緋色の約束
2017.3.13 改行位置修正
「ええと、その……ホネ様ではないのですか? 娘は、そう呼んでいると思ったのですが……」
感動も一転、凄く申し訳なさそうな感じで、モコモコが話しかけてくる。すまない。本当に申し訳ない。
とはいえ、流石に『ホネ』はない。いくら何でもそのまま過ぎるし、「どうも初めまして。骨々ボディのスケルトン『ホネ』です」とか、売れない芸人みたいな滑り倒し具合である。
「いや、ケモ子には悪いが、流石にホネは……」
「あっ、そ、そうですよね。それは流石に……」
「うむ。流石にな……」
「…………」
「…………」
沈黙が場を満たす。重くは無いが、凄く気まずい。思わずモジモジしてしまう。
「あの、でしたら私が……「ホネー?」」
モコモコの言葉を遮って、骨の膝から可愛らしい声が聞こえてくる。どうやら今の身じろぎで、起こしてしまったらしい。寝ぼけ眼で目を擦るケモ子の頭を、優しく撫でてやる。
「起こしたか? すまんなケモ子よ」
「ンー。ホネー」
「うむ。骨であるぞ」
「……あの、やっぱりホネでいいんじゃ……」
つっこむモコモコの言葉に、一瞬だけ「ホネでもいいかな?」と思ってしまったが、そこはやっぱり拘りたい。何せ名前だ。一生使うのだ。やっぱり「ホネ」ではちょっときつい。
「いや、それは……そうだな、おい、ケモ子よ」
ふと思いつき、私はケモ子に声をかける。
「ホネー?」
「うむうむ。骨であるが……時にケモ子よ、お前の一番好きなものは何だ?」
「キー? マー!」
一瞬小首を傾げるも、迷うこと無くモコモコに抱きつくケモ子。
「うむ。それは極めて妥当だが、それでは解決しないのだ。では、2番目に好きなものは何だ?」
「ンー? ホネー!」
今度も迷うこと無く、私に抱きついてくるケモ子。うむ、嬉しい。凄い嬉しいのだが、やはりそれでは駄目なのだ。嬉しいのだが。凄く嬉しいのだが。
「ぬぐぅ……で、では、あれだ。3番目はどうだ? 3番目に好きなものは?」
ここで初めて、ケモ子が考えるそぶりを見せる。だがすぐに外に飛び出していって……しばらくして、真っ赤な花をその手に持ってきた。
「アー!」
「ふむ。この花が好きなのか?」
「ホネー!」
「うむん? まあ好きなのだろう。ふむ、花か」
「これは……」
ケモ子の手にする花を見て、モコモコの視線が釘付けになる。
「見覚えがあるのか? 何という花なのだ?」
「スカーレット・ブロッサムという花です。フォクシールがプロポーズするときに良く用いられる花で……私も、そして何よりこの子の父親が、とても好きな花でした」
懐かしそうに、そう語る。「でした」というなら、それは過去なのだろう。フォクシールの歴史を聞いた今なら、そういうこともあるだろうと思う。
であるならば、何も迷うことはない。
「そうか……ならば、これで決まりだな」
私は立ち上がると、洞窟の外、草原に向かって歩き出す。太陽はちょうど中天にあり、今この世界の中心が、間違いなくここにある。
母と娘が、すぐ側で私を見つめている。その瞳に映るのは、日の光を一身に浴びて、白く輝く骨の姿。
「世界よ刻め! 我が名はスカーレット・トリニティ・ボーン! フォクシールと共に太陽の下を歩く、誇り高きスケルトンなり!」
骨たる私と、母子の三人。それを繋ぐ、緋色の約束。高らかに宣言する私の言葉に……文字通り、世界が揺れた。




