我が輩は骨である
あれから、時が過ぎた。いくつかの季節が巡り、世界が変わっていった。時代の流れは歴史を押し流し、それは不死である私にすら、僅かばかりの変化を与えるほどのものだった。
歩く私の隣には、誰もいない。あまりに遅い骨の歩みに、モコモコもケモ子も、先に行ってしまった。
寂しくないと言えば、嘘になる。だが、私の隣には、確かに彼女らの温もりが残っている。だから、大丈夫。何も心配することなどない。私の行く先には、彼女たちが待っているのだから……
「お待ちしておりました、ボーン様。随分ゆっくりでしたね?」
「ホネー!」
まあ、ぶっちゃけカッコイイモノローグの練習である。経過したのは1年ほどであり、過ぎ去った季節も4つである。とはいえ、大きな変化は間違いなくあった。その最たるものと言えば……
「パー!」
「アパー!」
モコモコとケモ子がその腕に抱く、新しい命。モコモコの産んだ、双子の我が子であった。
もし万が一、ケモ子にまで手を出して産ませたと考える輩がいたら、そいつは心が汚れているのである。名誉毀損であり誹謗中傷であり、謝罪と賠償を要求するのである。
「おうおう、モコ美にケモ太よ。パパであるぞ」
小さな手を精一杯伸ばしてくる二人に近づき、私は上機嫌で頭を撫でてやる。正直名前は安直すぎるという気もするのだが、名の響き的な繋がりを重要視したいというモコモコの案もあって、結局こんな感じで収まった。
まあ、呼ばれると本人達も喜んでいるので、問題ないのであろう。
ちなみに、本来のフォクシールは、産まれてすぐに歩けるようになるし、1週間もあればぼんやりと言葉を理解するようになるらしい。まあ、野生に生きる生命であるから、当然と言えば当然であろう。
だが、今回モコモコが産んだ赤ん坊は、明らかに小さかった。体の構造そのものに問題は無いはずなのに、立つことができず、その場で泣き続けるばかりであったのだ。
私は焦った。モコモコなど、赤ん坊を抱きしめて「ごめんなさい」と滂沱の涙を流していた。だが、万が一に備えて待機してもらっていた、王都から来た治癒術士の検査では、体には全く問題がないと言う。
実際、その後も特に何があるというわけでもなく、元気に泣き、元気に食べ、元気に眠り……いや、これはちょっと違うか? まあとにかく、自立できず、這って動くくらいしかできない、と言う点を除けば、まさに健康そのものであった。
後にやってきたエドマ老によれば、私の使った妊娠魔法の影響で、精神の方に私の……おそらく人間の赤ん坊の本能が影響したため、即座に立って歩く野生の獣の本能に影響がでたのではないかという事であった。
そして、体が小さかったのは、本来あるはずのものを魔力で無理矢理補ったため、それが限界であったのではないかとも言われた。
そう言われれば、そうである。確かに人間の赤ん坊は産まれてすぐ歩いたりはしないし、妊娠魔法そのものがあり得ないほど莫大な魔力を消費することで行う、チートレベルの力業である。ましてや双子となれば、その程度の影響で済んだなら、むしろ大成功であろう。
ということで、警戒することは忘れないにしても、基本的には普通に人間の赤ん坊っぽく育ててみようということになり、今に至るというわけである。
「パー! パー!」
「アパー!」
二人を同時に……は私の細骨では無理なので、一人ずつ抱き上げ、高い高いをやってから、モコモコとケモ子の背に返す。
経過は順調そのもの。子育て特有の大変さはあるが、そもそも眠ることも疲れることも無い骨にとっては、ずっと独りで過ごしてきた夜に子供の面倒を見ることは、むしろご褒美にすら感じられた。
「元気に育っておるのぅ。元々の体の方は人間と違ってしっかりしておるのだから、もう少しして訓練をすれば、すぐに歩けるようにもなるじゃろう」
そんな骨達の姿を見て、相好を崩すエドマ老。本人は「こんな奇跡の所行を見逃す手は無い!」などと言っており、勿論それもあるのであろうが、基本的には孫馬鹿のおじいちゃんである。こんな可愛い赤ん坊を前に、笑みを浮かべぬ者などいないのである。子はかすがいであり、国の宝なのである。
「随分できてきたであるな」
言って、見上げる。目の前には、小さな小屋。しっかりした作りとはいえ、道が通っている場所であれば、すぐに完成したであろう。だが、ここは魔物はびこる森の奥であり、資材一つ運ぶだけでも、やたらと手間がかかる。
エドマ老の空間魔法を使えれば、それこそあっという間であろうが、流石に小屋一つ立てるのに、それを頼むことはできない。あれは王様が遊びに来るというビッグイベントだったからこそ出来た、スペシャルなサービスなのである。
「これが、始まりの一歩であるな」
「そうですね。ボーン様。ボーン様と私たちの……フォクシールの民の、新たな時代の第一歩です」
そう、これはまだ第一歩。そこから先は果てしなく遠く、骨である私にも、見通すことなどできない。おそらく彼女たちが存命中には、届かぬであろう遠い理想郷。
だが、それでも第一歩。踏み出せたなら、進めるはず。迷い、立ち止まり、後戻りすることがあっても、動き続ける限り、どこかにはたどり着く。
それが何処になるかは……まあ、たどり着いてから考えればいいことである。
「そうだ、ボーン様。まだ小さいとはいえ一国一城の主となるわけですし、新しくお生えになったソレに相応しい、素敵な一人称をお使いになるのはどうでしょうか?」
モコモコが、そんな提案をしてくる。
そう。生えたのだ。あの日、モコモコに狩られて何かもう凄いことになった翌日辺りに、骨のアソコから、黒い感じのアレがひょろっと生えたのである。
私はその黒いアレに手を添え、キュッとしごき上げてから、指を離す。
くるんっ
指の力から開放されたそれは、いい具合な巻き具合に戻って、骨の頭蓋骨を彩った。
そう、髭である。何かこう、ピエールな感じの髭が生えたのである。モコモコには爆笑され、ケモ子にはビヨンビヨンと引っ張られ、妖精達に至っては、体に巻き付けて遊ばれすらした。
そもそも、何故髭が生えたのか? 髪も眉も無い、というか皮膚が無いから毛穴とかもないであろうに、どうして頭蓋骨に直接髭が? と混乱していたのだが、おそらくこれが生えた瞬間であろう時に、何かがプチンッと切れた感じがしたのと、クロが運命がどうとか言っていたので、まあそんな感じなのであろうと納得しておくことにした。髭ボーン爆誕の瞬間であった。
「相応しい一人称であるか? 余とか朕とか、そういうのであろうか?」
うーん。今ひとつしっくりこない。何というか、偉そう過ぎる気がするのである。実物とのギャップの開きに、自分の方がプレッシャーにやられそうである。
「そうだな……よし、決めたのである」
しばしの思案ののち、私はそう言って、顔を上げた。
目の前には、皆が立っている。最愛の妻モコモコ、最愛の娘……娘である……ケモ子に、こちらは間違いなく娘のモコ美に、息子のケモ太。
ああ、あとエドマ老とか工事の人とか色々いるのであるが、そっちは割愛である。現実は非常であり、好感度は重要なのである。
皆の視線を一身に集め、私は胸をグッと張り、左手を腰にあて、右手で髭をぴょいんとやる。僅かな溜を作って、一声。
「我が輩は、骨である!」




