終わりは、始まりのはじまり
2017.3.13 改行位置修正
「う……あ……? ここは……?」
「あ、スタンク。目が覚めたんだね」
「ディー? あれ、俺ぁ一体……?」
「お、スタンク起きたのか。体は平気か?」
「年下のアニキ? ああ、それは大丈夫……っ!? お、おい、お前ら後ろ!?」
「ん? 目覚めたのか?」
「あ、ボーンさん。はい。何か大丈夫そうです」
「は!? アニキ!? 何言ってんだ!? スケルトンだぞ!? 武器、俺の武器は何処に!?」
「あー、はいはい。落ち着いてスタンク。大丈夫だから」
「はぁ!? ディー、お前までイカれてるのか!? と、とにかく戦闘準備を」
「いいから落ち着けスタンク。それもう3回目だから」
「そうだぞ人間よ。短気は損気だ。乳を飲むのだ。骨も精神も丈夫になるぞ」
「え、そうなんですか? あ、ひょっとして身長とかも伸びたり?」
「いやいやいやいや、何でお前らそんな普通に、っていうか仲よさそうに話しとかしてるんだ!? あ、話!? 喋ってる!? スケルトンが!? はぁぁ!?」
「気持ちはわかるけど、落ち着きなって。大丈夫。僕も通った道だから」
同情をあらわにした顔で、ディーがスタンクの肩を叩く。そうして大混乱に陥った元怪我人を落ち着かせると、約束であった自己紹介を済ませる。
食事を取り、後片付けをし、残りはいよいよ、帰るだけ。
骨の前には、三人の人間が、横一列に整列して並んでいた。
「あの、本当にありがとうございました。おかげで死なずにすみました」
狩人というか盗賊というか、そんな感じの男スタンクが、骨に向かって丁寧に頭を下げると、他の二人もそれに習って頭を下げてくる。
「本当に、本当にありがとうございます。制約は必ず守ります。ここのことは、誰にもいいません」
「ありがとうございました」
「うむ。感謝の言葉を受け入れよう。お前達が自らの言葉を守り、私とこの地の平穏が守られることを期待している。何せこの見た目故、ここを追われると他に行く場所も無いのでな」
「それは……まあそうですよね。僕も、ボーンさんが受け入れられる場所となると、ちょっと……いや、帝国の魔法学院とかなら、あるいは……?」
「いや、普通に無理だろ。そもそも帝国までどうやって行くんだ? 馬車に乗せるとしたって、中を見せられないなら街にも寄れないんだぞ?」
「いっそ俺らの村とかなら、どうとでもなりそうな気がするけどな」
皆が笑いながら、たわいない会話を続ける。だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、別れの時はやってくる。
「それじゃ、失礼します。ボーンさんも、お元気で……お元気ででいいのか?」
「いや、そんな細かいことどうでもいいだろ」
「最後くらい締めようとアニキ……」
「ハッハッハ。元気で、で構わんよ。まあ、もう会うこともあるまいし、その方がお互いに取っても良いであろう。お前達も、息災でな」
「はい。それじゃ!」
最後にアデルがそう言って、手を振りながら去って行った。その後ろ姿を、気配が無くなるまで見つめて……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……やっと帰ったか……」
深く大きくため息をつき、やっと骨から力が抜ける。
ここまで、緊張の連続であった。何せ、相手は戦闘職。命を奪うことを生業とする、生粋の殺人、いや殺魔物者であった。戦いになれば敗北は必至、かといってこちらが譲れる限界もたかが知れているとなれば、後はもう口八丁で言いくるめる以外に対処法が無い。
その綱渡り感たるや、ビルの屋上で鉄骨を渡る如しである。やりきった骨に、コングラチュレーションの拍手を送る黒服を要求するのである。
とにかく、やっと驚異は去った。振り返り、足早に洞窟へと向かう。
「ホネー!」
「おお、ケモ子! 大丈夫か? 元気か?」
「ホネー! ホネー!」
「うむ、骨であるぞ」
「お疲れ様でした。ボーン様」
元気いっぱいに飛びついてきたケモ子と、変わらぬ笑顔で迎えてくれるモコモコの姿に、先ほどまでとは違う、心からの言葉を返す。
「ありがとう、モコモコよ。想定よりだいぶ時間がかかってしまったが、大丈夫だったか?」
「はい。食料は十分ありましたし、こういうこともあるかも知れないと、少しですが水袋も用意してましたから、私たちの方は、何の問題もありません」
「そうだったのか。流石モコモコ。素晴らしい手際だな」
掛け値無しの賞賛を贈る骨に、モコモコは少しだけ寂しそうに笑う。
「私たちフォクシールは、こうやって逃げることが日常でしたから。どれほど安全な場所だと思っても、どうしても備えずにはいられないんです。
もっとも、今回はそれが役に立ったので、良かったと思えますけど」
「そうか……」
それ以上に、返せる言葉は無い。いつかフォクシールに居場所を、普通に人前で生活できる世界を、と思っても、自分の居場所の確保すらままならない今の私では、どうすることもできないのだから。
「心配しないでください。凄く強くて、敵を全部蹴散らして、私たちの国を作ってくれるボーン様も、凄く素敵だとは思いますけど……でも私は、今のちょっと頼りないくらいのボーン様の方が、好きですよ? 母性本能がキュンキュンしちゃいますから」
「そ、そうか……それは、喜ぶべき、なのだろうか……?」
「あら、私に好かれるのはお困りですか?」
「そんなことはないぞ」
可愛く拗ねてみせるモコモコの頭を撫でる。その手が頬にずれ、喉をくすぐり、顎の敏感なところを這っていき……
「あ、あの、ボーン様……」
「お、おう。すまん。ちょっと、何というか……久しぶりだったのでな。いや、たかだか一晩触れなかっただけと言われればそうなのだが……」
慌てて離そうとした手を、モコモコがそのまま優しく掴み、うっとりと頬を擦りつけてくる。
「私も、その……寂しかったです。だから、その……し、しませんか……?」
「いや、しかしまだ昼前だし、ケモ子だって」
「ねえケモコ。少しの間だけ、外で遊んできてくれる? それとも……お母さんと一緒に、ボーン様と遊ぶ?」
「お、おいモコモコ!?」
「ンー……ター!」
焦る骨をよそに、ケモ子は首を傾げて僅かに迷ったのち、そのまま外へと駆けだして行った。
「ボーン様。ケモコは、ボーン様が思ってるより、たぶんずっと賢いと思います。時々私に気を遣ってくれていることすらありますし。でも……それがわかっていても、どうしても今だけは……凄く、凄く切ないんです……」
すがるように骨の体に抱きつき、頬を擦りつけ、潤んだ瞳で見上げてくるモコモコ。こんな顔をされたら、最近随分実戦経験を積んできたと自負する骨であっても、色々な部分がカタカタと鳴ってしまう。
「す、少しだけだぞ?」
「はい。終わったら、ケモコとも沢山遊んであげてくださいね。そちらは、普通にですけど」
「無論だ。どちらの遊びも、手など抜かんさ」
そう言って、骨とキツネは太陽を避けるように、洞窟の奥へと消えていった。
ちなみに、どちらであっても、遊ばれるのはむしろ骨の方である。合掌。




