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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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とくべつなよびかた

2017.3.13 改行位置修正

「ああぁぁぁ……終わってしまいました……」


 春の風吹き抜ける、草原の午後……そう、恐ろしいことに何もしないうちに午後である……まさにこの世が終わったとばかりの声で、モコモコがため息をつく。 理由は明白にして言葉通り。終わったのである。白蜜草の蜜が。


「マー?」


「ごめんねケモコ。もう終わりなの」


「ウァ!? ア、アァァァァ……」


 いつも元気だったケモ子まで、未だかつて無いしょんぼり具合である。こんな顔をされたらどうにかしてやりたいが、流石の骨も無から蜜を錬成するのは不可能である。可能なことの方が数えるほどしかないのである。


「あ、でも、そうね。ちょっと試してみましょうか」


 と、何かを思いついたようで、モコモコが袋の中から、小さく真っ赤な木の実を取り出す。この見た目なら、甘いか辛いか酸っぱいかであろう。大穴で苦いという可能性もあるが、これだけ言っておけば外れることはあるまい。


「では、失礼して……『美味しくなぁれ、モエモエキュン!』」


 木の実に向けて手でハートを作り、モコモコの詠唱が完了すると、狙い違わず光は赤い木の実に当たってはじける。


 ああ、本当にあの詠唱で使えるのか……


「マー?」


「ちょっと待ってね。それじゃ……スンッ!」


 ひょいと木の実を口に入れた瞬間、モコモコの眉間にしわがより、元々シュッとすぼまっていた口が、さらにキューッとすぼむ。ああ、これは絶対酸っぱいやつであろう。味覚が無いのに、骨のお口もキュッとなる。


「マー!? ヨーヨー、ヨーヨー」


「だ、大丈夫よ。ありがとうケモコ。予想してたことだから、大丈夫」


「で、モコモコよ。一体何をしたかったのだ?」


 娘に撫でられ、撫で返し、ようやく口の戻ったモコモコが答える。


「はい。あの実はクミンと言って、とても栄養価の高い実なのですが、お察しの通りもの凄く酸っぱいんです」


 クミンと言うと、私の中ではハーブか何かだったような気がするのだが……まあ骨の勘違いであろう。


「で、味ではなく感じ方を変える美味魔法なら、これを美味しく食べられるかと思ったのですが……」


「失敗か?」


「微妙、ですね。確かに美味しいと感じるんですけど、猛烈な酸っぱさはそのままなので。何でしょう……食べたくないのに後を引く? 何というか、そんな感じです」

「ふーむ。あれか? 凄く臭いはずの物の臭いを、何となく何度も嗅いでしまう感

じかな?」


「あ、それは凄く近いと思います! 流石ボーン様。例え方も素晴らしくお上手なんですね」


「ホネー!」


 何となく、母が喜び私が褒められていることを察したのか、すっかりいつも通りのケモ子が、嬉しそうに私に飛びついてくる。


「はっはっ。ありがとうモコモコよ。ケモ子もありがとう。骨であるぞ」


「ホネー!」


「うむうむ。よーしよしよしよしよし、可愛いぞケモ子」


「んふっー! ホネー! ホネー!」


「あらあら、ケモコったら……そう言えば、結局ケモコには、ボーン様のことをボーン様と呼ばせなくても良いのでしょうか?」


 不意に言われた恐ろしい程今更の提案に、空の頭蓋がカランと鳴る。


「ふむ。完全に今更であるが……なあケモ子よ。私の名前は、ボーンだ。ほれ、言ってみよ。ボ ー ン だ」


「ボー?」


「うむ。まあ近いな。ボーンだ」


「ボゥー? ンー……」


「ケモ子?」


 天真爛漫なケモ子の顔に、なにやら難しそうなしわが寄る。そして……


「ボー、ボルゥ、ブー……ホネー!」


 結局のところそうなって、もの凄い笑顔で抱きついてきた。


「ぬーん。結局骨なのか……」


「ホネー?」


 うつむく骨と、見上げるケモ子。その表情に、ほんの少しだけ心配そうな色が見えて、私は一も二も無く、ケモ子の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「よしよしよしよし。ふっ、そうだな。骨である。骨で良いぞ。よーしよしよし」


「わふっ、ふぉ、フォネー!」


「うむうむ。骨である」


「よろしいんですか?」


 思うさまケモ子をワシャる骨を目に、モコモコが問いかける。とはいえ、その顔に浮かんでいるのは、嬉しくて仕方が無いという笑顔である。


「構わんさ。厳しいしつけや正しい知識が必要なことは当然あるが、この笑顔を曇らせてまで、呼び名に拘るつもりは無い。それにまあ、私は確かに骨であるしな。ケモ子にだけそう呼ぶことを許すのも、それはそれで悪くない」


「ふふっ。そうですね。自分だけができる特別な呼び方というのは、凄く幸せなものですものね。旦那様?」


「ぬぅ……モコモコにはかなわんな」


「ホネー!」


 会話を聞けば、仲の良い家族にしか聞こえない。だが、遠くから見れば骨が一匹キツネが二匹。見た目と中身がかけ離れた三人の1日は、こうしてゆっくりと過ぎていく。見ているのは、ただ大自然のみ。


 そして、もし大自然に意思があったなら、きっとこう思うことだろう。もげろ、爆発しろ、そしていい加減種を蒔け、と。だが、既に軽く日が傾きかけている。きっと種は蒔かれない。大地よ、お前は今泣いていい。


 気づかぬうちに大自然を敵に回した骨の苦難は、それによって始まることとなるのであった……

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