運命の女神の視点より そして世界が踊り出す
閑話ではありませんが、視点が主人公ではありません。ご注意ください。
「将軍、やっぱりこんなこと辞めませんか?」
何度目か解らぬ男の声に、彼は苛立ちを隠すこと無く怒鳴りつける。
「くどい! 何度言われようと、私の覚悟は変わらぬ。国を脅かす邪悪な敵を討ち滅ぼし、陛下と国民に安寧をもたらすことこそ。ただそれだけが私の使命だ」
「でも、やっぱり……」
「安心しろ。お前達を命令で無理矢理連れてきたことは、ちゃんと詰め所に文章として残してある。これがどのような結果に終わったとしても、お前達が罪に問われることは無い」
「違います! そういうことじゃないんです!」
幾度となく繰り返される、同じような問答。歩みは遅々として進まず、もはや夜が明けてしまっている。
「わかっている。お前達が忠誠の徒であることも、私の考えを理解出来ないであろうことも。だが、私は将軍で、お前達はただの兵卒に過ぎない。そうである以上、お前達は黙って私の命令を聞く以外の道は無いはずだ」
こんな言葉を、言いたくは無い。その思いが、将軍の顔を苦々しく歪める。
もし彼らが、単に自分の立場を気にしているだけというなら、話は簡単だった。自分の残した文章があれば問題ないし、それどころか今回の結果によっては、出世することも大いにあり得る。
兵士が出世や給金を求めることは、何ら悪いことではない。彼らだって普通に生活しているのだから、金が必要なのは当然だし、部下を持ちたい、偉くなりたいなどという俗物的な目的も、それが向上心に繋がって、結果自身の能力の向上に繋がるなら、何の問題も無い。
私欲を捨てて忠誠を捧げよなどと言うのは、狂った宗教だけだ。国家の礎はすべからく普通の民であり、彼らは皆生きているのだ。生きるための欲すら捨てさせたりしたら、そこに残るのは国という名の牢獄だけであろう。彼が忠誠を誓うのは、そんな石棺では無い。
「俺たちだって、この国に生まれた人間です。国のことを愛してますし、陛下に忠誠を捧げています」
そう、それこそが問題だった。彼らは間違いなく、国に忠誠を尽くす立派な兵士だった。自分の忠誠の方が強いなどという世迷い言を吐くつもりは、微塵も無い。それは優劣をつけるようなものではなく、等しく尊いものだ。彼らのような素晴らしい兵士が、新たな世代として育っていることには、誇りすら感じる。自分が必死に守り、伝えてきたものは、間違いなく伝わっているのだと、平時なら涙さえ流して感動していただろう。
「でも、だからこそボーン殿と敵対するのは、悪手としか思えないんです! あの方は我らと共に歩ける方です。手を取り合い、一緒に発展していける方です。国を思えばこそ、そんな方を害するのは……」
故にこそ、それが、それだけが問題だった。あのスケルトンに対する、決定的な価値観の、危機感の違い。互いに国を思い、それが最良であると信じているが故の対立。同じ方向を見ているはずなのに、同じ道を歩けない。それがもどかしくてたまらない。
「それも何度も言ったはずだ。そもそも、たった1日一緒に過ごしただけの相手を、何故そこまで信じられる? ほんの僅かな時を過ごしただけの者の言葉が、何十年も国を守り続けてきた私の言葉より、何故勝る?」
「それは……」
将軍の言葉に、兵士の男の口が止まる。
それは、言葉にできない感覚だった。
彼のスケルトンの言葉には、力があった。魅力があった。彼の語った、戦う者としての価値観。人や魔物ではなく、生命としての在り方という目線から語られた、生きる、戦うということに対する考え方は、目から鱗が落ちる思いだった。
彼の語る言葉の全てが、自分の中にスッと入った。無理矢理押し込まれたわけではない。自分の心の中にあった、様々な疑問や不安といった隙間に、まるで最初からそうであったかのように、ピッタリとはまっていったのだ。
「わかりません。言葉になどできません。だから……だからこそ、将軍をお連れしたのです。一度……ただ一度でいいのです。ボーン殿と語り合っては貰えないでしょうか?」
懇願するように、彼は言う。そのために、ただそのために、彼は将軍を案内することを承諾したのだ。話しさえしてくれれば、きっとわかって貰える。もし万が一敵として対峙するしかなくとも、一切言葉を交わさないということはないだろう。であれば、自分が間に入ることで、ほんの少しでも言葉を交わす時間を作れれば、この将軍だって……
「……わかった。刃を交えるならば、一言二言くらいは交わすこともあろう。それでお前が満足して、これ以上時間を無駄にすることなく案内するというのなら、受け入れよう」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
遂に折れた様に見えた将軍の言葉に、兵士は喜びを露わにして、今までとは明らかに違うペースで森を闊歩し始める。
(そう、刃を交えるなら、な)
将軍の真の胸の内など、彼には知る由も無い。
「将軍、見えました! あそこです……将軍?」
森の切れ間を指さして報告してきた兵士の脇を、鍛え上げた脚力を全開にして将軍が駆ける。それは一介の兵士に過ぎない男には、風が駆け抜けたかのようにしか感じることしかできず……
戦う力を持たないスケルトンには、正しく何があったのかを知ることすらできないほどの速度で、その一撃は振るわれた。
不意打ちに際し、「死ねぇ!」などと声をあげたりしない。無言で、無音で、幾千幾万と繰り返した太刀筋をなぞり、正確に敵の急所を突く。頭と腰への二連撃。一切の情けも容赦もなく、確実に敵を殺すための技。
積み上げた経験は裏切ること無く、目の前にいる邪悪な敵の首魁、脆弱にして惰弱なるスケルトンの頭蓋骨と骨盤がはね飛ばされる。
油断はしない。飛んだ部位に駆け寄り、足で踏みつけ粉砕する。それは予想よりもずっと脆く、あっという間に粉々になる。
残された骨は、動く様子は無い。足下には、どれほどの名工だろうと再び組み直すのは不可能だと思われるほど、粉々に粉砕された元頭と腰の骨。
勝利を確信したのではなく、勝利が確定したことを理解して、将軍は叫んだ。
「敵将、討ち取ったり!」




