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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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不可視の鍔迫り合い

2017.3.13 改行位置修正

「人間!? 気づかなかった!? どうしてっ!?」


 即座に私から離れ、モコモコが驚愕の声をあげる。だが、それに対して返ってくるのは、求めていたものとは違う、最悪に近い答え。


「ああいえ、そう警戒しないでください。少なくとも今は、あなた方を害するつもりはありません。スケルトン殿も、奥方も、そして……お嬢さんも」


 ケモ子の存在が知られている。その事実にも、私の心は揺らがない。ぶれず揺るがず、ただ冷えていく。自分の姿を遠くから見ているかの如く、冷静に。


「話を聞いてくれ、ということは、少なくとも対話を求められていると解釈してもよろしいかな? 人間殿」


 私はモコモコに目配せしてから、落ち着いてそう告げる。私の視線の意味を察して、モコモコが少しだけ私から離れる。


「ええ。勿論そうですとも、ああ、申し遅れました。私は……」


 名を告げようとする男の言葉を、私は手で制する。


「失礼。話を始める前に……私の娘も、この場に呼んで構いませんかな?」


 その提案に、男は驚いたような顔をする。


「それは当然、構いませんが……私が言うのも何ですが、よろしいので?」


「客人を前に、妻と娘を走って逃がすような、後ろめたい生き方をした覚えは無いのでね。それに……私の目の届くところより安全な場所など、世界の何処を探してもありはしないでしょう」


「ほぅほぅ、そうですか。確かに見えぬところというのは不安になるものです。真に強き者であるなら、百万の兵がいる戦場であったとて、自分の家族は手元に置きたいものなのでしょう」


「全くだ。では、失礼して……おい」


 あえて名前を呼ばず、モコモコに声をかける。いざという時にいつでも飛び出せる距離を維持していたモコモコは、無言で頷くと、歩いてケモ子のところへ向かって行き、程なくして、ケモ子を連れて戻ってくる。


「お待たせして申し訳ない。それでは、改めて自己紹介をさせていただこう。私の名は、ボーン。スカーレット・トリニティ・ボーンである」


「これはこれは、ご丁寧に……奥方とお嬢さんも、紹介していただいても?」


「申し訳ないが、妻も娘も名を持たないのだ。その理由は、あなた方の方がよく知っているのでは?」


「それは確かに。ですが、はて。先ほどは名を呼んでいたような……?」


「この地は魔力の影響が濃い。酔って幻聴でもお聞きになったのではないか?」


「幻聴ですか?」


「ああ、幻聴だ」


 引かない。ここは引くべきではない。存在を知られていることと、名前まで知られていることでは、危険度のレベルが1つ違う。仮に知っていてかまをかけているのだとしても、こちらから札を切る理由は無い。

 ちなみに、本当に魔力で酔うなどということがあるのかどうかは知らないので、そっちに関しては本気でハッタリである。


「……そうですか。いえ、事情を知るものでありながら、失礼致しました。私の名は、バーナー・ビート。ここエジスマ王国にて、公爵の地位を賜っております」


「ほぅ、公爵殿か。それほどの地位の方が、こんなところまでわざわざ何を? 随分と物騒な連れもおられるようだが」


「私の目的は、最初に告げた通り、貴方と話をすることですよ、ボーン殿。ただ、この森は少々危険な魔物などもおりますので、私のような戦う力の無い人間では、とても抜けることなどできず……無礼を承知で、最小限の護衛を引き連れてきた次第であります。そこはどうかご容赦頂きたい」


「そうであるか。構わぬよ。生物が、危険から身を守るのは当然の権利である。それを阻害する気はないし、そんなことで腹など立てんさ。

 ましてや、私のような異形の者に、剣では無く会話を求めてくれるような賢明な相手なら、なおさらに」


「寛大な処置、ありがとうございます」


 そう言って、公爵は頭を下げた。スケルトンである私に、だ。連れている兵士の装備や立ち振る舞いを見ても、この男の身分が偽りである可能性は低い。ということなら、名乗りも爵位も本物であろう。半端に偉い人間に、交渉時に嘘をつかせる理由は低い。

 そしてそれは、この男が形式だけの交渉者ではなく、本当に話をしに来た可能性が高いということでもある。わざわざ大きな権限のある高位貴族を、危険を冒して直接送り込んできたのだから。


 ほんの一瞬、背後に視線を向ける。ケモ子のことしっかりと抱きしめ、モコモコが立っている。出来れば逃がしたいところだが、こいつの言う通り、目の届かないところにやれば、一瞬で拉致され、その後は知らぬ存ぜぬを通されるであろう。

 ならば、ここで守る。守り通す。相手が対話を求めてくれているのなら、勝率は十分にある。

 弱くて脆いこの身が誇れるたったひとつの優れた武器は、このクールでダンディなトーク力のみなのだから。


 何枚舌を持っているかわからない男と、舌など一枚も持っていない骨の、剣を交えない戦は、まだ始まったばかりである。

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