表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/89

閑話:三人目の襲撃者

「あり得ん! あり得んあり得んあり得んあり得ん!」


 叫んで、男は拳を振り下ろす。極めて頑丈な素材で作られているはずのテーブルが、その衝撃でガタガタと揺れる。


「どいつもこいつも騙されているのだ! 素晴らしい人格者? 友好を結ぶに相応しい相手? 馬鹿かっ! 相手はただのスケルトンだぞ! しかも、あの邪悪なフォクシールを飼い慣らしている、最悪の魔物だっ!」


 ダンッ! ダンッ!


 繰り返し繰り返し、男の拳が叩き付けられ、遂にテーブルが悲鳴を上げ始める。だが、それでも男の気持ちは収まらない。


 このままでは不味い。愛する王国が、わけのわからない輩に蹂躙されてしまう。いや、戦いになるのならまだいい。自分が先頭に立って戦うならば、どれほど強大な敵であろうと、必ず打ち倒してみせる。ましてやスケルトンなどという弱敵、一撃で粉砕できる自信がある。


 だが、戦いにすらならなかったら? このまま奴が発言権を得て、徐々に王国を内部から取り込んでいったら?


 恐ろしい予想が、男の頭を駆け抜ける。人を見下し、嘲笑うフォクシールのメスと、その下に無様に傅く貴族共。怪しげな術で味覚を支配され、まるで死薬の中毒者のような青白い顔で歩き回る国民。そして何より……王座に座り、我が敬愛する陛下を見下している、スケルトンの姿。


 やらねばならない。今すぐにでも飛び出して、奴を殺さねばならない。


 口の苦手な自分では、ビート公爵を説き伏せることなど出来なかった。

 どれほど奴の危険性を説いても、エドマ老は意にも介さず笑っていた。

 私がどんな思いでいるかを訴えても……王は頷いてはくださらなかった。


 やらねばならない。でなければ、手遅れになる。奴の手は、もうこの王宮にすら届いている。


「迷っている時間は無い。今この時こそ、決断の時」


 激しく荒れていた心が静まっていく。それをぶつけるのは今では無いと、その相手に会うのはすぐ先だと、魂が理解しているからだ。


 誰かに見つかれば、止められるだろう。場合によっては、命令無視どころか反乱とすら取られるかも知れない。

 だが、迷いは無い。地位も名誉も、この命すらも、愛する王国を守るためならば惜しくない。それに、奴の討伐さえ成功すれば、落ちた名誉を挽回する機会は、その後いくらでもあるだろう。


 だが、ここで立たねば国が無くなる。人の国の頭に、魔物が座ることになる。そんなことが許されるはずが無い。そんなことに我慢できるはずが無い。


「やらねばならぬ。我が忠誠、今ここにこそあり!」


 決意と共に、部屋を出る。その日……王都から一人の男の姿が消えた。





「オルトランド将軍が消えた!? どういうことだ!」


 王の怒号が、会議室に響き渡る。

 一向に顔を見せない将軍に業を煮やし、呼びに行かせた使いがもたらした情報は、王を激高させるに十分のものだった。


「あー、やはり行ったか。あの馬鹿が……まああの様子では、どれだけ言ってもきかなかったじゃろうしなぁ」


「忠誠とは捧げるものであり、己の内にその芯を求めてはならない。そんな当たり前のことすら理解できないから、あの方とは話が合わなかったんですよね」


 多分に焦りを含む王に対して、目の前の二人には、それがない。いや、それどころか余裕すら感じられる。


「何故そんなに落ち着いていられる? 何か知っているのか?」


「私は何も。ただ、おそらくこうなるのでは、と予想はしておりましたが」


「儂だって、別に知っていたわけではありませぬ。ただ、これもまた必然ではないかと」


 他者の目のある場所であるからか、エドマ老の口調は幾分丁寧なものになっている。もっとも、その程度の分別すらつけられないものが、つきあいの長さだけで王の側近になどなれるはずがないのだが。


「必然、だと? あやつが向かったのは、例のスケルトン……ボーン殿だったか?そこでは無いのか?」


「昨日までの剣幕を考えれば、間違いなくそうかと」


「なら、何故そんなに落ち着いていられる!? 運命すら味方につける強大な英雄を、我が国の敵とする気か?」


「そうではないのじゃよ。陛下。まずは気を落ち着けて、この爺の話を聞いてはいただけませんかの?」


 そう言われれば、そうするしか無い。王は2、3度深呼吸をして、その心身を落ち着ける。それを確認して、老人は口を開いた。


「まず、王都から消えたのは、オルトランド将軍だけではなく、ビート公爵の共付きとしてボーン殿のところに向かった兵士も、一緒にいなくなっておる。まあ、道案内を頼んだ……いや、命令したのじゃろうな。このことから考えても、奴がボーン殿のところに向かったことは、間違いない。


 じゃが、これは起こるべくして起こったことでもある。あの石頭を説得することなどどうやっても出来なかったであろうから、状況としては十分想定されるものであった。


 つまり、たまたま今という時期だっただけで、奴がボーン殿に戦をしかけることは、既定路線だったというわけじゃな」


「それは……大丈夫なのか?」


「それは、どちらに対する?」


 まるで伺うような質問。それは本来王に向けられるような言葉では無い。だが、この場にいるもの全てにとって知りたいことであり、それを代弁しているだけの公爵を責めるほど、王は未熟では無い。

 そして何より、その答えには、迷う余地など一切無いのだ。


「当然、我が国が、だ」


 国益に利するなら、魔物が勝って将軍が死んでも構わない。

 その判断を下せるからこその王。甘いだけの者に国を任せられるほど、現実は優しくないのだから。


「であれば、問題ないじゃろう。これはおそらく、運命が呼んだ英雄への試練。普通なら、ここで大きく動くのであろうが……あのスケルトンなら、きっと儂らの想像を超えた、面白い結末を自らつかみ取るじゃろうて」


「国の大事を、面白いで済まされては困るのだが……」


 楽しそうに笑う老人に、王は苦り切った表情を浮かべる。だが、ではどうするのかと言われれば、確かに静観する以外の方法が無い。

 夜の間にこっそり抜け出したであろう者を今更追いかけても、追いつけるわけがない。止めるにしろ助けるにしろ、人を集めて送った頃には、決着が付いてしまっているのだ。


「わかった。しかし、備えだけはしておこう。王都内の警備を増やし、城壁からの見張りを倍にしろ。何か変化があった時は、すぐに連絡を」


「「全ては王の御心のままに」」


 一糸乱れぬ唱和によって、会議は終結となる。賽は投げられ、矢は放たれ、人は既に飛び出している。


 世界の流れを決める、小さな小さな大戦争は、こうして静かに幕を切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ