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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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閑話:冒険者アデルの苦渋

2017.3.13 改行位置修正

「くそっ、ついてねぇ……」


 思い切り地面に唾を吐き、今日何度目かの悪態をつく。ここに来たのは失敗だったと、どれだけ繰り返したかわからない後悔をする。


「こんなところで終われるかよ、糞が……っ!」


 全ては、あの日の噂からだった。




「妖精ですか? こんな森に?」


 いつもの村の、いつもの酒場。ぐねぐねした杖に、深緑色のローブをまとった、魔法使いにしか見えない……そして、実際魔法使いのエディル。俺たちはディーって呼んでいる。


「ああ。何か2日くらい前に、もの凄い量の妖精が、森から飛んでったって話を聞いたんだよ。で、これはチャンスじゃないかと思ってな」


 そう言って酒を煽るのは、スカウトのスタンク。スカウトってのは、狩人(ハンター)に鍵開けとか罠解除みたいな、いわゆる盗賊技能を追加したみたいな奴だ。、まあ、別に職業を名乗るのに試験とかがあるわけじゃないんだし、実力さえあればその辺はどうでもいい。そして、必要十分の実力があるのを、俺は知っている。


「妖精って、そんなのどうするんだ? 殺して素材でも剥ぐのか?」


「アニキ……それは流石に……」


 そして、アニキと呼ばれた俺の名は、アデル。アデルとエディルで紛らわしいからってことで、俺のことはアニキと呼ばれてる。もっとも、スタンクには「何で年下をアニキとか呼ばなきゃなんねーんだよ……」と、時々愚痴をこぼされている。


「まあいいです。アニキですから。妖精は、殺したら煙になって消えちゃうから、素材とかは剥げないですよ。魔物じゃないから魔石とかも無いですし」


「は? じゃあ何で妖精なんて相手するんだ?」


「あのなぁ年下のアニキ……妖精からは、魔力玉が取れるんだよ」


「魔力玉? あの緑っぽい奴?」


「あ、それは知ってるんだね。そう、それ。あれ、叩き付けて割るだけでその場で魔力が回復できるから、結構いい値段が付くんですよ」


「へぇ。便利なもんだったんだな。じゃあ、どうやって妖精から、その魔力玉を取るんだ? 手に持ってるわけじゃないんだろ?」


「アニキ……お前凄いな……」


 感心したみたいに言って、スタンクが酒をあおる。でも、これ絶対悪い意味での感心だろ。後でこっそり肉を一切れかすめ取ってやろう。


「まあ手には持ってないよね。生きたままの妖精を捕まえて錬金術師のところに持って行くと、魔力玉に変えてくれるんですよ。魔力抽出機ってのがあって、それに妖精を入れると、こうギュッと搾り取って、魔力玉に変えてくれるんです」


「そう聞くと、何か酷い気がするな」


「はっ! 魔物を狩って生活してる俺たち冒険者が、今更命がどうこうなんて言うのかよ! まあ、せめて言葉が通じるくらいの相手だったらわかるけど、妖精なんて虫みたいなもんだろ? 知ってるか? 場所によっちゃ、妖精の躍り食いなんてのがあるらしいぜ?」


「躍り食い?」


「ああ、生きてる妖精に、こうがぶっとかじりつくんだ。妖精ってのはほぼ魔力の塊みたいなもんだから、内蔵の処理とかが一切いらないってんでできる、妖精ならではの食い方だな。聞いた話だと、何か甘くて美味いって言うぞ」


「うわぁ……流石に僕も、妖精の躍り食いは無理かな……」


「俺も。いやぁ、スタンクさんはやっぱり俺たちとは違いますね」


 ガタガタと音を立てて、俺とディーはテーブルから少し椅子を離す。


「い、いやいや、俺が食ったわけじゃないぞ? いいか? 俺は食ったことないし、別に食ってみたいとか思ってないぞ?」


「ええ、わかってますよスタンクさん。大丈夫ですから、落ち着いてください」


「そうだぞスタンクさん。例えそう言う趣味があっても、俺たちは君をしっかり受け入れるぞ」


「じゃあその他人行儀な呼び方辞めろよ! さん付けとかパーティ組んだその日のうちにしなくなっただろ!」


「そうだったか? ディー?」


「どうでしたかね? アニキ?」


「「よくわからないです。スタンクさん」」


「だーっ! お前ら絶対このこと忘れないからな。今度なんかあったら、絶対色々言うからな!? 覚えとけよクソがっ!?」




 いつもと同じ、美味い酒。いつもと同じ、馬鹿みたいな話。そのままノリと勢いで決めた、妖精狩り。ちょっと森に入って、妖精がいたら捕まえるだけの、簡単なお仕事。そのつもりだった。そのはずだった。


 でも、現実は甘くなかった。




「がぁぁっ!?」


「スタンク!? くそっ、ディー、魔法!」


「待って、もう少し……よし、いけるか? 逆巻くモノ 渦巻くモノ 吹き抜け、駆け抜け、敵を切り裂け! 『ウィンドカッター』!」


 ディーの魔法が、見えない刃となって敵を切り裂く……が、浅い。ほとんど出血してないから、多分薄く皮膚を切り裂いたくらいだ。


「くそっ、何でこんなところにレプルボアが!」


 レプルボアは、本来はもっと森の奥にいる魔物だ。でかくて強くて固くて速い。何かに特化してる敵なら、たまたま弱点を突ければ、格下でも倒せることがある。でも、こいつはそうじゃない。全部が強い。だから、勝てない。


 勿論、全く欠点が無いわけじゃ無い。基本的に真っ直ぐ突進してくることしかないから、それをかわすことができるなら、戦いにはなる。そこで攻撃を入れて、ダメージを稼げるなら、むしろ倒しやすいとすら言われる。

 でも、俺たちにはその攻撃力が足りない。俺の剣も、ディーの魔法も、たいした傷を負わせられない。


 俺の腕が、もう少し上だったら。もしくは、もう少し剣が上等だったら。あるいは、ディーの魔法がもうちょっとだけ強力だったら。こいつより先にスタンクが気づいて、逃げるか罠を仕掛けることができたら。用意していたのが、妖精捕獲用の麻痺薬じゃなく、コイツにも効くような毒だったら。


 少しずつ、全部が足りない。だから勝てない。一発逆転の手が見えなくて、じりじり追い込まれて、遂にスタンクの腹に、レプルボアの牙が刺さった。唯一幸運だったのは、すぐに放り出されたおかげで、即死しなかったことだ。刺さったまま引き摺られて踏みつぶされたりしたら、それで終わりだった。


「こりゃ……駄目だな……アニキ、ディー……お前ら逃げろ……」


「ばっ!? 何言ってんだよスタンク! お前を置いて逃げるわけねぇだろ!」


「……いや、アニキ、行ってください。ここは僕が引き受けます」


「は!? ディーまで何言ってんだ!」


「聞いてください。このままここにいても、全滅するだけです。三人固まってたらスタンクが邪魔で避けることもできませんしね」


「ふざけんな! 仲間が邪魔とか」


「聞いてください!」


 ディーの絞り出すような叫びに、俺ははっとして、親友を見る。顔からは汗が噴き出してるし、足だってふらついてる。どう見たって、限界なんてとっくに超えてる。そんな状態で、親友が聞けって言ってる。なら、これを聞かないなんてないだろう。


「……薬草を……探してきてください」


「は? 薬草なんて、いくつも持ってきてたろ?」


「レプルボアの突進に引っかけて、落として駄目にしちゃったんです。スタンクを治療するなら、薬草が絶対必要です。だから、探してきてください」


 ディーの言葉を、真剣に考える。確かに、治療するなら薬草は必須だ。仮に今すぐレプルボアが煙になって消えたとしても、薬も何も無しじゃスタンクを助けるなんて出来るわけが無い。


「……わかった。薬草だな?」


「ええ。あと、出来ればスクースもお願いします。薬草だけじゃ血は止まらないですし、スクースだけじゃ止血しかできません。両方あれば、スタンクを助けられる可能性がグッとあがります」


「わかった。薬草とスクースだな。待ってろ。絶対見つけてくる!」




 俺は二人に背を向けて、走り出す。一度だって振り返らない。あいつら、絶対俺を馬鹿だと思ってやがる。確かに俺は頭は良くないけど、それでも冒険者やってるんだ。知ってるに決まってるだろ、薬草とスクースが、生えてる場所が違うって。

 両方採取しようとしたらそれなりに探さなきゃで、そしたら絶対間に合わないっ

て。

 わかるさ。わかってるさ。二人とも、自分が犠牲になって俺を逃がしてくれたんだ。悔しい。悔しくて堪らない。敵に勝てないのがじゃない。負けて死人が出るのがじゃない。仲間にかばわれ、仲間に逃がされ、仲間を見捨てて走ってる自分が、悔しくて悔しくて堪らない。


 それでも、走る。今は足を止めることこそ、最高の親友達に対する裏切りだ。走って走って、絶対に生き残る。それが唯一、俺に出来る最善だ。

 ああ、ほら、森の切れ目が見えてきた。あそこを抜ければ……




 辺りの明るさが一気に増して、悪かった見通しが開ける。

 目の前には、花畑が広がっていた。必死だったせいで、来た道とは全然違う方向に走ってたんだろう。全く見覚えの無い、知らない場所。


 というか、なんだこれ? 何でこんな大量の花が咲いてるんだ? 種類の違う花が、こんなに密集するものなのか?


「これは一体……!?」


 意表を突く光景に驚く俺が、さらに世界がひっくり返るほど驚いたのは、すぐその後のことだった。

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