寄る辺のあるもの
2017.3.13 改行位置修正
何をしてもしなくても、時は流れ、夜は明けて朝が来る。日課の体操を、何故か公爵まで含んだ全員でやった後、美味しい朝食を(私以外は)取り、そしてあっという間に、別れの時は来る。
「テントの解体と回収、終わりました」
「火やゴミの処理も終わりました」
「排泄物の処理も、確実に行いました」
「撤収作業、全て完了です」
「うむ。では、ボーン殿。名残惜しいが、これにてお暇させていただきます」
そう言って、公爵は丁寧に腰を折る。最初の時にほんの僅かに感じていた慇懃さは、もう何処にも無い。
「うむ。機会があれば、また来ると良い。陛下にも宜しくお伝え願う。骨の身故そちらに出向くことはできないが、もしこちらを訪れてくれるなら、誠心誠意歓迎しよう、とな」
「かしこまりました。正しくお伝え致します」
普通なら、自らの使える王に「こっちに来い」と伝えろ等と言ったら、怒り狂って武器を向けてくるだろう。だが、私が王都に行かない、行けない理由を正確に知っている公爵なら、正しくこちらの意図を伝えてくれるはずである。
「それでは、失礼致します」
兵士も含め、改めて全員で一礼してから、公爵達は森の奥へと消えていった。その姿が見えなくなり、気配が消えたのを確認し、それでもさらにたっぷり100は数えた頃……
「あああぁぁぁ…………」
「マーッ!?」
「だ、大丈夫かモコモコよ?」
私の隣で笑みを浮かべたまま立っていたモコモコが、脱力してその場に崩れ落ちる。
「大丈夫です、ボーン様。やっと終わったと思ったら、気が抜けてしまって……」
そう言って笑うモコモコを、私はその場に膝を突き、優しく抱きしめる。
「辛く、怖い思いをさせてしまったな」
「そんなこと、私は」
「いいのだ」
言葉を遮り、抱きしめる腕に少し強く力を込める。
「いいのだ。無理をする必要などない。もうここには私たちしかいないのだ。だから、大丈夫なのだ」
「ボーン様……」
モコモコの、声がゆがむ。その美しい瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「怖かった……怖かったんです。兵士の方は皆優しくて、私も、それが嬉しかったし、楽しかったんです。でも、どうしても恐怖が抜けなかったんです」
抱きしめたまま、モコモコの背を優しく撫で続ける。
「ケモコもいる場で、気を抜くことなどできなかったんです。せっかくボーン様が取りなしてくれたものを、無駄にしたくなかったんです。
でも、それでも、怖くて怖くてたまらなかったんです……」
そのまま、撫で続ける。ただ限り無く優しく、抱きしめ続ける。
言葉にしなくても、伝わることはある。だが、言葉にする、相手に伝えるという意思を持つことこそが、大切なこともある。
「マー、ヨーヨー。ヨーヨー」
「ああ、ケモコ。ボーン様……ああぁぁぁ…………」
そのままモコモコが泣き疲れて眠ってしまうまで、私はモコモコを抱きしめ続け、ケモ子もずっと撫で続けていた。
すぅすぅと寝息を立て始めたモコモコを、私はそっと抱えて、洞窟のベッドへと運ぶ。
「ケモ子は、大丈夫か?」
「ンー……ヨー」
モコモコのように緊張して眠れなかったという感じでは無かったが、それでもケモ子は、モコモコの寄り添うように寝転がった。なら、私が言うことは何も無い。
「今日はゆっくり休むと良い。ケモ子よ、モコモコを宜しくな」
「ホネー」
その声を聞いて、私は洞窟を後にすると、再び草原広場へと戻り、その場に大の字になって寝っ転がる。
「終わった、か…………」
思えば、全く気の抜けない1日であった。が、それでも何とか、無事に切り抜けられた。戦うこともなければ、変な要求をされることもなかった。いい具合に友人になっておいたので、これならよほどのことが無いかぎり、当面は安泰であろう。
フォクシールの民に関しては、追々やっていけば良いのである。急いては事をし損じると言うが、そもそもこっちは骨であり、時間の縛りなどあってないようなものである。我が目が黒いうちに~などと無理を押し通さなくても、ゆっくりじっくりやっていけば良いのである。
というか、実はちょっとそう言う感じのアイディアがあったりもするのである。問題点はまだまだ多いが、権力者との繋がりができるのであれば、時間をかければ何とかなりそうなものが多い。頼らないとは言ったが、利用しないとは言ってないのである。寄らば大樹であり、立っている物は王でも公爵でも使えである。
とはいえ、流石に疲労困憊である。全身の骨がボキボキのコキコキである。体操くらいでは癒えないほど、心の疲労がマックスハートである。
こういう時こそモコモコのマッサージが恋しいが、流石に今寝たばっかりのモコモコを起こしてマッサージを頼むとか、関白亭主どころかドメスティックバイオレンスである。言えばやってくれるであろうが、そんなことしようものなら回復どころか立ち直れないくらいのダメージを負ってしまうのである。アンデッドの面目躍如である。
まあ、あの公爵が使えているなら、国王がへっぽこということはないであろう。なら、このままぼーっと不思議な形の雲を眺めて過ごすくらいの余裕は、問題なく稼げるはずである。
「おお、あの雲はうん……いや、ソフトクリームに似ているであるな。うむ、間違いなくソフトクリームである……雲は白いのに、何故最初にそっちが浮かんだのであろうか? うわ、骨の精神疲労マジパないである……」
英知の欠片も垣間見えない、圧倒的な知能指数の低さを恥ずかしげも無く披露しながら、骨はまったり空を見上げていた。




