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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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願いと代償

2017.3.13 改行位置修正

「ちょ、待ってくださいアニキ! 本当にこんな……」


「いいから来い! 早くしろ!」


 森の奥から、喧噪が聞こえてくる。一人はさっき来た人間のものだが、当然もう一人の方の声に、聞き覚えなどあるはずがない。そして、二人とも大怪我を負ったものの声や口調ではない。となると……


「着いた! お、お待たせしました」


「っ!? スケルトン!? アニキ、これは!?」


 私を見た二人の態度は、まさに対照的。さっき来た人間……剣士の男の方は、私がここで待っていたことに、安堵の表情をすら浮かべた。

 だが、もう一人の人間……節くれ立った杖を持ち、緑色のローブを羽織った、まず間違いなく魔法使いであろう……これで魔法使いでなかったら、この世界のファッションセンスは未来永劫理解出来ないであろう……やや小柄な男は、先ほどの剣士をすら超える、驚愕と混乱の様相を見せる。

 そして、その小柄な男が肩を貸して、引き摺るように連れている、皮鎧のようなものを身につけた、他の二人より多少年上に見える男。腹から血を流しており、どうやら奴が、大怪我をした仲間ということなのだろう。立っているのもやっとという感じで、弱々しく腹を手で押さえ、顔を上げることすらしない。これは、だいぶ危険かも知れない。


「いいか、落ち着け。落ち着いて俺の話を聞け。俺は別にぼけちゃいないし、変な魔法にかかったりもしてない。だから、まずは落ち着け」


「いや、落ち着けってアニキ、スケルトンだよ!? こんな昼間にスケルトン? いや、そもそも生者を恨み、問答無用で襲ってくるアンデッドを前に、落ち着けとか言われても」


「いいから、いいから! 今だけでいい。今までの関係に免じて、今だけ俺を信じてくれ。じゃなきゃ、スタンクは助からない」


「それは…………わかった。アニキを信じるよ」


 会話からすると、この二人は兄弟なのだろうか? 年齢的に見れば何の違和感も感じないが、顔立ちが全く似ていない。まあ、連れ子とか養子とか、それぞれに事情というものはあるだろうから、そういうこともあるのだろうが。

 今必要なのは情報である。どんな些細なことでも、それが役に立つ可能性は常にあるのだ。二人の関係性は、とりあえず頭の片隅にしまっておくことにする。


「あの、改めて。おまたせしました。えっと……」


「挨拶は後でいい。それよりも、早くその男の治療をせよ。見たところ、だいぶ状態が悪いはずだ」


「ス、スケルトンが喋った!?」


「それはもう俺がやったから! ほら、ディー、スタンクをここに」


「へっ!? スケルトンの前だよ!? それなのに」


「ディー!」


 未だ混乱が抜けきらない、ディーと呼ばれた魔法使いの少年の肩に手を置いて、アニキと呼ばれた剣士が、真っ直ぐにその顔を見つめる。


「俺を、信じてくれ」


「……わかった。さっきもこれやったしね。スタンク、それじゃ寝かすよ」


「……面目ない……」


 ディーの声に、蚊の鳴くような弱々しい声で、スタンクと呼ばれた男が答える。それを確認してから、残りの二人でそっとスタンクをその場に寝かせると、アニキが腰の鞄から、さっき私が贈った薬草類を取り出した。


「これ、さっきこの人……人? に貰ったんだ。使えるか?」


「っ……いやいや、全部後だ後。見せて。薬草に、スクースか。うん。使えるよ。かして」


 アニキから材料を受け取ったディーは、腰の鞄からすり鉢を取り出し、手際よく薬草をすり潰していく。そうしてできあがったものにスクースの粘液を加え、ペースト状になった白緑の粘液を、スタンクと呼ばれた男の傷口に塗っていく。


「ぐぅぅ…………」


「我慢してスタンク。これで何とか……」


 薬草ペーストを傷口に塗り終わると、何とか出血は止まったようだ。だが、スタンクの顔色は未だ悪く、どう楽観的に見積もっても……夜まですら持たないだろう。


「助かるのか?」


「…………」


 短くそう聞くアニキに、ディーは無言で首を振る。


「…………くそっ!」


「へへ……ヘマしちまったなぁ……」


 それでもほんの僅かに治療の影響が出たのか、辛うじて意識を取り戻したスタンクが、その口を開く。


「駄目だよスタンク、喋ったら……」


「いいさ。わかるよ……自分のことだ。こりゃもう駄目だろ……」


「そんな……アニキ?」


 なお言いつのろうとするディーの肩に手を置いて言葉を遮り、そしてスタンクの方へと向き直る。


「冒険者スタンク。冒険者アデルが、最後の言葉を聞き届ける。何か言い残すことはあるか?」


 力のこもった、静かな声。万感の思いを込めた、決別の言葉。それを発するのに、果たしてどれほどの覚悟が必要であろうか。


「そうだな……ああ、迷惑かけちまったから、あの時の酒場の件は、これでチャラにしてやるよ」


「……そうか。感謝する」


「アニキ!」


「ディー! ディー、俺たちは冒険者だ。命を賭けて命を奪い、命を糧にする冒険者だ。死が平等で身近にあることを、誰よりも知ってる冒険者なんだ」


「でも! わかってるけど、でも…………そうだ、そうだ、スケルトンさん!」


 突然、今まで完全に空気だった骨に、ディーと呼ばれた魔法使いの少年が声をあげる。背を向けていた体を正面に向け直し、佇まいを整え、真っ直ぐにこちらを見る。


「何だ?」


 私が答えたことに、ほんの少しだけ安堵の表情を浮かべてから、少年が続ける。


「言葉を話し、太陽の下で平然と過ごし、僕たちを傷つけようとしない。その全てが、貴方が偉大な方であると告げています。そんな貴方にお聞きしたい。彼を……スタンクを助けることは、可能でしょうか?」


「お、おいディー!?」


 戸惑いの声を上げるアニキ……いや、アデルだったか。を、ディーは手を上げるだけで制止する。


「どうかお答えください。彼を助けることは……」


 さて、どう答えるか。不可能だと答えれば、それで終わりだろう。実際に助けられないのなら、それ以外の答えようもない。だが……


「可能か不可能かで言うなら、可能だ。おそらくは、とつけねばならぬがな。それほどに、その男の様態は悪い」


 そう、今ならまだギリギリ間に合う可能性がある。回復の魔力を込めた薬草を使えば、おそらく助けられる。


「ほ、本当か!? それなら」


「アニキ!……失礼しました。でしたら、何を対価にお支払いすれば、彼を助けていただけるでしょうか……?」


 私の言葉に即座に飛びつこうとしたアデルが、ディーの対価と言う言葉に反応し、途端に苦い顔になる。


 対価……対価か。初めて接触した人間である以上、彼らのもつ情報には計り知れない価値がある。が、反面今後も人間と安全に接触できるかわからない以上、金銭などはあまり意味が無い。価値や物価は知っている方が良いが、それは情報の分野である。であれば……


「……2つだ。2つの要求を飲むならば、願いを叶えよう」


「……それは……?」


 2つ、という言葉に反応して、二人の顔が一層引き締まる。生身故にゴクリと喉をならし、ディーがそれを問うてくる。


「1つめは、情報だ。この姿故、私は人里に入るどころか、人に会うことすら普通にはできない。故に、人に関する情報が欲しい」


「……それは、街や村の防衛や、軍事に関わるようなことですか?」


「いや、そんな剣呑なことではない。そうではなく、お前達の日常が知りたいのだ。何を食べ、何を話し、何を楽しみ、何をして過ごすのか。私が知りたいのは、『人』そのものなのだ」


「……なあ、それってどういうことだ? 何か適当に雑談でもしたらいいってことなのか?」


「ちょ、アニキ!」


「ハッハッハ。そうだな。それでいい。スタンクというその男の傷が癒えるまで、私との雑談に応じてくれるなら、それを対価としよう」


 朗らかに笑う私に、二人の顔にあからさまに安堵の色が浮かび、しかし次の瞬間、それ(・・)を思い出して元に戻る。


「わかりました。そういうことなら、喜んでお話しさせていただきます。それで、もうひとつの方の対価というのは……」


「そちらは、より単純で、明快なものだ。お前達二人の分だけなら、すぐに終わる」


「……それは、どういう……?」


「簡単なことだ。一人がひとつ、たったひとつだけ持つそれを、差し出せばいい」


「っ!?…………僕たちに何を差し出せ、と?」


「私のようなモノが欲するものなど、わかりきっているだろう?」


 心の中でニヤリと笑うイメージを浮かべる私に、二人の表情が凍り付く。ああ、この二人が崩れ落ちる様を見るのは、ちょっと楽しそうだ。せっかくの平和を乱されたのだから、このくらいの意趣返しはありであろう。


「お前達の名前を言え。知恵ある者が名も名乗らず話をするなど、失礼であろう」

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