輝く骨 響く音
2017.3.13 改行位置修正
「ぬーん…………」
突然の人間達による建もの探訪……良い声をした髭のオッサンと、謎の音楽が頭に木霊する……というイベントを終えて、しばしの後。平穏を取り戻した洞窟前草原広場に、骨の唸り声が重低音を響かせていた。
「ここか……? いや、この辺……?」
呟きごとに、体を叩く。その度、コンとかカンとか、乾いた感じの音が鳴る。そう、これこそ「第2回 宴会芸披露大会」に向けた骨の秘策、木琴ならぬ骨琴なのである。
ちなみに、第1回大会においては、魔力を使いまくった影響か、いつの間にか向上していた魔素の方の操作技術を存分にいかし、『正式な場所に繋がなくても、体に触れてさえいれば骨を動かせる』という最新技術を用いた究極奥義を披露した。
両方の腕を肩から外し、一直線に繋いで、そのうえで頭蓋骨の鼻の部分に接続することで成し得た、その名も『骨体変態 エレファントモード』である。ちゃんと鼻がパオーンとするのも再現したのである。
……ケモ子に泣かれたのは、ここだけの秘密である。それどころかモコモコにすら「えっと……凄いです、よ? ええ、あ、魔素の操作技術は本当に凄いです」と気を遣った発言をさせるほどの出来映えであった。
そんな状況を挽回するためにも、この骨琴は成功させねばならない。もし間に合わなかった場合は、最悪『骨体変態 キリンモード』を実行せざるを得ないが、モコモコの生温かい視線も、ケモ子にぎゃん泣きされるのも、心にクるので全力で回避したいのである。
あ、ちなみに妖精には人気であった。鼻の部分を滑り台にして遊ぶのが、いたく気に入ったようであった。
そんなわけなので、結構必死で音程の調律をしているのであるが……正直、これが難しい。そもそも基準となる音が無いので、細かいチューニングができないのである。なればこそそこまで厳密にする必要は無いのかも知れないが、カンコン叩くだけならともかく、曲を奏でようと考えると、僅かな音のずれも大きな違和感として感じられてしまうであろう。
「うむぅ……叩く位置の調整、いや叩く方の骨を、手や指ではなく、いっそ踵を外して使うか? それとも、骨密度の調整……?」
スッカラカンの頭蓋骨をカラカラと回し、思いつく限りの手段を試していく。だが、どうにもこうにもしっくりこない。
「ホネー?」
「お? どうしたケモ子よ。何か用か?」
「ホネー?」
「んー? ああ、私が何をやっているのかが気になるのか?」
「アー!」
私の言葉に、両手を挙げて全身で肯定を示すケモ子。だいぶ煮詰まっていることもあり、この辺りで一休みするのも良いかと、私はケモ子を膝の上に載せる。
「よしよし。今日もケモ子は元気で可愛いであるな」
「んふぅ。ホネー!」
撫で回されてご満悦のケモ子に、骨の気持ちも軽くなる。そして気づく。自分が大きな勘違いをしていたことを。
いつの間にか、完璧な音程で曲を奏でることを目標としてしまっていた。だが、違うのだ。重要なことは、みんなが楽しくなることなのだ。極端な話、曲などという型にはまったものを演奏するのではなく、適当にポコポコカンコン叩くだけでもいいのだ。愉快な音が鳴るということ、それだけで良かったのだ。
目の前の霧が晴れた気がした。脳内で種的なものがはじけ飛び、骨の内側にイメージが湧いてくる。
「ケモ子よ。お前のおかげで素晴らしいことに気づけた。ありがとう」
「にゅふふぅ。フォネー!」
両手を頬にあて、わしゃわしゃと撫で回す。嬉しそうに笑うケモ子をひとしきりそうしてから、膝から下ろして地面に立たせる。
「さあケモ子よ。私は今からすることが出来たので、向こうで遊んでくると良い。今は秘密の方が、楽しそうであろう?」
「ホネー!」
元気に走り去っていくケモ子の姿にありもしない目尻を下げ、私は己が内に向かい合う。集中し、探る。これなら……うむ、できるはずだ。
あの頃より、魔力を操る技術は格段に上がっている。妄想を想像し、創造させて現実と成す手法は、既に学んでいる。ならば出来ないはずが無い。
集中集中…………お、おお、きたか? これはきたのか?
脳内に言葉が浮かんでいく。視線の先に、現実と魂の狭間に文字が浮かび、踊り、形を成していく。それは即ち、新たなる原初魔法。
「音楽は、楽しい音と書く。なれば音の本質は楽。ただ聞くだけで楽しくなる、耳にするだけで幸せになる。想いを形に、心を音に! 鳴り響け! 『ホネとあそぼう! ピンポンパン』」
光る。輝く。昼なおまばゆい閃光が、骨の周囲を埋め尽くす。
「おおおおぉぉぉぉぉ!」
「ボーン様!?」
「ホネー!?」
突然の発光に驚いて、モコモコとケモ子がこちらに駆け寄ってくる。だが、そんな二人を手で制し、光が収まった体を、じっくりと眺めてみる。
何の変化もない。いつも通りの、染みひとつ無い綺麗な白骨。カルシウムに充ち満ちた、愛すべき我が骨の体。
そんな体の大腿骨を、指で叩いてみる。
コーン
「えっ!?」
「ナ?」
高く高く、澄み切った音が響く。今までの骨体からは……というか、そもそも骨を叩いて出るとは思えない音。だが、それは心に染み渡り、じんわりと温かい何かをもたらすのがわかる。
別の箇所を叩く。
リィン
今度は、鈴のような音がした。当然、骨から出る音ではない。この音も心に響き渡り、何となく踊り出したいような気がしてくる。
「あの、ボーン様。今度は一体何を? この音は一体!?」
「うむ。実は今度の宴会芸大会に向けて、新しく魔法を作ったのだ。魔法をかけた対象を叩くと、愉快で素敵な音が鳴るのだぞ、ほれ、このように」
シャーン
両手を打ち鳴らす。シンバルのような音に、心がざわめく。何となく、今度は走り出したくなる感じだ。
「ええぇぇぇ…………これ絶対原初魔法ですよね。そんな理由で、こんなに簡単に原初魔法が……ああ、でも、それでこそボーン様なのかも知れませんけど」
「ふっふっふ。そう褒めるでない。照れてしまうぞ」
「いや、褒めては……いえ、これは褒めてるですね。それだけの大きな力を、誰かを楽しませたり、幸せにするためだけに使う……それがどれだけ尊いことか。
世界の全てがボーン様を愚か者だと罵っても、私は貴方のその在り方が、心から愛しいと思いますよ」
「……その言い方だと、お前以外の全ての者から、私は愚か者だと思われているということにならないか?」
「奪うことにしか力を使わない人たちには、そう見えると思いますよ? 力を持っている人ほど、与える幸せ、分け合える喜びを知らない方は多いですから」
「うむ、そう言われれば……まあ、お前やケモ子が喜んでくれるなら、私としてもそれで十分であるし、構わんが」
「はい。とても、とても素敵な魔法だと思います。あの……前回のアレよりも」
「あぁ……まあ、あれは忘れて欲しいのである」
そんなことを話しながら、私たちは笑い合う。ちなみに、この間にも目をキラキラ輝かせたケモ子が私を叩きまくっていたし、当然のように集まってきた妖精達もバシバシ叩いてきていて、草原中にキンだのコンだのシャンだのといった統一感の無い音が響いていたのだが、それは何故か会話を阻害しないし、どれほど響いても五月蠅いと感じない……それどころか、いつまでも聞いていたいと思えるような音であった。
ふっふっふ。これなら今回大会の優勝は間違いないであろう。流石は私。勝利に貪欲な骨は、概ね常勝無敗であるのである。
ちなみに、参加者から楽器扱いになってしまった骨が、以後も続いたこの大会で初優勝を飾るのは、はるか未来の話である。




