骨の悲願
「おろ、何か落ち着いてる?」
「まあ、そんなこと言われても終わるつもりは無いであるし、そもそも驚異を感じていないのである」
「あー、まあそりゃそうだよな。言い方を工夫しただけで、別に殺すとかそう言うのじゃないし。ってか、あれー? もっとビビると思ったんだけどな? 俺が思ってるより、お前強いのか?」
「強いか弱いかと言われたら、弱いであろうなぁ。あの草原を離れたら、ケモ子のワンパンで本気で死ぬ可能性すらあるである」
「それは流石に弱すぎるだろ……」
ぬぅ、可哀相なものを見る目で見られているのである。不本意だが、とはいえ弱いのは事実なので、何も言い返せないのである。
「まあ、じゃあ、とりあえず本題だ。お前が散々フラグをへし折ったせい、あるいはおかげで、お前は見事に、運命の導きから見捨てられることになった! わーぱちぱちぱちー」
「運命の導きから見捨てられた、であるか」
言葉の響きからすると、結構大事な気がするのであるが、何故か全く悲壮感を感じないし、目の前にいる微黒骨……面倒くさいので、クロと呼ぶのである……からも、残念という感じが一切伝わってこない。
「そうだ。お前が英雄に至る道。ぶっちゃけていうと、クエストとかイベントとか、そんな感じの奴。それをお前は片っ端から拒否して、あらゆる可能性を潰して回った。
これ、実は凄いんだぜ? だって、普通にやったらどうやったって軌道修正されるはずなのに、それすら許さないフラグブレイカーっぷりだったからな。いやぁ、俺もたまにこっちを見てたけど、あんなブチぎれたシーシャを見たの、初めてだったぜ。いやぁ笑った笑った」
「そう言われてもなぁ。というか、そもそもお前は誰なのであるか?」
「ん? 言わなくてもわかってるだろ? まあ、それでも一応自己紹介するとすれば……俺は、お前だ。選んだ方の、お前。それだけだと紛らわしいから、そうだな……クロとでも呼んでくれ。仲間内では、そう呼ばれてる」
おお、本当に呼び方はクロであったのか。もう一人の自分とかより、それが当たった方が驚きが大きいのが、まさに驚きである。
「何でそんな微妙な色で、クロと呼ばれるのであるか?」
「えっ、気になるワードとか山ほど出したはずなのに、一番に気にするのがそれなの? お前本当に変わってるな……まあ、俺なんだが」
「ふむん? そう言われても、私は私であるからな。生きた時間、関わった存在、そういうものが人格を作るのであれば、クロと私が違うのは、むしろ当然のことであろう?」
「ふっ。そりゃそうだ。で、俺がクロって呼ばれてる理由だが、それはまあ、秘密だ。というか、説明するのが面倒くさい」
「あー、そういうところは間違いなく私であるな」
本当に面倒くさいのか、あるいは話したく無いような内容なのか、その判断はできないが……そこをあえて面倒で片付けようとさせるのが、何とも言えず私っぽいのである。
「で、散々脱線しまくったけど、要はお前が世界の決めた道筋から、逆走どころか壁に埋まって異空間に飛び出すみたいなことをしたせいで、俺のいる世界から、ここがあまりに遠くに離れすぎてしまったんだ。だから、ここにはもう来られない。だから……お別れを言いに来たんだ」
「そうであるか。しかし、その感じだと、世界の分岐は、それこそ無数にあるのではないか? 何故私のところにだけ?」
「その理由も……まあ、秘密だ」
「ふむ……そうであるか。ならば聞かないのである。私が言いたくないことを、私がほじくったところで、絶対に良いことが無いであろうからな」
「ああ、そうしてくれ」
そこで、会話が止まる。クロは、伝えるべき事を伝えきったため。私は、別に聞きたいことが無かったため。
「あー、お前、自分のこと知りたいか? 何でこの世界にいるのかとか、何かこう、説明の付かない色々なこととか」
「あー、教えたいというのなら聞くであるが、率先して聞きたいとは思わないであるな。今の私が知り得ぬ知識なら、それは私にとっては必要無いか、知らない方が良いか、あるいはどうでもいいかであろう。こんなところで攻略Wikiを広げて、壮大なネタバレを食らうとか、この先の日々の楽しみが減ってしまうのである」
「そっか……そうだよな。お前は選ばなかった。だからそれを知る機会が無かったし、知らなくても何も困らなかった。ならそれでいいか。悪い、余計なお節介だったな」
「全くである。私らしい」
二人して、笑い合う。カラカラという音が、まるで反響音のように重なって響き渡る。
「んじゃ、そろそろ本当にお別れか。もう話すことも無いしな」
「そうで……あー、その前にクロよ。ちょっと確認したいことがあるのだが、良いかな?」
「ん? 何だ?」
「お前、魔力とか魔素とか、どうなってる?」
「どうなってる、とは?」
「量とか操作技術とか、そういう感じであるな」
「ああ、それなら、そうだな……凄い?」
「凄いのであるか?」
「ああ、凄いよ。マジパない」
「ならば、実は構想だけの原初魔法があるのだが、それの完成に協力しては貰えないであろうか?」
「原初魔法? いいけど、どんなのだ?」
「それは……」
骨は語る。これだけは、本当に誰にも伝えなかったこと。理論がぼんやり浮かぶが故に、絶対に完成させられないと思っていた魔法。
「……マジか。え、マジか。お前凄いな。マジ凄いな。俺凄すぎるだろ」
「で、いけそうであるか?」
「そうだな……ちょっと待て」
そう言って、クロがその場で手を上げ、指をパチンと鳴らす。
「『世界のカケラ・接続』『事象の固定化・最大強化』 よし、これでこの空間は相当に安定した。あとでトーラにガチギレされると思うけど、この際気にしないことにする」
うむ、良くわからないが、絶対に巻き込まれたくない感じのことをやったのであろう。怒られるとわかっていてもついやっちゃう辺りが、何かもう猛烈に自分である。
「よし、これで制限時間は無いも同じだ。主観時間なら、百年でも千年でもどうとでもなる。術式を完成させるぞ」
「お、おぅ」
あれ、クロの凄さを利用したら、すぐ出来るのかと思ったが……これ、ヤバくない? 何か規模が想像の遙か彼方な気配がするのである……
とはいえ、これはいわば「骨の悲願」とでも言うもの。そのくらいの期間努力する価値は、十分にある。
「さあ、いくぞ俺よ!」
「ああ、頑張るのである私よ!」
骨と骨による、骨の悲願を達成するための魔法開発が、こうして始まった。




