危機一髪
2017.3.13 改行位置修正
好奇に満ちた無数の視線を前に、しかし骨はひるまない。多数とはいえ、相手は妖精。こちらを攻撃する意図など無いし、仮にあったとしても、そう強いとは思えない。ならば、何処に恐れる必要があるだろうか?
自分より弱い相手には強気になる。最弱系主人公の名を欲しいままにする、骨の真骨頂である。
「では、モコモコよ。例の物を」
一度は言ってみたい台詞のなかでも上位に含まれるであろう『例の物』発現に、モコモコの手から青く小さな実が数粒、骨の手のひらに託される。
それは、ブルールと呼ばれる蔦草になる実で、甘酸っぱいが、酸味の方が強めのため、好みのわかれる味……というのが、モコモコの評である。
特に珍しいものではなく、大繁殖してしまった花畑にも、それなりの数の実をつけたブルールが生えているため、数の心配は全く無い。
「見えるか妖精達よ。これがお前達の好みとはやや違うことは理解している。だが、良く見ているのだ」
どっかとその場に腰を下ろし、胡座をかいて座り込むと、実を持った左手を前方に差し出し、よく見えるようにする。
無論、妖精達はまだ寄ってこない。それどころか、何のリアクションも返してはきていない。
だが、強く大量の視線を感じる。間違いなく見られている。ならば今は、それで十分。
「さあ、我が偉大さに恐れ戦くが良い。『美味しくなぁれ、萌え萌えキュン!』」
高らかに詠唱すると、左手のブルールの実が、激しく光を放つ。そう、詠唱の際に、別に手でハートを作らなくても魔法は発動するということに、長年の研鑽と研究の結果気づいたのである。
そもそもモコモコが使った時は、ハートというか手を合わせただけであったし、その後にモコモコから「身振り手振りは効果をあげるには有効だが、発動には言霊の詠唱さえあればいい」と教えられたのは、ひみつのホネ男ちゃんなのである。コンパクトなぞ無くとも魔法は発動するのである。
激しく光ったその瞬間、ピャッと妖精達の気配が散る。だが、それはすぐに戻って来て、再び強い視線だけをこちらに向けてくる。
「今使ったのは、食べ物が美味しくなる魔法なのである。誰かこれを試してみる、勇気あるものはいるか?」
言葉をかけて、じっと待つ。程なくして、一人の妖精が、恐る恐るといった感じでこちらに近づいてくる。今更の豆知識だが、妖精は飲食を必要とはしないが、食べることそのものはできるとのこと。飲食の楽しみの無い骨としては、うらやましい限りである。
少しずつ、少しずつ近づいてくる。だが、骨は動かない。
妖精の手が、ブルールの実に伸びて……戻る。幾度かそれを繰り返して、骨が動かないのを確認すると、頭ほどもあるブルールのみを抱え、一口囓り……
「~♪」
よほど美味しかったのであろう。リスのように頬を膨らませ、一気に実を食べ尽くす。それを見た別の妖精がやってきて、一口食べて同じように喜び、それを見てまた別の妖精が……と繰り返すことで、魔法をかけたブルールはあっという間に無くなる。
「~!」「~♪!」「~~!!」
妖精達は喋らない。だが満足げに腹をさする妖精を尻目に、食べ損なった大多数の妖精が、もっとよこせと言わんばかりに骨の顔やら腕やらをぺしぺし叩く。
「よしよし。待つが良い。今作ってやるからな。モコモコよ、例の作である!」
「はい、ボーン様」
私の言葉に笑顔で応えると、まずはモコモコが、美味魔法にてブルールを美味しくする。そして、悟りでも開きそうな感じにポーズを変えた骨の体の各所に、一粒ずつブルールの実を載せていく。食べようとする妖精をまだだめよと優しく制し、予定通りに並べ終わったところで、パンと手を叩く。
「はい、じゃあみんな一列に並んで並んで-!」
細かいことはわからずとも、これが遊びであるとは理解出来たのであろう。妖精たちが骨の前で一列に並ぶ。やはり、言葉を喋らないというだけで、知能が低いというわけではないのだろう。
「はーい。じゃあ一人1つずつ取ってね。1つずつよ?」
モコモコに言われ、最初の妖精が左大腿骨に置いたブルールを手に取る。骨は動かない。そのまま食べて、ご機嫌で飛んで離れていく。
「はい、じゃあ次ね。1つよ?」
促され、次の妖精が、右手の上に置いてあったものを食べる。やはり骨は動かない。何事も無くブルールを手に入れ、やっぱりご機嫌で妖精は飛んでいく。
そして、次の3人目。頭蓋骨のてっぺんという、あからさまな位置に置かれたブルールを手にした瞬間。
「カーッ!」
骨の! 目が! 光を! 放つ!
全身をカタカタと鳴らし、頭蓋骨の穴という穴からピカッと光が迸る。並んでいたのも含め、周囲の妖精が一斉に飛び立ち……いや、頭のブルールを取ろうとした妖精だけが、びっくりしすぎてその場にとどまっている。
ちなみに、この光を放つ技は、単に頭蓋骨の内側で魔力を放出しているだけである。体操時に体からキラキラが漏れていたのを、意図的に、かつ大規模にしただけの……本当にただそれだけ、光るだけの技である。
そっと手を伸ばし、その妖精を掴むが、妖精はガタガタと震えるばかり。流石にこれ以上怖がらせるのは不本意なので、指でそっと頭を撫でてから、背後に隠していたチリーの実を目の前に持って行く。
ブルールよりも甘味が強く、当然美味魔法による加工済みのため、美味いはず。実と骨の顔を幾度か視線が行ったり来たりしたので、うなずいてから、そっと妖精を掴んでいた手を離す。
それでようやく落ち着いたのか、渡されたチリーの実を食べ……とろけるような笑みを浮かべたのち、クルクル回りながら上空へと飛び上がっていった。
それを見届けると、私はまた元のポーズをとり、モコモコは再びブルールの実を並べていく。それを見て、飛び去っていた妖精達が戻ってくる。
再び一列に並び、骨からブルールの実を取っていく。最初の者は、右肘。骨は動かない。次の者は、大胆にも頭蓋骨の上のを取る。が、骨は動かない。次の者は左手。骨は動かない。そして4人目が肋骨の上に置かれたブルールを手にして……
「カーッ!」
まばゆい光とカタカタ音に、今度は全ての妖精が散っていく。が、その後すぐに骨を光らせた妖精が戻ってきたので、チリーの実を渡す。
実を抱えて一口囓り、嬉しそうに飛び回る当たり妖精。
これで、だいたいルールを理解したのだろう。以後は並ぶ→取る→光る→セッティング の流れが、幾度も繰り返されていく。
取る、取る、カーッ!
取る、取る、取る、カーッ!
取る…と見せかけてカーッ!
ふっふっふ。これぞ骨考案の妖精魅了計画、その名もホネホネ危機一髪! である。その効果は抜群で、妖精達はもう骨に夢中であり、途切れることなく長蛇の列が……随分数が増えている気がするが……続いている。
ちなみに、当たりを引いて骨を光らせた妖精は、何か他の妖精からバシバシ叩かれるようになっていたが、これは栄誉を称える感じのものらしく、叩かれる方も嬉しそうにしているから、問題ないのであろう。
取る、取る、カーッ!
取る、取る、取る……取る、カーッ!
取る、取る、「ホネー!」、カーッ!
取る、取る、取る、「ホネー!」カーッ!
ヤバイ。きりが無い。当たりでもはずれでも木の実を食べてることに変わりは無いのだから、適当にお腹がいっぱいになったら終わるかと思ったのだが、全然終わる気配が無い。あれ、それとも嗜好のためだけに食べるとなると、見た目の腹が膨れるだけで、生物的な満腹とかは無いんだろうか?
というか、いつの間にかケモ子が混じっている。さっきなんて当たりを引いて、妖精達からバシバシ叩かれていた。ケモ子自身もまんざらでは無い顔で楽しそうにしていたから、妖精がトラウマになったりはしていないようだ。
「あの、ボーン様、流石にもう木の実の残りが……」
「う、うむ。そうであるな。よし、妖精達よ、残念だがここまでである」
まさかの在庫全消費という自体で遊びは終焉を迎え、妖精達は散っていく。一方的な終了宣言にも怒った様子などはなかったので、並ぶことや待つことすら、彼らのなかでは遊びだったのだろう。
「すまぬ。ちょっと妖精の……というか、子供の勢いを甘く見ていた」
「そうですね。でもまあ、いいんじゃないでしょうか?」
骨と違って生身の野生であるモコモコが、軽い疲労の色を見せながら、花畑の方へ視線を向ける。
そこにいたのは、妖精達と戯れるケモ子。あの様子なら、トラウマどころかもう友達になったのだろう。
「なあ、あの妖精達は、今後どうなるんだ? ここにこのまま残り続けるのか?」
「そうですね。妖精の生態は、本当に未知が多いのではっきりとは言えないのですが……あれほど大量の妖精が一カ所で発見されたことはないので、おそらくは各地に散っていくのではないですか?」
「そうか。であれば……せっかく仲良くなったケモ子は、寂しい思いをするのではないか?」
「どうでしょう? そもそも妖精にどの程度の個の概念があるのかすらわからないですから……ただ、ひとつだけ言えるとすれば……」
言葉を切って、モコモコの視線が、ケモ子から私に移る。
「私たちが楽しく幸せに暮らしている限り、妖精達が完全にいなくなることはないと思いますよ。こんなに素敵な場所、他にないですから」
「……ふむ。そうか……」
となれば、今日からは今まで以上に賑やかな生活になるのだろう。ほんの少し前まで、一人でカラカラ骨を鳴らしていた日々からは、想像すらできないほどに、賑やかで楽しい日々に。
前途は騒乱、なれど幸多からし。草原に踊る数多の影を、母と骨が、静かに見つめていた。




