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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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翻る悲劇 繰り返す喜劇

2017.3.13 改行位置修正

「ケモ子ーーーーーーーーっ!」


 大声でそう叫び返した時には、私の体は、既に走り出していた。普段の自分からは、考えられないほどのスピード。だが、遅い。空気が水どころか、コールタールのようにまとわりついて感じられる。


 隣には、モコモコがいる。見てはいない。よそ見などする暇は無い。だが、絶対にいる。いないはずがない。それは決して、信頼では無い。疑う余地の無い事実に対して、信じるなどという言葉を使ったりはしない。


 目の前に、背の高い草が生え揃っている。昨日までは無かったもので、私のせいで今日生えたものだ。つまり、原因は私だ。


 向こう側への視界はほぼ通らない。何も見えない。だから何がいるかもわからない。だが、そんなことは関係ない。

 一切の躊躇もなく、警戒を払うことすらもどかしく、私は草むらに飛び込む。探す。そして見つける。地に伏せるケモ子。その体に群がる、小さなナニカ。


「ケモ子!? ケモ子っ!」


 叫ぶ。駆け寄る。そして……見る。全く予想していなかった、その姿を。


「ケモ子…………」


「ケモコっ! ケモ…………ケモコ?」


「アーッ! ホネーッ!」


 ケモ子は泣いていた。地に伏し、泣いていた。だが、そこに群がっていたのは、羽の生えた、人差し指ほどの身長の人間……というか、妖精? というか、おそらくそういう感じのものだった。

 そして、群がったその妖精たちは、ケモ子の毛をひっぱったり、耳を引っ張ったり、背中をつんつんしていたり、あるいは周囲をくるくると飛び回ったり……有り体に言って、楽しそうに遊んでいた。


 妖精達を刺激しないように、骨は静かに歩み寄る。が、ケモ子を囲って飛び回っていた妖精たちの輪の範囲に踏み込んだところで、彼らは蜘蛛の子を散らすように一斉に飛び去っていった。


 ……ああ、去ってはいないらしい。何か草の影とか葉っぱの向こう側とか、そう言う感じのところに隠れて、ちらちらこっちを見ている。まあ、害があるようには思えないので、とりあえず放置でいいだろう。


「ケモ子。ケモ子よ」


 そのままそっと歩み寄り、ケモ子の肩に手をかける。顔すら地に伏せ泣いていたケモ子が、そこでやっと私に気づく。


「ア゛-! ア゛ー……あー?……ぼ、ボネぇぇぇぇぇぇぇ!」


「そうだ。骨だ。もう大丈夫だぞケモ子よ」


 泥やら涙やら鼻水やらでぐしゅぐしゅになったケモ子の顔をそのまま受け入れ、優しく優しく抱きしめてやる。


「ボネぇぇぇぇ! ボネぇぇぇぇ! アー! アーッ!」


「大丈夫だ。大丈夫だぞ。よく頑張ったな。偉いぞケモ子よ」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ボネぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「まったく……この子は何をしてるのよまったく……」


 呆れた口調で、モコモコが言う。だが、安心したのだろう。その目には涙が光っている。


「はぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 胸にケモ子の温もりを感じながら、私は大きく息を吐く。やっと、体の力が抜けた。安心した。安堵した。本当にただ、それだけだ。

 骨はハッピーエンド至上主義なのである。こういう結末が大好きである。いや、ケモ子は怖かったのであろうが、それでもこうして無事なケモ子を抱きしめられているのだから、神とやらがいるのなら、今なら感謝のバーゲンセールである。


「良かったです。本当に……本当に、無事で良かった……」


「そうだな。無事で何よりである。さあ、洞窟に戻るぞケモ子よ」


「ア゛-。ボネー!」


 立ち上がろうとするも、ケモ子は骨ボディをカッチリ掴んで離さない。仕方ないのでそのまま立ち上が……うぉ、これ、バランスが……


「大丈夫ですか? どうぞ、手を」


「ぬ、すまないのである」


 モコモコの差し出した手に捕まって、何とか立ち上がる骨。相変わらずのしまらなさだが、何だかもうそれはそれでいい気がしてくる。


 骨は一人では立てないのだ。骨は寂しいと死んでしまうのだ。それが触れ合うきっかけになるなら、それでいいのだ。


「さあ、そろそろケモ子も泣き止むのだ」


「うぅ……ホネー……」


 原価5万のゲーム機ですらガッシリ掴んで離さないほどのパワーを発揮していたケモ子アームが、やっと骨から外れる。だが、離れるつもりは無いらしく。今度はケモ子ハンドが、骨の大腿骨を食い込まんばかりに掴んでくる。


「ほら、顔を拭いてあげるから、動かないで」


「マー……うぐぅ」


「……よし、これでいいわね。ほら、美人に戻ったのを、ボーン様に褒めて貰いなさい?」


「ウ? ホネー?」


「うむ。レディにふさわしい良い顔になったぞ、ケモ子よ」


「ホネー……うぃ」


 いつもの調子で返した骨に、しかしケモ子の様子がちょっと違う。普段ならここは、元気に「ホネー!」と返してくるところだが……


「ふふっ。この子ったら、照れてるのね。これは今夜からは、二人一緒にボーン様に面倒を見てもらうべきかしら?」


「ぐふっ!? い、いや、それはまだまだ先の話だったのではないか?」


「そうですね。先の話だと思ったんですけど……女の子は、きっと男性が思うよりずっと早く、女になるんでしょうね」


 そう言って、にこりと笑うモコモコ。その顔だけでは、本気とも冗談とも判断がつかない。


「い、いやいや、冗談だな? 冗談であるな?」


「ふふふっ、どうでしょう?」


「ホネー?」


「待て待て待て。今でもきついのに、2対1とかになったら、白骨死体になってしまうぞ?」


「その時は、私も一緒に埋まって差し上げますわ。もっとも、ケモ子が掘り起こしてしまうでしょうけど」


「ホネー!」


「いやいやいやいや、訳がわからん。とにかく、そういうのはもっと大人になってからである。そうだなケモ子よ」


「…………」


 えっ、何でここで、いつもみたいに返事しないの? おかしくない?


「さっ、さあ! とりあえず洞窟まで戻るぞ! まだこちらを見てる奴らもいるからな!」


「はい。旦那様」


「ホネー!」


 若干の裏声でそう言って、骨と二人は歩き出す。右手はケモ子。左手はモコモコ。三人並んで、帰宅する。そして、 その様子を興味深げに見つめる大量の視線。


 騒動はまだまだ終わらない。結末は常にハッピーエンドだが、そこに至る過程の方は、波瀾万丈なのである。

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