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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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上が上とは限らずとも、舌が下とはあり得ない

2017.3.13 改行位置修正

「それでは、改めて話を……といっても、実は大きな目的は、既に達成されているのです」


「ほぅ?」


 親しげな口調で。にこやかな笑みで。だが決して笑わぬ目で、公爵が私に話しかける。


「先ほどから申し上げている通り、私の最大の目的は、ボーン殿と話をすることでした。正直なところ……失礼かと思いますが、スケルトンが知性を持って言葉を喋る、ということそのものが、私どもとしても初めてのことでして」


「ふむ。それで私がいかなる者かを知るために、ここに来た、と?」


「はい。ボーン殿は、私の想像以上の方でした」


 そこで一端、会話が止まる。だが、ここでこちらが「用が済んだのなら帰れ」と口を出す、まさにギリギリの瞬間をはかって、公爵が大げさな動きで声を出す。


「おおっと、私としたことが。申し訳ありません。実はこちらをお訪ねするに際して、色々と手土産を用意させていただいたのですが、それをすっかり失念しておりました。おい!」


 公爵の指示に従って、兵士の中で唯一大きな籠をしょっていた者の背から、様々な物品が取り出される。


 まずは、色とりどりの生地と、それを用いて作られた、子供用と思われる服。サイズから見て、モコモコとケモ子の体に合わせたのだろう。生地も一緒に持ってきているのは、こちらに縫製技術があるかどうかを調べるためであろうか。


 次に、玩具。子供が遊ぶような、積み木や模型、人形などがある。この辺は、ケモ子を狙ってきているのだろう。さりげなく混ぜてある絵本は、文字の勉強ができるような物に見える。

 ……ん? 何故私は文字が読めるのであろうか? まあ、喋れるなら書ける……のか? いや、今はそんなことはどうでもいいことである。


 その次に出てきたのは……丸い金属製のケースに入った何か。


「これは、化粧品か?」


「いえ、それは磨き粉です。ボーン殿が、自身のお体を磨く際に役に立つかと」


「ふむ。少し試してみても?」


「勿論です。どうぞお納めください」


 許可を貰って、ケースの蓋を開ける。中にあったのは、白くてペースト状の……歯磨き粉のような感じであろうか? 指で掬って腕の骨に塗ってみると、少しざらざらした感じがある。であれば、布につけて物を磨く、文字通りの磨き粉、研磨剤であろう。


「なるほど……これは良い物を貰った。感謝しよう。ありがとう」


「いえいえ、喜んでいただけたなら何よりです。ささ、他にもありますので」


 私の言葉に、公爵の目が……というより、瞳孔が一瞬だけ細くなる。普通の人間ではあり得ない、猫の目のようなその動きが何を意味するのかは、今の段階では判断しようがない。


 その後も続々と続いていく、手土産という名の献上品。普通の化粧品に、毛づやを増すための油。干し肉や黒パンなどの食料品に、最後には酒まであった。


 こういう時に定番の、武具のたぐいがひとつも含まれていない。これは、流石にこちらを警戒しているからであろう。


「随分沢山の手土産をいただいてしまったな。これほどのことをされたら、何か礼を考えねばならないが……その前に、もう1つだけ欲しい物があるのだが、良いだろうか?」


 家族を側に呼ぶ以外での、初めてのこちらからの要求に、それでも公爵は眉ひとつ動かすことなく、柔和な態度を崩さない。


「欲しい物、ですか? 可能な物であれば検討させていただきますが……一体何をお望みで?」


「ふっ。なに、これだけの物を『保管するための物』が無くてな。良ければ、これが入っていた籠ごといただけないだろうか?」


 軽く笑って言う私に、張り詰め続けていた公爵の緊張の糸が、ほんの少し、わずか一本分だけ緩む。


「そういうことでしたら、勿論。おい、取り出した物をしまい直せ」


 公爵の指示に、兵士達が2人動く。やはり少しだけ、緊張が緩んでいる。


「お待たせしました。では、この籠ごとお納めください」


「うむ。確かに受け取った」


 籠を受け取り、感謝の言葉を返す。ここで明確に、立ち位置が決まった。物を差し出すことでこちらを上に立てつつ、物を贈ったことそのものを貸しとして、自分たちの要求を通す。

 これがそう言うやりとりであることを、相手は当然わかっているし、私も理解している。そして、私が理解していることを、公爵も理解しただろう。


「さて、それではせっかくの客人だ。これで帰すというのは忍びないのだが……さてどうしたものか。何せ私は骨の身ゆえ、食事を取らなければ眠りさえしない。我が妻や娘も、野生の獣を狩って食事とするため、貴殿ら普通の人間をもてなす用意が何も無いのだ。提供できるのは、この場所程度になってしまうのだが……」


「いえいえ、お気遣い無く。私どもは私どもで、しっかりと野営の準備は整えておりますので、この場をお貸しくださるということであれば、それで十分でございます」


 なので、ここからは、第2ラウンド。私は物を貰うだけ貰って追い返すような存在では無いこと、場所を貸してここに滞在することを認めるという発言をし、公爵はそれに乗ってきた。それはつまり、このまま戦闘(こうしょう)を続けるということだ。


 公爵の指示の元、兵士達がてきぱきと……一人だけもたついているのが混じっているようだが……野営の準備が進んでいく。


 距離の取り合い、探り合いから、お互い一歩踏み込んだ。ここから先は、些細なミスが命取りになることもある。まだまだ全く気は抜けないし、危機は少しも去っていない。


 兵士達の準備を眺めながら、私はさりげなく背後に手を回す。それに気づいたモコモコが、ほんの一瞬、だがしっかりと手を握ってくれた。うむ。これでまだ戦える。公爵は気づいただろうが、気づかれたところでどうということもない。むしろこれで与しやすいと油断してくれるなら、願ったりである。これまでのやりとりから考えれば、そんなに甘い相手ではないであろうが。


 さあ、パワーの補充も終わったし、野営の準備も終わったようだ。愛する家族と素敵な我が家を守るため、一家の大黒骨柱、頑張り所である。

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