モコモコ先生の、良くわかる魔物講座(不死者編)
2017.3.13 改行位置修正
「ときにモコモコよ。あの小さいのは結局何だったのだ?」
洞窟に戻る道すがら……といっても、たいした距離ではないというか、草で視界が遮られていなければ、正直目と鼻の先くらいなのだが……私はモコモコに問いかける。ちなみに、ケモ子はやはり疲れていたのか、骨の背中でお休みタイムである。
「ああ、あれはシルキーですね。妖精族と呼ばれる、一応人類種の仲間、ということになってます」
「ふむ、妖精か……ん? 一応? あれだけハッキリ人型なのに、『一応』人類種なのか?」
予想通りの種族と予想を少し外た単語に、骨がそのまま聞き返す。
「はい。シルキーは言ってしまうと、ボーン様と同じアンデッドです。体を構成しているのが、魔力か魔素かの違いですね」
「ほう、アンデッド!」
妖精がアンデッド! これは新しい発想である。こういう予想を超えてくる感じは、骨的にも興味津々である。
「はい。シルキーの生態は謎も多いのですが、強くて濃い魔力が溜まっているところにいつの間にか発生するとか、生物としての特徴がほぼ無く、生命であること、言葉を話さないことなど、共通点が非常に多いので。大きく違うことといえば、力の性質が違うため、妖精は悪戯好きで、遊んだり楽しいことが大好きだということくらいでしょうか?」
モコモコの説明に、私はなるほどと納得する。そう言われると、確かに多くの点で自分と同じであることに気づける……ん?
「気になったのだが、モコモコよ。アンデッドというのは、言葉を話さないのか?」
「はい。正確には、話せないのですが。そもそも、アンデッドというのは生物としての体を持っていません。ゾンビやスケルトンは物理体を持ってはいますが、それは生物として維持されているわけではなく、魔素の力で形を保持されているに過ぎないのです。つまり、見た目として体があったとしても、それはそういう形をしているだけで、体としての役目を果たしていないのです」
「ふむ……魂という存在があり、それを直接魔素で覆ったものがゴースト、魂を一端死体なり白骨なりに入れて、それをまとめて魔素で覆ったものがゾンビやスケルトン、と言ったところか?」
「あ、はい。まさにそんな感じだと思います。で、ただの入れ物であるアンデッドの肉体は、肉体としての機能も当然ありません。だから、アンデッドが『見』たり『聞い』たりするのは、目や耳の働きではなく、魔素によって外の情報を取り込んでいるのだと言われているんです。
これは、一定以上に大気中の魔素濃度を下げると、大声を出しても反応せず、剣で斬りかかっても避けるそぶりすら見せなかったという実験結果があるので、たぶん正しいんだと思います……まあ、ボーン様の場合でしたら、ご自身で試されればすぐに判明するとは思いますが」
それはまあ、そうだろう。意思疎通の出来ない相手を観察するのと、自分のこととして体験するのでは、得られる情報の量は比較にすらならない。
「続けますね。で、これは魔素に限らず魔力もなのですが、外側の変化を感じ取るのは比較的簡単なのですが、自分の内側から外に向かって影響力を発するのは、とても難しいんです。
これが一番わかりやすいのは、魔法ですね。自分が回復魔法をかけられるぶんには、よほど強く拒絶しない限り、黙っていても効果が現れます。でも、他人に回復魔法をかけようと思えば、相応の技術が必要になります。
つまり、自分の意思を『声』として外に発するには、それなりの魔素操作技術が必要になって、普通の低位アンデッドは、自分の体を維持し、僅かな視覚や聴覚などを再現するのが精一杯なので、会話が出来ないのです」
「ほほぉー。つまり、私が最初から言葉を喋れたのは、私に生まれつき高い魔素操作技術があったから、ということなのか……」
「え、ボーン様、生まれてすぐ喋れたんですか!?」
私の言葉に、モコモコが驚愕の声をあげる。
「うむ。そうだな。この洞窟の土の中で目覚めた時には、既にしっかりした自我をもっておったし、地上へ這い出せた時には、普通に喋れたな。もっとも、土中にいるときと外に出た時で何かが変わったというわけではないから、当時から喋ろうと思えば喋れたのかも知れないが」
「え? ここ!? あの……ボーン様って、いつ頃お生まれになったので……?」
「ふむん? 正確に数えているわけではないが……10日くらい前か? 多少違うかも知れんが」
「10日っ!? えっ、日!? どこか遠いところで何百年も研鑽を積んで、ここに来たのが10日前とかではなく、ですか?」
「うむ。生後10日ほどだな。もっとも、前世と呼べるようなものが、あったような気はする。頭の中に、こうぼんやりと、知り得るはずの無い知識が漂っていることが多々あるからな」
「前世……ですか……いや、でも、そうですね。可能性として考えるなら、そちらの方がずっと高いです。
溢れる英知。強い理性。明確な自我。日の光すら物ともしない器に、恐ろしく高度な魔素操作技術……それでいて保持する魔素は普通のスケルトンと変わらないなんて、そのくらいしか考えられません。おそらく前世は高名な魔術師か何かで、魂に記憶と技術を刻んで、転生の秘術を用いたとかではないでしょうか?」
「転生の秘術? そんなものがあるのか?」
「あー、いえ、この辺はもう完全におとぎ話とか、そういう物です。本当にあるのかどうかは、全くわかりません。でも、正直そのくらいしか説明が付かないというか、ボーン様ならそういうこともあるかなぁと……」
そう言われてしまうと、そう思わないことも無くも無い。確かに私の脳内には、賢者タイムとか大魔導師などという単語が浮かんでくるので、ひょっとしたらそういうこともあるのかも知れない。
……やっぱり何か違う気がする……
「まあ、別に前世などどうでも良かろう。そんなものがあってもなくても、今の私はただの骨、スケルトンであるからな」
「そうですね。ボーン様はボーン様です。今まで何があったとしても、これから何があるとしても、私はずっと、ボーン様のおそばにおります」
「そうか。ありがとう。モコモコよ」
「どういたしまして、旦那様……こういう時は、態度で示してくださってもいいんですよ?」
「ぬっ、まあ、あれだな。おいおいだな」
「ふふっ……はい、楽しみにしてますね。では、始めましょうか」
草のベッドにケモ子を下ろし、私とモコモコはゆっくりと振り返る。そこにいるのは、目、目、目……空から、影から、隙間から、こちらの様子をうかがう、無数の視線とその主。
さあ、ウチの娘を泣かせた妖精に、お仕置きタイムの始まりである。




