の調査を行うとどうしても俺の名前に行き当たる。人に調べられるより、自分で状況を把握したいんだ」


「そうだね、ハーガンさんも悪い人ってわけではなさそうだし、依頼を受けてみようか」


 ルイズの様子を見ながら、カイルがいたずらっぽい笑みを浮かべて続ける。

 こいつ、こういう笑い方でも天使っぽいのズルいよな……。


「異存はありません」


 ルイズのシンプルな言葉で依頼を受けることが決定した。


 鐘が鳴ってきっちり十秒後に戻ってきたハーガンさんに依頼の受注を伝えると、随分喜んでくれた。

 ちょっと心が痛まないでもない。


「依頼を受けるにあたって先ほどの質問の件を確認しておきたいのですがよろしいですか?」


「承知しました。私はとある貴人のお世話をさせて頂いているものです。本件はその方のご指示ですすめられています。目的は国益のためですので後ろ暗いところはありません。調査の過程でその情報は隠していただきますが、必要に応じて相談して頂ければご助力も可能かと思います。」


 あんまりそうであって欲しくなかったケースだな。

 冒険者ギルドでの作法がわからないわけだ。

 おそらくハーガンさん自身も貴族のはず。

 ここまで平民である俺たちに慇懃に対応できるのは大したものだと思う。

 服装の上質さなんかには納得だ。


「そのような立場であれば、諜報に関して専門の方に任せたりはしないのですか?」


 多少失礼だが、この件については確認しておこう。


「本件ではその手の駒は使用できません。理由はいくつかあるのですが、最大のものとして魔術師の会派による妨害が予想されるためです。彼らは諜報に関わるものに影響力を持っていることが多いのです」


 そういう仕事と魔術の相性は悪くないので理解はできる話だ。

 そのあとは報酬等について簡単な打ち合わせを行ったが、さすがに強気の交渉とはいかなかった。

 それでも結構な額を約束してくれたのだが。


 なにはともあれ、魔術院を調査しないことには始まらない。

 四日後に一度報告があるのでそれまでに多少は形にしておきたい。

 手分けをして情報収集にあたることになった。


「ルイズは図書館が解放派の情報交換の場になっているって話を調べて欲しい。カイルは各国で起きた解放運動の詳細を、ハーガンさんにもらった資料と照らし合わせてくれ」


「アイン様はどうされるのですか?」


「不本意だけど、アイン会派というものが実在するのか確認してくる。それぞれ時間になったら道場で落ち合おう」


 そのまま、鍛錬ということになる。


 まず俺が探さなければいけないのはあいつだ。





 メイリアは学食で無感動な表情を浮かべながら飯を食っていた。

 こいつは寮生なので大概ここで昼食をとっている。

 いるのではないかと思って来てみたが当たりだったようだ。

 都合のいいことに一人だ。


「ようメイリア、聞きたいことがある」


「なんですか先輩唐突に、聞きたいことがあるなら隠してる論文の一つも読ませてくれたら一件につき一個なんでも質問に答えますよ。なんですか、恋人の有無とかですか?」


「いや、違うな、その話はまた今度にしてくれ」


「……今度そういう話するんですか?」


「真面目な話だ。教えてくれたらこの前の紙を製造するときにあらかじめ文章を記しておく技術を教えてやる。その情報が俺の欲しいものだったら、その書類の保存性を高める術もつける」


「本当ですか先輩! 約束しましたからね、うわちょっとドキドキしてきた何聞かれるんだろー」


 急にテンションが上がった。人参ぶら下げ作戦は正解だったようだ。


「そんな難しい話じゃない。この間言ってたアイン会派についてだ」


「なんだ、そんな話ですか……、いや、もしかして先輩王都に残ってくれる気になりました?」


「なんでそうなるんだ。ほっておくとまずそうだから先に調べておくことにしたんだよ。いいからまず、知ってることを話してくれ」


「といっても、この間話した以上のことはあまり……。基本的に図書館の論文を参照できるのって自分で研究してる高学年以上の人じゃないですか。だから動いてる中心の人は高学年と卒業生になると思いますよ」


「じゃあ、お前どこからこの話を聞いて来たんだよ。まさか自分も所属してるとかじゃないよな」


「もう何年かしたら考えるかもしれないですけどねー。今は二年次のぺーぺーなんでお呼びじゃないと思いますよ。私が聞いたのは午後にやってる勉強会です。基本、私暇してますし」


 魔術院は午後がまるまる休みなので部活のようなサークルのような活動が活発だ。

 あまり不健全な内容でなければ学院自身もそれを推奨しており、申請すれば場所を貸し出してくれたりもする。

 会派の下部組織のようなものも多いが学年を越えて交流が持てるのでコネを重視する生徒などは積極的に参加している。

 一種の社交界のようなものだろうか。


 学院に入ってくる生徒は基礎学力がまちまちなので低学年の座学の難易度は低めだ。

 事前に他の場所で勉強してきた生徒には講義が簡単すぎることがままある。

 メイリアもその口で予復習に時間をさく必要もないのだろう。

 自然、時間が余って講義以外のことを学ぶために勉強会に参加しているということのようだ。

 こいつ、学習意欲めちゃくちゃ高いよな。


「どんな話だったんだ?」


「「最近、新しい魔術がどんどん公開されてるから勉強会だけだと把握しきれないよなー」っていう話に対して、「そういえば、アイン会派っていうのが公開魔術を整理して共有する流れをつくろうとしてるらしいよ、他と違って秘匿とかしないらしいから話を聞いてみるのもありかもね」みたいな会話だったと思いますけど」


「その話をしてたやつの名前、わかるか?」


「名前はわかりますけど、勉強会の日以外はお仕事してるらしいんで今日はもう捕まらないと思いますよ?」


 念のため、その人物の名前と勉強会の日時を控えておく。

 次は明後日か。


「ありがとう、とりあえず助かった。この話が落ち着いたら約束の論文の写しをやるからちょっと待ってくれ」


「やったー、っていうか先輩次はどこ行くんですか? 私暇なんでご一緒しますが」


 もはや言っても聞くまい……。

 まだ時間あるし、ルイズの方の様子も見てみるか。


「今日も図書館だ。静かにしとけよ。お前、そんなに暇なら親戚の仕事を紹介するからそっちを手伝ってくれよ」


「面白そうなところならいいですよ」


 雑談しながらルイズの待つ図書館へと向かう。

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