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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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酒と信頼

2017.3.13 改行位置修正

「ボーン殿、素晴らしい演説でした!」

「ボーン殿、感動しました!」

「ボーン殿、握手してください!」

「ボーン殿、ケモ子さんを僕にください!」

「ボーン殿、私にも是非握手を!」


「お、おぅ。握手くらいは別に構わぬが……あとケモ子を欲しいとか言う奴は、私が直々にぶん殴るので前に出るのである」


「ふむ。首をはねますかな?」


「ふぁっ!? いえ、じょうだ……いや、でも自分のこの気持ちは、決して冗談では……でも斬首は流石に……くぉぉぉぉ…………」


 あまりの苦悩にその場にうずくまる兵士をとりあえず蹴っ飛ばして草原の端に転がし、その他4人の兵士との握手を済ませると、その後も和やかに会食は進み、そしてつつがなく終わる。


 モコモコと兵士達が……一人は隅っこの方で、ゴツゴツした地面の上に足甲をはずさせてから正座させるという、割とガチめな罰を与えられていたが……仲良く片付けをして、時は夜。


 5人の兵士のうち、不寝番は持ち回りで2人ずつのようで、少し離れたところで周囲を警戒しているため、今この場にいるのは、たき火を挟んで私と公爵の二人のみ。

 モコモコとケモ子は、洞窟に寝かせている。見えないところにいかせるのは怖かったが、流石にここで寝かせることはできないので、苦渋の選択であった。


「ボーン殿は……何というかこう、不思議な方ですな」


 温めたワインの入った木のコップを両手で包むように持ち、呟くように公爵が言う。その顔からは、今までずっとあった警戒の色が、もうほとんど残っていない。

 自宅でも無い場所で完全な無警戒になどなるはずがないことを踏まえれば、もはや彼は警戒していないにも等しかった。


「ここに来るに際して、私は多くの不安を抱えていました。いかに知性があるとは言え、魔物……それも生者を憎むことを本能とするスケルトンと、果たして会話がなりたつのか。

 それに、フォクシールの問題。彼らは私たち人間を、猛烈に恐れ、警戒しています。そうなるだけの歴史を重ねてきたのだから、当然でしょう。貴方と奥方やお嬢さんが楽しそうに話していたとは聞いていましたが、それはあくまで魔族であるボーン殿が相手だからであって、私たち人間には、姿を見せることすら拒絶されると思っておりました。


 ですが……蓋を開けてみれば、ボーン殿は想像を遙かに超えて賢く気高く、そして寛大な方でしたし、奥方やお嬢さんも、私たちと普通に言葉を交わしてくださいました。


 知るということ。知ることを望むということの大切さを、私の人生において今日ほど実感したことはございません」


 そこで一端言葉を切り、ホットワインを一口。そして。


「本当に、来て良かった」


 それは、何の飾りも駆け引きも無い、公爵の本音だと思えた。それが自然にこぼれる程の関係を気づけたということなら、努力した甲斐は十分にあったであろう。


「ボーン殿。是非一度、王都にいらっしゃいませんか? 是非とも陛下にお引き合わせしたい」


「私が、であるか?」


「ええ、そうです。奥方とお嬢さんに関しては、流石にちょっと難しいかも知れないですが……それでも、最大限努力はさせていただきます」


「…………申し訳ないが」


 僅かな思案の後、私はそう答える。ほんの僅かな時間、無言の風が草原を吹き抜けていく。


「……理由をお聞きしても?」


「思いつく理由は、語るべき思いは、無数にある。が……」


 おそらく。おそらくだが、王都に出向いて王に会えば、相応の影響力を得られるだろう。公爵との知己も加味すれば、多少の無茶を通せるくらいには。


 そして、それを足がかりに存在感を高め、実際にモコモコたちを人と触れ合わせたりすれば……


 できる。できるのだ。モコモコを、フォクシールの民を、太陽の下で堂々と歩かせることが、きっとできる。


 それは、彼女の、全てのフォクシールの民たちの悲願であろう。それが達成されるなら、多少の……いや、多くの犠牲を払うことすらいとわない程に。


 だが、それは選べない。その道は、あまりにも世界を揺らしすぎる。もはやイデオロギーとすら言えるフォクシールの民の扱いは、変化と呼ぶには大きすぎる。

 それは、革命になる。多くを覆し、多くをねじ伏せ、多くの血を流さねば成し得ない、歴史の転換期となる。


 そして、そこに自分の居場所はない。雑魚魔物でしかない私は、そんな大きな流れの中では、何も出来ない。自分の意思を貫くことも、大切な人を守ることもできず、ただ流されるだけの存在にしかなれない。私は、主人公ではないのだ。


 だから選ぶのだ。今しか選べないのだ。そして私が選ぶものなど、考えるまでもないことなのだ。


「私が真に欲するものは、この腕に収まる程度の平穏でしかない。それが、ただのスケルトンである私の答えである」


 血の平原に立ち、歴史に名を残す革命者などに興味は無い。全てを守りながら戦える勇者ではない。故に、優先順位を間違えてはならない。大切な人の墓に、悲願の達成を報告して悦に入るような趣味は、私にはないのである。


「………………そうですか。残念ですが、私にはボーン殿の決意は、とても覆せないでしょうね」


 長い長い沈黙の後、顔を沈めて、公爵が言う。当然、食い下がってなどこない。それを理解し実行している男だからこそ、続きの言葉を発せられる。


「私は貴殿を頼らない。矮小なこの身では、返せるものが無いからな。だが、それ故に渡せるものがある。そのカップを、こちらに貸して貰えないか?」


「これをですか? まだワインが残っていますが」


「わかっている。そのまま貸してくれ」


 戸惑う公爵からカップを受け取り、私はいつもの詠唱を行う。


「食は幸福。(さち)は満腹『美味しくなぁれ 萌え萌えキュン!』」


 コップの中のワインが光り、その輝きに、見張りどころかテントの中からすら、兵士達が慌ててやってくる。


「い、今のは一体!?」


 驚き戸惑う一同。だが、私が魔法を使ったことを伝えると、すぐにその騒ぎも収まる。若干一名、いつものヘロヘロ君が「魔物が魔法!?」と驚愕に目を見開いていたが、まあそっちの方が普通の反応なので、気にすることではないであろう。


「なあ、公爵殿。信頼というのは、酒に似ていると思わないか?」


「酒、ですか?」


「ああ。ただ材料を入れただけでは作れない。手をかけ、目をかけ、時間をかけて、ゆっくり熟成させていく。ちょっと扱いを間違えただけですっぱく苦いものとなるし、不純物が混ざれば、たやすく腐る。

 だが、だからこそ手塩にかけて完成させた酒は美味い。酒はまさに、作り手と飲み手の間にある、信頼関係に等しい」


 そう言って、私は手にしたコップを差し出す。当然、その意味がわからない公爵ではない。それを受け取り、慎重に一口だけ口に含むと……


「……美味い。しかし、何故? 先ほどの魔法ですか?」


「私の創った、美味魔法だ。『美味しくなぁれ 萌え萌えキュン!』の言霊で発動すれば、指定した食物を食べたとき、美味しいと感じるようになる」


「それは、どんな食べ物にでも、ですかな?」


 公爵の目が、キラリと光る。どんな不味い物でも美味しく食べられるなら、様々な面での食糧事情に、大きな改変を加えることが出来る。


「味そのものが変わるわけではないから、あまりに不味いものに使うと、やや悲惨なことになるらしいがな。「腹は膨れるが味気ない食材」にでも使えば、最適なのではないかな?」


 それはつまり、軍が大量に抱えているであろう保存食の価値が、大幅にあがるということ。詠唱一つでそれができ、軍だけでなく貧民街への中期的な食糧配給などの際(短期なら炊き出しの方が優れている)にも、非常に有用な武器になる。

 直接戦う力ではなく、それを支えるための力。綺麗事と言われようと、直接的には誰も傷つけず、世界を革命する魔法。


「……これほどの魔法を、何故……?」


「言ったであろう? 酒は信頼に似ている、と。その味は私の信頼だ。公爵としての貴殿ではなく、今宵語り明かした、友に対して贈るものだ。受け取ってくれ、我が初めての人の友、バーナー・ビートよ」


「……ありがたく頂戴致します。公爵としてではなく、一人の人間として。このご厚意、決して無下には致しません。感謝します。スカーレット・トリニティ・ボーン殿」


 天頂に差し掛かった月が、二人の男の姿を、優しく照らし出す。その後もしばしの歓談は続き、やがて片方は眠りについた。残ったのは、一人の男と義の志のみ。


 眠ることの出来ぬ男は、その志を肴に、一人静かに、揺らめくたき火の炎を見つめ続けていた。

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帰還後、陛下の御前にて…… 公爵『美味しくなぁれ 萌え萌えキュン!』
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