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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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閑話:冒険者エディルの独白

2017.3.13 改行位置修正

 世界が、ひっくり返った気がした。自分の中の常識が、片っ端から崩れていく感じがした。

 その出会いは、そのくらい強烈で、強力で、そして狂気に満ちていた。




 目の前にいたのは、スケルトンだった。太陽の光の下、草花に囲まれ、妖精をその身に侍らす不死者。ただそれだけでも驚愕に値する存在だったのに、そいつはあろうことか、言葉さえ話した。


 彼の言葉には、高い知性と理性を感じられた。世間の常識にこそ疎いようだったが、単純な知識の量というなら、僕たちよりもずっと物を知っている感じだった。


 でもまあ、それは当然のことだと思える。これほどの存在なら、数百年、あるいは数千年の時を生きた、強大な存在であるだろう。そんな相手に、たかだか十数年しか生きていない小僧の僕が勝ることが、ただひとつでもあったことの方が驚きだ。


 そして、彼の……スカーレット・トリニティ・ボーンと名乗った偉大なスケルトンの力は、そんな生易しいものでは収まらなかった。何と、回復魔法を使ったのだ。


 陰の属性の力、魔素を宿す魔物が、陽の属性の力、魔力を用いる回復魔法を使うことは、絶対にできない。相反する力をそのままの形で溜め込み、あまつさえそれを操って外部に影響力を発揮するなど、常識では考えられない。

 もし例外があるとすれば、魔物ではなく、それ以上のナニカ……魔素を宿すことで生存している存在ではなく、ただ魔素を宿しているだけの、強大な器を持った存在。それはきっと、神様とか、魔王とか……そんな感じに呼ばれるモノだ。


 だから、僕は警戒していた。こんな存在が人間に関わるのは、気まぐれか暇つぶしのどちらかだ。そしてそのどちらであっても、ほんの些細なきっかけで、僕たちなんて簡単に吹き飛ばされてしまう。目の前にいるのは、そう言う相手だ。


 癒しの対価の1つとして情報を求められた時、僕の警戒度はまた高くなった。これほどの相手が金銭なんて……人間に関わらないなら、石ころでしかない……ものを求めるとは思っていなかったけど、命とか生け贄とか、そういう外見から想像しうる邪悪なものを除けば、情報は、もっとも警戒するべき要求だった。


 彼の求める雑談の際も、僕は慎重に言葉を選んでいた。警戒していることが決してばれないように……まず間違いなく無駄だけど……態度にも言動にも、細心の注意を払っていた。名前のやりとりだって、実は疑っていた。人間は軽視しがちだけど、名前というのは相手を縛る強い力がある。僕が彼の名を知っても何が出来るとも思えないけど、彼が僕の名を知るならば、簡単に僕を支配できるんじゃないかという考えが、未だに僕の中では消えていない。


 勿論、何もかもは徒労だろう。だって、彼が何かをしようとしたら、僕にそれを止めることなんて、絶対にできないからだ。どれだけ警戒したって、どれだけ対策を考えたって、僕の命を全部使ってすら、小指の爪の先ほどの影響すら、彼に与えることなどできると思えない。


 僕は……僕は…………











「あー、俺、助かってるなぁ…………」


「何だよスタンク。まだ寝ぼけてるのか?」


「いや、だってよぉ。あの怪我だぜ? 絶対死んだと思ってたし、目が覚めたら変な骨がいるし……正直、全部夢か何かで、目が覚めたら酒場でぶっ倒れてるとかの方が、よっぽど現実味があるぜ」


「あー、まあ、それはな。でも、凄かったんだぜ? ボーンさんの手がピカッて光って、塗った薬草までピカピカ光って、スタンクの傷が、こうウニョウニョってして治っていくのとか、あれはびっくりっていうか、感動だな、感動」


「うーん。俺はその時意識無かったしなぁ……あ、でも、回復魔法使ったら、そのくらいは治るもんなんじゃねーか? なぁディー?」


「…………」


「おい、ディー? 話聞いてたか?」


「…………えっ!? あ、すいません。何ですか?」


「だから、回復魔法だよ。魔法使ったら、ボーンさんの治療薬みたいな治り方するのかなって」


「……そうですね。最上位の回復魔法なら、頭さえ無事なら瞬時に体を再生させることすらできると聞きますし、あのくらいの治癒効果なら、初級の回復魔法でも十分再現できると思います」


「あー、やっぱそうなのか。でも、しょぼいとはいえスケルトンで回復魔法使えるとか、やっぱボーンさんは凄いんだな」


「……そうですね。彼は、凄いです……」


「そうだよな! 俺たちみたいなのにも優しかったし、妖精にも好かれてたし、俺もああいう、一本筋の通った漢になりたいな。あれは憧れるわ」


「あー、妖精か…………」


「何だよスタンク。まだ未練があるのか?」


「いやぁ、それこそ俺は直接命を助けられてるわけだし、筋とか恩とか、そういう意味でも諦めるのが正解だってのはわかってるぜ? わかってるけど、やっぱり勿体ないっていうか……」


「気持ちはまあ、わかるけど……じゃあどうするんだ? まさか今から引き返して、妖精をさらってくるとか言わないよな?」


「駄目ですっ!」


 我慢できなくて、僕は大きな声を出す。


「お、おぅ? いや、冗談だぜ? 誓いも立てたし、そんな恩知らずなこと、本当にするわけないだろ?」


「まぁなぁ。これでそんなことやったら、野党どころか畜生にすら劣る外道になっちまう。せっかく助かったのに、ここでそこまで墜ちる気はねぇよ」


 スタンクとアニキが、冗談を言い合って楽しそうに笑っている。でも、僕は笑えない。とてもそんな気分になれない。


 知られるわけにはいかない。気づかれてはいけない。誓いを立てたあの時も、スタンクが目覚めたあの時も、僕が心の内側で、ガタガタと震えていたことに。

 今も怖くて怖くてたまらなくて、少しでも気を抜いたら、その場に崩れ落ちて泣き叫んでしまいそうなことに。


 アニキに知られたら、きっと黙っていられない。秘密とか、そういうのは苦手な人だから。

 スタンクに知られたら、きっと報告されてしまう。こう見えて律儀な奴だから、冒険者の義務を、きっと果たすだろう。


 遙かな昔、大陸で殺戮の限りを繰り返した、赤の王。勇者によって討たれたはずの彼は、しかし長い年月の時、腐れ墜ちた死体として蘇った。

 それもまた、その時代の勇者が討ったと言われている。だから、今この世界に赤の王はいない。


 でも、その流れからしたら、いずれ復活するのではないか? 人が、死体になったなら、次はきっと、骨になって。


 想像だ。妄想だ。根拠はない。証拠もない。でも…………あんなに凄い存在が、赤い(スカーレット)3番目の(トリニティ)(ボーン)を名乗るスケルトンが、本当に何の関係も無い存在なのか?


 わからない。知りたくない。だから調べないし、報告しない。僕は冒険者だ。でも、僕はただの臆病者だ。死にたくない、ただそれだけの……弱い人間だ。





 全ての秘密……あるいは妄想……は、その胸の内に秘められた。それが誰かに語られることは、無い。

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