一人目の訪問者
2017.3.13 改行位置修正
何故こんなことになってしまったのか? 一体何処で自分は間違えてしまったのだろうか?
わかっている。全ては自分の安易な行動のせい。深く考えることなく、怪しいブツに手を出してしまったせいなのだ。1回くらいならとか、ちょっとなら大丈夫とか、そんなことはないのである。自己管理には自信があるから、自分でちょうど良く調節できるとか言っちゃう輩は、骨で笑ってカックカクなのである。それができる奴は、最初から手を出さないのである。
やってしまったら、終わらない。自分の意思では、止められない。だからこそ先人たちは、こう言っていたのだ。ダメ、ゼッタイ! と。
終わらない。終わらないのである。草むしりが、いくらむしっても終わらないのである。むしってもむしっても終わらない、エンドレス草むしり。犯罪者に下す刑罰のひとつとして、ひたすら穴を掘って埋めると言うのがあると聞いたことがあるが、何というかそんな感じである。同じところをむしった回数は、8回じゃ到底きかないのである。
もっとも、これが罰だと言うのなら、それはそれで甘んじて受け入れる用意も覚悟もある。当然、この状態の原因が骨だからである。うかつに「生えろ」とか言っちゃったから、何かもう、ずーっと生え続けているのである。あまりのことに業を煮やして軽く「枯れろ」とやったら、見渡す限り全部が一気に茶色になってしまって、生やした時の倍以上焦ったのである。白蜜草がしおしおになったときの、骨以外の全員(含む妖精)の悲しそうな表情は、今でも骨の頭蓋骨の裏側に焼き付いているのである。
何とかしてちょうど良い感じに、というか何もしてない状態に戻ってくれれば、と思って努力はしたのであるが、まあ無理であった。緑玉に内包されている全ての魔力を放出させればいけると思うが、量が多すぎるうえに、放っておいても勝手に補充されるので、普通の方法では減らすことすらできなかったのである。
では、普通では無い方法ならいけるのか、と言われると、いける気がそこはかとなくしなくもない感じではあるのだが、正直何をどうやっても取り返しがつかないレベルで状況が変わりそうなので、怖くてできないのである。
反省無くして成長無し。臆病なくらいでちょうどいいのである。
「ふーっ、本当に終わらないですね……」
骨の尾骨を全力で拭いまくる、良妻の鑑とも言えるモコモコが、額の汗をぬぐいながらこちらにやってくる。
ふと、キツネは汗をかくのだろうか? という疑問が浮かんだが、そもそもモコモコはフォクシールであり、キツネではない。見た目こそそっくりだが、私の知るキツネは、二足歩行したり喋ったり骨を弄んだり、魔力を操ったり流し目をしてきたり骨を弄んだりはしないので、基本別物なのである。故に汗をぬぐっているのなら、汗をかくのだろう。まあ人に交じって生活しているうちに、何となく動作として覚えてしまったという可能性もゼロではないが。
「これだけ動いて汗をかくと、水の消費が激しいですね。近場に、もうちょっと大きい水場があるといいんですけど」
「ふむ。水場か……」
骨は水を必要としないため気にならないが、普通の生物であるモコモコとケモ子は、当然水が無ければ生きられない。洞窟内に壁からしみ出る水を溜められる場所を確保はしてあるが、どう考えても最低限であろう。
実際、この花畑が普通の意味で「花畑」であったなら、それを世話するために必要な水は、絶対に足りなかったであることはわかりきっている。
というか、植物というのは、普通水を溜め込んでいる。なら、さっきから抜いても抜いても尚生えてくるこの草たちも、当然水分を含んでいるわけで……
私はその場に座り込むと、ポンと地面に手を突き、意識を集中させていく。瞬時に緑玉が埋め込まれている範囲の地形全てが脳内に流れ込んでくるので、白蜜草の密生している辺りの地面を、何かこうぐいっと動かす……のは無理であった。流石にそこまで何でもはできないらしい……ので、多少使い勝手が落ちるが、普通の花畑エリアの一部を完全に枯らし、その部分の地面を円形に下げる……おお、これはできたな。あとは、この掘り下げた場所に、抜いても抜いても生えてくる草が使う
はずの水分を、こう、じわじわくみ取る感じで……
「……どうだ?」
意識を戻して視線を向けると……なんということでしょう! そこには、丸くへこんだ地面に美しく澄んだ水が満たされた、小さな池ができているではありませんか! しかも、池の縁付近はあえて草を枯らすことで、足を滑りにくくするという匠の心遣いには、小さな子供を持つ母親も大満足!
さらに、あれほどしつこかった草が、しおしおになってどんどん枯れていく。後に残ったのは、以前とほぼ変わらない景色と、新しく出来た水場のみ。
うむ。これは大成功である。劇的に理想的なアフターである。
「うむうむ。これは良い感じに仕上がった……」
「……ボーン様?」
背後から、最近よく聞いている感じの声がする。ああ、やらかしたばっかりでまたこれは、駄目な奴であった。せめて一言相談してからするべきであった。信頼とは、積み上げるのは難しいが、崩れるのは一瞬なのだ。
「す、すまぬ。せめて一言……っ!?」
怒られるかと思った骨の首に、モコモコの両手が回される。締められているわけではない。背後から抱きしめられているのだ。ちょっとの違いだが、大きな違いである。
「ボーン様は……本当に、神様みたいな方ですね」
「神とは、また随分大仰な……」
「手を突いただけで地面を掘り、水を湧かせるような方が、神でなくて何だと?」
そう言われると、確かにかなり神様っぽい。が、当然違う。
「無論、ただの骨である。お前が、お前達のことが大好きな、何の変哲も無いただの骨であるよ」
「ボーン様……」
頬をすり寄せるモコモコの頭を、優しく撫でてやる。二人だけの、優しい時間。
「お楽しみのところ、大変申し訳ないのだが……どうか私の話を聞いてはもらえないかね? スケルトン殿」
その無粋な男の声に、ハッとして顔を向ける。そこには、完全武装した5人の人間と、森を歩くにはあまりに不自然な、目に痛い真っ赤な服に身を包む、中年太り気味な男が一人立っていた。




