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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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矜恃

だいぶ長くなってしまった……


2017.3.13 改行位置修正

 その後、慌てて自己紹介をした二人に対し、私も自らの名を名乗り、約束通り怪我を負っていた男の治療をした。骨謹製の回復増進効果つきの薬草ペーストを作る際、相変わらずの光っぷりを目にした二人が、それぞれに違う感じの驚愕の表情を浮かべていたが、それを用いて治療……まあ、元々塗ってあったものを水で洗い流し、新たに塗り直しただけであるが……それでも、こうかは バツグンだ! であったようで、見てわかるほど怪我男の容態は安定した。というか、塗ったところがちょっと光って、ほんの僅かずつだが傷口がふさがっていきさえした。


 その光景に、あんぐりと口を開けたままになっていた二人だったが、それを成した私の方が、むしろ顎の骨をカクッと鳴らしていた。確かにケモ子に使った時や、モコモコと実験したときは、スクースだけ……軽い止血が出来る程度のものしか使わなかった。それに対し、今回は多少とは言えそもそも傷を癒やす効果のある薬草を組み合わせて使ったのだから、効果が高くなるのはわかる。だが、こんな風に視認できる速度で傷が治るなど、完全に想定外である。


 うわ、骨ヤバイ。薬草ヤバイ。どう考えてもやっかいごとの臭いしかしない。どこにでもある材料だけで、こんな回復効果の薬が作れるとか……ああ、いや、この世界では普通に回復魔法があるのだし、まあ凄いくらいのことではあっても、唯一無二みたいなものではないのか? 無いのだろう。そうであって欲しい。主に骨の平穏のために。


 そんな内心を微塵も感じさせない、倍率1.01倍くらいの鉄板の安定具合の態度を取る骨に、二人の様子もすぐに落ち着き、その後は約束通り、情報の提供……たわいの無い雑談をして過ごす。


 村での生活。冒険者になった経緯。美味しかった料理や、酒場でのいざこざ。普通に暮らしていれば普通に知れるであろう情報が、骨の頭に染み込んでいく。そうして会話を続ければ、最初はあった緊張も、徐々に徐々にほぐれていく。勿論、最後の一線を緩めるつもりはないし、相手も……おそらく魔法使いの方はそういう気持ちを残しているだろうが、剣士の方は、まるで十年来の友達のような親しみを見せるようになっていた。元々誰とでもすぐ仲良くなるような性格なのだろう。


 あっという間に時は過ぎ、時刻は夜。怪我男の顔色も徐々に回復し、一時は死を覚悟したはずが、明日には動けるようになるのではというほどの経過に、二人の口は軽い。たき火を囲み、骨と人間が談笑する。不思議で奇妙で、それでいて平和な空間。


 ちなみに、普段はこの時間は眠っている……誰も起きていない暗闇で一人遊びするのは、流石に退屈なのであろう……妖精達は、怪我男の顔に草の汁で落書きをしたり、頭に花を刺してみたりしている。他にも、骨の肩に座って体をゆらゆら揺らしていたり、頭蓋骨の中に入り込んで、目や耳から頭を出したり……流石にこれは辞めさせたが……と、楽しそうに遊び回っている。骨的には関節に草を詰められるよりはずっとましなのでやらせているし、人間達も、最初こそ戸惑っていたが、今は気にしないようになっているので、割とやりたい放題である。


「はっはっは。そうか、そんなものがあるのか……そう言えば、随分と今更な話ではあるが、お前達は何故この森に来たのだ? 人間を見かけることなどついぞ無かったのだが」


 あえて、初めて見たなどとは言わない。手札の全てを晒すのは、互いにとって好ましい結果には至らないであろう。


「ああ、そうですね。確かに普段なら、こんな奥まで森には入らないです。俺たちまだまだ弱っちいですから」


「ちょ、アニキ!?」


「そうか? 私には立派な冒険者に見えるが。では、何故普段入らないここに?」


「それはほら、ようせ……」


「アニキ!」


 強い口調で、ディー少年がアデルの言葉を遮る。だが、既に出てしまった言葉を消すことはできない。


「ふむ。妖精を求めてきたのか。ああ、仕事の『要請』を受けてきた、何てつまらぬ言い訳はしないでくれよ? 情報こそが、そこの男の命の対価だ。そこに嘘や誤魔化しを混ぜられては、私の与える対価も、またそういうものに変えざるを得なくなる」


 その言葉に、二人の顔色がサッと変わる。実際には既に治療は終わっているのだから、直接手を下さない限りどうこうなるものではないのだが、そんなこと知る由のない二人にとっては、目の前の私は、未だ仲間の命を握る存在である。


 ちなみに、会話の流れ的には本当に「要請」の方の可能性も僅かに残ってはいたが、強い口調で止めたのだから、まず間違いなく「妖精」の方であろう。


「そんな顔をせずともいい。私は『嘘や誤魔化しを言われては困る』と言ったのだ。真実を語るなら、それによってその男を助けないなどということはない。

 故に、もう一度聞こう。お前達は、この森に何を求めて……ああ、いや、そうだな。どうせなら、この森についてのことや、ここに来ることになった経緯などを、順を追って教えてくれないか?」


「……俺たちは、この森に妖精を捕まえに来たんです」


「アニキ!?」


「いいんだ。ここで嘘を言っても仕方が無い。恩人に、嘘を言いたくない」


 剣士の言葉に、魔法使いが押し黙る。それを見届け、顔を骨へと向け直すと、その口が語り出す。


「知っての通り、この森には滅多に冒険者は行かないです。何処にでもあるような薬草とか程度の素材しか手に入らないわりに、微妙に強かったり、相手にするのが面倒な割に稼ぎにならないような魔物が多いうえに、近くにあるのも小さな村が1つだけ。

 それこそ村の狩人が動物を狩る時か、成り立ての冒険者が薬草採取の依頼でも受けない限り誰も森に入らないし、入っても入り口付近だけで、真ん中くらいまですら誰もいかないと思います。実際、俺たちだって噂を聞かなきゃ、森の奥なんて死ぬまで来なかったと思いますし」


「噂?」


「はい。その……何日か前に、森から突然、大量の妖精が飛び出したっていう噂があって……普通に考えたら、酔っ払った馬鹿が夢でも見たんだろって話になるんですけど、そこそこの人数が自分も見たって言ってるって話で。だから、もしホントなら、まだ妖精がいるかも知れないって、酒を飲んでたら話が盛り上がって……それで、実際来てみたら、レプルボアに襲われて……」


「レプルボアとは?」


「えっ? あれ、知らないですか? あの、でっかくて四つ足で、毛が生えてて」


「いや、アニキ、それじゃ全然伝わらないよ……レプルボアは、この森に生息する魔物のなかでも強い方の奴で、赤黒い毛皮と大きな牙を持ち、突進攻撃を得意とする、巨大な四足歩行の魔物……と言ったら、わかりますか?」


「ああ、あいつか。そうか、レプルボアという名前だったのか」


 おそらくは、あのでかイノシシのことであろう。でかイノシシのくせにカッコイイ名前がついてるとか、生意気である。今度会ったら全力疾走で逃げてやるのである。戦うと勝てないだろうしな、うん……


「話を切ってすまなかったな。続きを……いや、私から聞こう。根本的な問題なのだが、妖精を捕まえてどうするつもりだったのだ?」


 見た目からすると、愛玩用とかであろうか? 労働力などにするには、あまりにも自由すぎると思うが……


「あの、売るって言うか、その……」


「ああ、アニキ、僕が話すから……今回の目的としては、売ることです。生きている妖精を、しかるべき手段でしかるべき処置をすることで、僕たちにとって有用な道具に変えることができるんです。なので、生け捕りにした妖精は、それなりの高値で売れるんです」


「妖精を、道具に……か……」


 命を加工する。その行為に、思うことがないわけでもない。だが、それは今言うべきことではない。


「ああ、あと、スタンクが言ってた奴があったな」


「うぇ!? ちょ、アニキ、それ今言わなくても……」


「ん? 他にも妖精をどうにかする目的があるのか?」


「あの、えっと、その……これはあくまで、仲間が聞いただけ、聞いたことがあるだけのことなんですけど……妖精を、生きたまま食べる、文化というか風習というか、そういうのがあるとか無いとか……」


 うわぁ……ないわー……妖精の躍り食いは、絶対にないわー……これもう人間と交流するのとか、もの凄くきついわー……


「いやいや、聞いただけ、聞いたことあるだけですよ? 僕たちは絶対そんなことしないですし、実際したことのある人なんて見たことも聞いたこともなくて、あくまでスタンクが酔っ払いながら話してたことですから、ただの与太話って可能性もあるっていうか、きっとそうだろうっていうか……」


 骨ですらどん引きする内容の告白に、魔法使いディーが慌てて釈明する。えー、でも、そういう発想があるだけでも怖いわー、骨もガクブルだわー。


「う、うむ。それに関しては、言及しない。その方が、お互いにとって幸せであろう……

 では、お前達は金に換えるために、ここに妖精を捕まえに来たということでいいのだな?」


 私からの確認の言葉に、二人の冒険者は覚悟を決めた顔で、真っ直ぐにこちらの目を見て頷。


「はい。僕たちは……」


「俺たちは、妖精を捕まえに来たんです」


「なら、この妖精達を捕まえるのか?」


「それは……」


 二人は、眉間にしわを寄せる。今私たちの周囲には、手の届く範囲に妖精がいる。彼らにしてみれば、金貨が空を飛び回っているようなものなのだろう。


「…………全ての命は、巡っている。弱肉強食、盛者必衰。あるときは奪い、あるときは奪われ、そうやって世界は回っている。

 故に、私はお前達に、奪うななどとは言わない。そうしなければ生きられないのなら、そうするべきだ。人が人として生きるために金が必要であることも、その金を得るために命を奪うことも、当たり前の営みであり、その一切を私は否定しない」


 私の言葉を、二人の人間が静かに聞いている。口を挟むことも、目をそらすこともなく。


「例えば、お前達が私の知らぬところで妖精を捕まえ金に換えていたとしても、私はそれを非難しない。この場で自慢げに語られれば、気分を害するくらいはあるであろうが、だからといって怒り狂ったり、野蛮な人間共め、などと、一方的な価値観を押しつけたりはしない。だが……見てくれ」


 そう言って、私は手を広げる。その先にあるのは、花畑。たき火と月の明かりに照らされた、美しい景色。

 そこには、流石に遊び疲れた妖精達が眠っている。何を警戒することもなく、花の上で、草の根元で、スヤスヤと安らかな寝息を立てている。


「この光景を……美しく、穏やかで、優しい景色を。もしほんの少しでも、お前達が尊いと思ってくれるなら。金を儲ける機会を捨ててもいいと思えるくらい、この儚い平和を、平穏を愛する気持ちを、価値があると思ってくれるなら……どうか、この場所で妖精達を捕まえるのは、辞めて欲しい。


 これは、命令ではない。取引でも、契約でもない。ただ純粋な、私の願いだ。どうか私たちから、この光景を奪わないでくれ。この通りだ」


 そう言って、私は頭を下げる。5秒、10秒、誰の声もなく、私の首が飛ぶこともなく、時間だけが過ぎていく。そして……


「どうか、頭をあげてください」


 剣士アデルの言葉に、私は頭を上げる。その腰から、スラリと剣が引き抜かれる。だが、そこに緊張はない。私はただ、次の行動を待つ。


「冒険者アデルが、スカーレット・トリニティ・ボーン殿に誓う。仲間の命を助けてくれた恩義と、冒険者の誇りにかけて、貴方と貴方の友に、一切の危害を加えないことを、剣に賭けて制約する」


 剣を胸に、アデルが言う。それを見て、苦笑して、それでも少し嬉しそうに、魔法使いエディルも、杖を胸に言う。


「冒険者エディルが、スカーレット・トリニティ・ボーン殿に誓う。仲間の命と、友の誓い、そして冒険者の誇りにかけて、貴方と貴方の友に、一切の危害を加えないことを、杖に賭けて制約する」


「感謝する。冒険者アデル、冒険者エディル」


 その一連のやりとりで、場に合った緊張が、少しずつ霧散していく。


「あー、これでもう大損確定ですよ。どうするんですアニキ?」


「あー、どうすっかな。せめてあのレプルボアが倒せてればなぁ……まあ、誰も死なずにすんだんだから、何とかなるだろ」


「相変わらず適当っていうか、大雑把っていうか……まあ、それで結局どうにかなっちゃうのが、アニキのいいところなんでしょうけど」


「だろ? もっと褒めてもいいんだぜ?」


「そうやってすぐ調子に……くぁぁ……」


「眠いなら、寝ても良いぞ? 火と怪我人は、私が見ておこう。幸いにして、この身は睡眠を必要としないからな」


「いや、でも……」


「ディー、ここで今更意地張っても仕方ないって。あの、じゃあ、悪いんですけどお願いできますか?」


「ああ、いいぞ。ゆっくり休むといい」


「すいません。僕も結構限界近くて……ごめんなさい。寝かせてもらいます……」


 精神的にも肉体的にも、かなりギリギリだったのだろう。二人は横になると、すぐに寝息を立て始めた。正直そこまで気を許すのはどうかと思うのだが……ここに至るまでのやりとりが、彼らにとってはそれだけ特別で重要なことだったのだろう。


 そのあまりに無防備な寝姿に、思わず苦笑を浮かべてから、骨は揺らめくたき火を見つめ、静かに夜を過ごしていった。

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