夢の残滓
「できた……」
「できたであるな……」
遂に完成した魔法を前に、二人の骨がガッチリと肩を組む。
「これは、俺にとっても福音だ。選んだ俺には……戦うばっかりの俺には、絶対に創れない魔法だった。心から感謝する」
「これは、私のとっても悲願である。私の持つ魔力や魔素では、どうやっても成し得なかったものである。故に、心から感謝するのである」
互いが互いに、感謝を贈る。だが、そのどちらも自分であると言われたら、何となく微妙な気分になる。自画自賛とか指摘されると、せっかくの偉業が凄くしょっぱい感じになってしまうのである。
「それじゃ、これで本当にお別れだ。じゃあな、スカーレット・トリニティ・ボーン。もう一人の俺」
「さらばである。クロ。もう一人の私」
そう言って、ボーンは霞の中へと消えていった。もう少しすれば、奴は目が覚め、きっとここのことは忘れてしまうだろう。あの魔法だけは、魂にガリガリ刻んだから大丈夫だと思うが……それを見届けることも、もう出来ない。
ずっと引っかかっていた。あの時諦めてしまったことを。ずっと気になっていた。ただの敵として倒して……殺してしまった奴のことを。
あいつが到底救えないほど、沢山の人を救った。あいつが理解できないほど、沢山の命を奪った。あいつが想像出来ないほど、長い、長い……旅をしてきた。
大義があった。目的があった。それでも俺は……殺しすぎた。
幾百万もの死を重ね、屍山血河を築き上げた俺を、人はこう呼んだ。
紅き暴虐の骨
ああ、我が名の何と醜いことか。
ああ、奴の名の何と美しいことか。
世界は、俺を本物と呼ぶ。だが、俺こそが夢の残滓。
あの小さな庭で日々を生きるお前が、お前こそが、英雄の座より、神の名より、俺が欲しかった、本当のホンモノ。
後悔ではない。ただの未練だ。俺には俺の世界があり、そこには俺を待つ者がいる。俺が救った、俺を慕う、俺の元に集う者達がいる。
俺は幸せ者だ。俺は選ばれし者だ。
だから、選ばれなかった俺よ。選ばなかった俺よ。お前の幸せを、俺は心から願っている。この魔法は、俺の宝物だ。世界からの、俺たちへの祝福だ。
「……さて、それじゃ女神様達に怒られにいくか。あー、ここだけでも変わってくれないかなぁ……」
小さくそう呟いて、選ばれた者は去って行った。そして世界は離れ、完全に別の流れへと進み、二度と交わることは無い。
こうして二つの近しい世界は、二つのホンモノの世界として、生まれ変わった。




