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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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仲良きことが、美しくないこともある

2017.3.13 改行位置修正

「それでは、ボーン殿との友好に」


「うむ。エジスマ王国との友好に」


「「乾杯」」


 ポコンと木のコップを打ち合わせ、食事が始まる。ここがちゃんとした屋敷などだったら手土産に銀食器が含まれていた可能性もあるが、銀は手入れをしないと腐食するので、見合わせたのだろう。実際貰っても持て余したであろうから、こっちの方がよほど気楽である。


 ちなみに、私の持っているコップにも、一応ワインが注がれている。飲むことができないとはいえ、これは形式として必要なことだ。モコモコには酒を、ケモ子には果汁を搾ったジュースのようなものを進められたが、適当な理由をつけて丁重にお断りした。料理はモコモコに「手伝わせた」ものだから問題ないであろうが、何処で作られたかわからない飲み物は、流石に手をつけさせられない。


「うわ、このシチュー美味いですね」


「あ、本当だ。凄い美味い」


「ふふ。お口に合えば何よりです」


「いや、合うなんてもんじゃないですよ。あー、こんな森の中でこんなに美味しいものを食べられるとは思いませんでした」


 場の雰囲気に合わせて、兵士達は口も気分も軽い。公爵の言った無礼講を真に受けて、羽目を外すような愚か者は流石にいなそうだが、それでも礼を失しない程度に砕けたしゃべり方をするあたり、やはり相応に訓練された兵士なのだろう。

 公爵につけられているのだから、兵士じゃなくて騎士とかかも知れないが。


「いやぁ、森を強行軍で進んだあと、ずっと立っていたんで、足がパンパンで」


「あら、でしたら後ほどマッサージでもいたしましょうか? 主人には凄く好評で……ああ、でも、フォクシールのマッサージは魔力に干渉しますから、お嫌でしょうか?」


「いえいえいえ、嫌とかそんな、とんでもない! 是非……」


 …………うん。仲が良いことはいいのである。でも、奴に蜜瓶を渡すのはちょっとだけ考え直すことにするのである。


「ケ、ケモコちゃん、ど、どう? 美味しい?」


「ンー……マッ!」


「よ、良かった! じゃ、こっちの串焼きもどうかな?」


「ンー? アー。むぐむぐ……マッ!」


「ああ、可愛いなぁ。可愛いなぁケモコちゃん…………」


 …………あー、何かあれだな。交渉とかどうでもいいから、こいつを今すぐぶっ飛ばしたい気分であるな。ふむ。どうする? しちゃう? 処す? 処す?


「お前達……モコモコ殿やケモコ殿が魅力的なのはわかったが、流石にこれ以上は容認できんぞ? そもそも、主の前でその奥方や、年端もいかぬお嬢さんを口説くなぞ、物理的に首を飛ばされても、私はかばわぬからな?」


 今までと違って、本気のあきれ顔で公爵が告げる。いくら何でも、この展開は想定していなかったのであろう。無論、それは私の方もだが。


「く、口説くなど、そのようなっ!?」


「じ、自分は、そういう不純なアレではなく、純粋に……」


「全く……本当に、本当に申し訳ない。ボーン殿。私の連れた兵が、大変な失礼を働きまして。まことに……」


 申し訳なさそうに……ここもフリではなく、本当に申し訳なさそうに……公爵が頭を下げる。

 まあ、普通に考えて、交渉をしに来た相手の妻や娘を口説く兵士など、その場で首を物理的に飛ばされるくらい論外の存在である。ここまでの会話などで、ある程度私の性格を踏まえているからこそ穏便にすまそうとしているだけで、もし私が怒りの姿勢を見せたら、おそらくこの二人は、即座に首をはねられるだろう。


 にしても、確かにいくら何でもこの打ち解け方はちょっとおかしいのである。聞いていたフォクシールに対する意識とか扱いに対して、あまりにも警戒心がなさ過ぎる。モコモコやケモ子の魅力がいかに天井知らずで天上に届こうとしているとしても、流石に……


「はっは。先ほども言ったが、我が妻と娘があまりにも魅力的なことは、私も理解している故、気にせずとも良い。ただ、一つ言っておくことがあるとすれば……」


 私はモコモコとケモ子の二人を、両手でグッと抱き寄せる。当然二人とも抵抗などするはずもなく、それどころか自ら私に抱きついてくる。


「どちらも私の最愛の存在だ。兵士諸君に渡すつもりはないので、そのつもりで」


「ボーン様……はい、私は永遠に貴方様のものです。どうか末永く、お側においてくださいませ」


「ホネー!」


 蕩けるような顔のモコモコと、元気印の笑顔満面のケモ子。それを見て、羨望のまなざしを向けてくる兵士達。流石にちらりとでも嫉妬の気配を見せたりはしない。


「ボーン殿は、本当にご家族を愛されているのですな」


「当然だ。大切な者を愛しいと感じる気持ちに、人も魔もあるまい。いや、普通の魔物は違うのかも知れんが……それは私にはわからぬことだ。私は何処まで行っても、私でしかないのだからな」


「左様ですな。他者の心を理解するのは、とても難しい。せめて言葉を交わせるならば、まだ知ろうと思うことくらいはできるのですが……」


「仕方なかろう。理解の対極にあるのは、無関心だ。それは関心を払わぬことであると共に、いかなる感心にも反応せぬということでもある。ただ本能に従って襲ってくるだけの存在であれば、それを理解せよなどと言うのは、もはや狂人の域であろう」


「ボーン殿が、そう仰るのですか」


 その言葉は、純然たる魔物である私が、魔物を殺す人間の立場を容認するのか、ということ。故に、それに対する答えもまた、決まっている。


「私は、戦いというものを決して否定はしない。あらゆる命は、他の命を奪わねば生きられぬのだから。奪うことで命を繋げるなら、そうすれば良い。奪われた側はただ弱かっただけ。その単純な事実から、私は目を背ける者ではない。


 故に、奪う側が持つべきものは、覚悟と矜恃である。

 覚悟が無ければ、自分が他者に押しつけてきた理不尽が、自分の身に降りかかった時、ただ泣きわめいて混乱することしか出来ぬ。それではただ、淘汰されるのを待つだけのものとなるであろう。

 矜恃を持たぬ者は、無限に求め続けることになる。もっと多く、もっと強く、もっと広く、もっと高く。永遠に肥大を続けるなら、その力はやがて己の内から、己を食い破ることになるであろう。身の程を知らず、醜く肥え太ることもまた、命の一つの形ではあろうが……少なくとも私は、そうなりたいとは思えんな」


 しん、と、いつの間にか辺りが静まりかえっている。その場にいる誰も彼も……ケモ子だけは別だが……私の言葉を一言一句聞き逃さぬよう、真剣な顔でこちらを見ている。


「兵士諸君よ。私は魔物を殺す君たちを否定しない。それが金のためであろうが、家族や国を守るためであろうが、兵士としての職務上のことであろうが、それこそ奪うことの悦楽に酔うためであろうが、私はその全てを肯定する。


 だからこそ、心せよ。己が他者に成すことは、全て己にも返ってくるのだ。強くなるため、食事のため、愉悦のために、魔物が諸君やその家族を、殺すことがあるのだ。


 故に、覚悟と矜恃を持ちたまえ。剣を振るうとき、その2手3手先に何が待っているのかを、きちんと考えたまえ。何気なく奪ってしまったもののために、己の本当に大切なものを奪われないようにな」


 私の言葉が、果たしてどれほど届いたのか。真剣な顔で考え込む兵士達の姿を前に、パチパチというたき火の音だけが、静かに辺りを満たしていた。

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