表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/89

流転の女神の視点より 巡り、周り、元へと還る

物語内の理由により、視点が人物間を飛び回りますので、ご注意ください。

「え…………?」


 何かが起きた。そう理解することにすら、僅かながら時間がかかった。

 森の奥から、何か巨大なものが突然現れて、そしてたった今まで会話をしていた相手の頭を吹き飛ばした。


 抜けるような青空に、白いものが二つ……頭の他にも、何か一緒に飛ばされたらしい……ふんわりと弧を描いて飛んでいる様は、まるで夢のようであった。


 それがカランと音を立て、地に落ちると、その大きな何かが一瞬で駆け抜けてきて、そしてガシャンと音を立て、白いものを踏みつける。


 踏みつける。踏みつける。ガシャガシャという音がしなくなるまで、踏みつけて踏みつけて……そして叫んだ。「敵将、討ち取ったり!」と。


「え…………?」


 何が起きたか、わからなかった。わかろうとすることを、目が、頭が、本能ですら拒否していた。


「ボーン様…………?」


 声に出して、名を呼んだ。だが、返ってくるはずの声は、無い。


「ふん。思ったよりもあっけなかった」


 拍子抜けしたようにそう言う男に、見覚えは無かった。


「しょ、将軍!? 何故!? 話して……語り合っていただけると!?」


 叫ぶその男には、見覚えがあった。先日ここに来ていた人間の一人……一緒に料理をした、あの人だった。


「私は言ったぞ。刃を交えるならば、言葉を交わすこともあるだろう、と。だが、一太刀すら保たぬ相手に、交わす言葉などあるわけがない」


「名乗りを上げるどころか、背後からの不意打ちで、そのようなことをっ!」


「ならば、卑怯と罵るか? 良いぞ。わかっている。今のは卑怯者の行いだ。

 だが、そんなものは言葉遊びに過ぎん。戦場において、生き残ることこそが全て。それ以外は、後の歴史家が好き勝手に語るだけの、心底どうでもいいものだ。

 そんなものには興味が無い。後に英雄と語られるより、卑怯者として今の国を救えるなら、私は迷わず、そちらを選ぶ。それだけのことだ」


 泣きそうな顔で訴える男、名前は確か、リックと言っていた……に、将軍と呼ばれた男は、悠然とそう答える。迷いも気負いも、偽りも嘲りも無い。その佇まいは、まさに大木のようであった。


「何が目的なのですか?」


 震える声を抑えて、私は言う。理解が現実に追いつく。否が応でも、追いついてしまう。


「決まっている。国を脅かす邪悪なスケルトンを倒し、国を犯す汚らわしい(ケダモノ)であるフォクシールを殲滅する。そのために私はここに来たのだ」


「将軍!」


「くどいぞ。もはや事は動いたのだ。これより先、言葉では何も解決せぬ。国のためにその剣を取るつもりが無いのなら……おとなしくそこで見ているがいい」


 その言葉に、兵士リックは剣を落とした。それを見ても、将軍は気にしない。


 戦場において、敵前逃亡や命令不服従は重罪であり、その場で首をはねることも許される。だが、戦意喪失は違う。戦う意思を持たぬ者、あるいは家族や友人などを人質に取られたりして、戦うことができない者を、無理矢理戦わせたところで、ただ被害が大きくなるだけでしかない。


 故に、将軍は傍観する。その剣を自分に向けないことに、感嘆すらする。だがそれだけだ。兵士の示した忠誠は、自分の忠誠を動かせる程のものではない。


「では、私を殺すのですね」


「当然だ」


 強く。短く。そう言って、将軍は剣を振り上げる。苦しめるつもりなどない。敵を嬲り者にするなど、非道を超えた外道である。ただ一直線に振り下ろし、死を認識すらできない間に殺す。そのために、腕に力を……


「アーーーーーーーーーッ!!!」


「ケモコっ!?」


 視界の外から、子ギツネが突っ込んでくる。動作が攻撃に縛られるその一瞬を突いた、見事な不意打ち。

 だが、届かない。そんなものは自分には通じない。小さな獣の攻撃など、本来なら一顧だにする必要すら無い。


 だが、油断はしない。ほんの僅かな鎧の隙間に牙が通れば。どうやっても塞ぐことの出来ない兜の目の部分に、爪が刺されば。それでも致命傷を受けるとは思えないが、ダメージくらいは負うことになる。

 万が一すら叩き潰す。それをやってきたからこそ、今の自分があるのだ。


「ふんっ!」


「っ! ぁぁぁぁっ!」


「ケモコぉーっ!」


 将軍の蹴りが、小さなキツネの体を吹き飛ばす。水袋を叩いたような鈍い音を立てて地に落とされたそれは、息をすることを忘れたように、その場に身を縮め苦しそうに痙攣する。


 そして、娘を蹴り飛ばされ、必死にそちらに駆け出そうとした母に、将軍はひたすら冷静に追い打ちをかける。


「逃がさんよ」


 白銀の閃光が閃き、母ギツネの左足、その膝から下を斬り飛ばす。走るための足を失い、その場に倒れ、転げながら、それでも母は、腕を使って必死に這いずり、子の方へと近寄っていく。


「ケモコっ! ケモコ! 大丈夫? 大丈夫?」


 足が斬られた痛みも忘れて、私は娘にすがりつく。お腹を押さえて体を丸め、口からは軽く血を吐いている。おそらく内臓を痛めているのだろう。


「ぅー……マー……」


「大丈夫よ。私はここにいるから。だから大丈夫よ。ケモコ」


 娘の手を取り、そっと抱きしめる。勇気を与えるように。勇気を貰えるように。そして私は振り返る。一瞬でも長く、娘の命を繋ぐために。


「娘も……年端もいかない、ただ生まれて、懸命に生きているだけの娘も、貴方は殺すのですか?」


「殺す。フォクシールを……とりわけ子を成すメスを、残す気は無い」


 真っ直ぐな、迷いの無い目。そこには怒りは無く、憎悪も無く、ただ純粋に己の想いを通そうとする、透き通った決意しか無い。それが池だったなら、どんな魚も住めないであろう、あまりにも透明すぎる、そんな決意。


「貴方は、私たちを恐れないのですね」


「無論だ。フォクシール如きが、私の忠誠をどうこうできるはずがない。だが国に住まう民は違う。政をする貴族共も違う。陛下すら、違うかも知れん。

 ならば排除せねばならん。人に、国に仇成す悪逆の(ケダモノ)よ。その命、我が手によってここで散らせ!」


「悪を成すのは、人も同じでしょう。善良な人もいれば、悪人もいる。何故私たちフォクシールだけが、存在することを悪とされるのです?」


 問答無用、と切って捨てることは簡単だった。だが、どうもこのキツネからは、時間稼ぎをしているような気配を感じる。


 時間を稼いで何になる? 日暮れまで話し込むならまだしも、城から誰かが駆けつけるのは、どう考えても間に合うまい。ならば、他に助けに来るものがいる?


 そうであれば、この茶番に付き合ってやるのも良い。助けに来るもので一番可能性が高いのは、他のフォクシール。この場におらず、存在も確認できていないが、それがどこか近くに隠れ住んでいて、助けに来るというのなら……それは、全ての敵を一斉に排除するには、むしろ好都合ですらある。


「悪性は種ではなく個。それは言い分としては正しい。魔物なら別だが、フォクシールは一応人類種だからな。


 だが、フォクシールという種が悪であると、歴史が言っている。事実がどうとかではない。歴史という形あるものが、全ての人類種に、その存在が悪であると声高に語り続けているのだ。そんなものを見逃せば、世界という名の大きなうねりが、我らをも悪と呼ぶだろう。それを容認することなど、できるはずがない」


 言いながら、ふと違和感を覚える。自分の中に確固としてあった、フォクシールという種に対する嫌悪感が、いつの間にか薄らいでいる気がする。

 邪悪な魔物が国を犯すからではなく、国が犯されたという事実を作らぬように、フォクシールを殺そうとしている気がする。


 これは危険だと、本能が警告してくる。このための時間稼ぎだったのかと、理由の付いた違和感が納得に変わる。


「これ以上の問答は無意味。さあ、ひと思いに母娘揃って殺してやろう」


 互いが互いに、大切な相手が死ぬ姿を目にすることがないように。それは自分ができる、最大限の譲歩。


「お待ちください。できるなら……私を先に殺してくれませんか?」


「……何?」


 母ギツネから出た意外な言葉に、会話を打ち切ったつもりの自分から、問い返す言葉が出てしまう。


「お前は娘に、自分が殺される姿を見せたいのか?」


「……それでも、娘の命は延びます。例えほんの一瞬であっても、その命がこの世に長くとどまれます。親として、娘の命が延びるなら、己の命を賭すくらい当たり前のことでしょう?」


「……正気か? いや、そう言う考え方もあるのか……親であれば、子に例え瞬きひとつ分であったとしても、長生きして欲しいと願うのは当然、か」


「ご理解いただけましたか? では、失礼して……」


 言って、母ギツネが子ギツネから放れる。芋虫のように這いずって動くが故に時間はかかったが、それでもすぐに、三歩分ほどの距離を移動し、そこで止まる。

 覚悟を決めたように、視線を地に落とし、そして……


 光る。


 コォォォォォォォン


「何!?」


 キツネの体が光った瞬間、自分の剣はキツネの右腕を、肘から斬り飛ばした。だが、その時切断音としてはあり得ない、高く澄んだ、洞窟の中で石を投げ落とした時のような音が、辺り一面に響く。


「何だ、何をした! 今の光は、その音は一体なんだ!?」


「これは、音響魔法です。ボーン様が開発なされた……魔法をかけた対象に衝撃を与えると……楽しく、嬉しくなるような音が出る……ただそれだけの魔法です」


 苦痛に顔を歪め、息も絶え絶えになりながら吐かれたキツネの言葉に、私の思考が初めて混乱する。


「楽しく? お前の体を斬り飛ばす度に、私を喜ばせ、楽しませるための音が鳴るとでもいうのか? 私が笑いながらお前を切り刻む様を、子供に見せつけようとでもいうのか!?」


 意味がわからない。わけがわからない。行動の理由が、相手の意図が、全く予想できない。だから困惑する。故に混乱する。最善の行動が、経験から推測できない。


「ふふっ。そんな理由ではありませんよ。というか、おそらく貴方が推測している通り、目的はただの時間稼ぎです。どうにか、間に合ってくれました」


 笑う獣に、戦慄が走る。

 時間稼ぎは、想定していたことだ。間に合ったというなら、助けが来たということだろう。だが、フォクシール如きがどれだけ増えようと、状況は動かない。私がいる限り、動かせるはずが無い。


 それでも、笑った。私の実力を垣間見ているこのキツネが、笑ったのだ。

 ならば何だ? 何が間に合った? この状況を覆せるほどの存在? そんなものが在るとすれば……


 コンッ!


 振り返ることすらせず、そのまま背後に剣を振るう。軽い手応えとともに、何かが宙に飛んでいく。だが、それだけだ。自分が出来たのは、白い何かを吹き飛ばす程度のことだけだ。


「お前の負けだ。将軍よ」


 振り返り、目を見開く。初めて聞いたその声は、まるで何事も無かったかのように立っている、スケルトンから発せられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ